わたしは、高い空の上にいる月です。
タ方から朝になるまで、色んな国の色んなところをながめます。
では、ゆうべ見た事を話してあげましょう。
森の道を歩いて行くと、屋根にこけが生えたお百姓(ひゃくしょう)さんの家があります。
窓の下にはモモ色や黄色の花が咲いていて、小さな庭の畑にはキャベツが植えてありました。
そして門のところには、にわとこ(→スイカズラ科の落葉大低木)の木が一本立っています。
枝にはコウノトリが巣(す)を作っていて、昨日の夜もカチカチとくちばしを鳴らしていました。
そのコウノトリを、女の子はジッと見ていました。
ドアの下の石段に座ってほおづえをついて、時々ため息をもらしていました。
その時ドアが開いて、お兄ちゃんが出て来ました。
「何をしているんだい?」
「お兄ちゃん、お隣のおばさんが言ってたの。赤ちゃんは、今夜コウノトリが連れて来るよって。なのに、家のコウノトリ、ちっとも出かけないの」
「アハハ。コウノトリはね、赤ちゃんを連れて来ないよ」
お兄ちゃんは、女の子の横に腰を下ろしました。
「じゃあ、誰が赤ちゃんを連れて来るの?」
「それはね、神さまだよ。神さまは大きなマントに赤ちゃんを包んで来てくださるのさ。でも残念な事に、その姿は人間には見えないんだって」
お兄ちゃんがそう言った時、いきなり強い風が吹いて、にわとこの木がガサガサと音をたててゆれました。
お兄ちゃんと女の子は顔を見合わせて、急いで手を合わせました。
神さまが、いらしたに違いありません。
そして風が止むと、二人は手を取り合ってホッと頷きました。
するとドアが開いて、手伝いに来ていたお隣のおばさんが言いました。
「ねえ、コウノトリが何を連れて来たか見てごらん。可愛い男の赤ちゃんだよ」
お兄ちゃんと女の子は、
「そんな事、とっくに知ってるよね」
と、クスッと笑い合いましたよ。