住んでいる家は町で一番大きくて立派で、家のかべにはすばらしい絵がたくさんかかっています。
床はすべて高価なじゅうたんで、食事の時は金と銀のお皿で食べるのです。
ある日の事、奥さんがやとっている船長をよんで言いました。
「あなたは、これから世界中をまわってきてください。
わたしのたくさんの船を、みんなつれて。
そしてあなたが世界一美しいと思った物、世界一とうとい思った物を持ってきてください。
期限は、一年間です。
一年たったら、かならず帰ってきてください」
そこで船長は、すぐに世界一周の旅に出ました。
町の人々はみんな、
「あの船長は、どんな宝物を持ってくるだろう?」
と、そればかり話し合っていました。
一年後、見張りの者がさけびました。
「船が、帰って来たぞー!」
すると町中の人々が、船つき場に集まりました。
若い奥さんも、船を出迎えました。
船長がどんな宝物を持って来たか、はやく見たくてたまらなかったのです。
船をおりた船長は、奥さんの前にすすみ出ました。
「奥さま、ただいまもどりました」
「あいさつはいいわ。それであなたは、何を見つけてきてくれましたか?」
「はい。わたくしは長い間世界中を旅して、色々な宝物を見ました。
人の背丈よりも大きな水晶(すいしょう)や、黄金で出来た船もありました。
しかしどれも、世界一美しい物、世界一とうとい物とは思えませんでした。
わたくしはもう少しで、あきらめてしまうところでした。
ところが、バルト海のある港に入った時の事でございます。
そこは穀物(こくもつ)畑が見渡すかぎり、どこまでもどこまでも広がっておりました。
ムギの穂(ほ)は風をうけて、波のようにゆれていました。
太陽は出ると、あたり一面がこがね色に光り輝きました。
わたくしはこれを見たとたん、穀物(こくもつ)こそが、毎日のパンをつくる穀物こそが世界一美しい物、世界一とうとい物だと思いました。
そこでわたくしは、船いっぱいに小麦をつんでまいりました」
「何ですって!!」
奥さんは、顔をまっ赤にして怒りました。
「お前は、わざわざ世界を回って穀物を持ってきたのかい! この、バカ! トンマ! マヌケ!」
船長は、しずかに答えました。
「わたくしは一年かかって、ようやく世界で一番大切な物は、穀物であることに気がつきました。
神さまがお与え下された、あのこがね色に光り輝く穀物です。
あれがなくては、わたくしたちが毎日食べるパンもつくれません」
しかし奥さんは、その説明になっとくしません。
「ええい。そんな物は、海にすてておしまい!
船長、お前は首にします。
お前の顔なんか、もう二度と見たくなありません!」
「??????」
船長はだまって、どこかへ行ってしまいました。
「さあはやく、穀物なんかすててしまいなさい!」
奥さんの命令で、船乗りたちは穀物を海にすてはじめました。
すると見かけないおじいさんがやって来て、奥さんに言いました。
「なんと、もったいない事を。
よく、考えてみなさい。
世の中にはひとかけらのパンもなく、うえて死ぬ人が大勢いるのです。
神さまから与えられたとうといおくり物をすてたりすれば、神さまのバチがあたってあなたは貧乏になりますよ」
それを聞いた奥さんは、カラカラと笑いました。
「あははははははっ。神のバチがあたる? そしてこのわたしが、貧乏になるですって? はん、ばかばかしい」
奥さんは自分の指から世にもすばらしい宝石のついた指輪を抜き取ると、それをいきなり海の中に投げこんでしまいました。
「もし、わたしにバチをあてる力が神にあるというのなら、海に命じてあの指輪をわたしに返してごらんなさい!
あの指輪には船が何せきも買える価値がありますが、あんな指輪が一つや二つなくなっても、わたしは貧乏になりません。
わたしは決して、貧乏にはなりません! 」
奥さんはさけぶと、胸をそらせて帰っていきました。
数日後、奥さんはパーティーを開きました。
町のお金持ちたちが、のこらず集まってきました。
みんなは飲んだり食べたりと、とても大さわぎをはじめました。
その時、一人のめし使いが、大きなお皿をはこんできました。
お皿には、大きな大きなさかなの丸あげが乗せてあります。
さかなが大好きな奥さんが、さっそくさかなのお腹を切りました。
するとナイフに、何かかたい物が『カチン』とあたりました。
「なんでしょう?」
奥さんは、さかなのお腹に入っていた物を取り出してびっくりしました。
「あっ!」
その声に、みんながお皿のまわりに集まってきました。
みんなも、さかなのお腹から出てきた物を見てびっくりです。
なんとさかなのお腹から出てきたのは、しばらく前に奥さんが海の中に投げ込んだ、あの指輪だったのです。
神さまが海に命じて、指輪を奥さんに返したのです。
「ふん、ばかばかしい。ただのぐうぜんです」
奥さんはその指輪を、ゴミ箱に投げすてました。
あくる朝、大変な知らせが届きました。
奥さんの船があらしにあって、みんな沈んでしまったというのです。
でも、これはほんのはじまりで、不幸なことがそれから次々と続きました。
飼っていたウシやブタが全て病気で死んでしまったり、家が火事になったりと。
こうして一年後、奥さんはこじきになって、一切れのパンも食べられなくなったのです。