むかしむかし、ある国に、立派なひげを生やした王さまと、しなやかな体つきのお后さまと、四人の大臣と、一人の侍従(じじゅう)がいました。
王さまはとても良い王さまで、国はとても平和でした。
争い事もないので、この国には兵隊が一人もいません。
ですから、もしも他の国が攻めてきたら、この国は、あっという間に取られてしまうでしょう。
その事を思うと、王さまはとても心配になるのでした。
ある日の事、王さまはこんな話を耳にしました。
インドのタカシラ王国には、テサパマカ大師という偉い坊さんが住んでいて、法術(ほうじゅつ)を教えてくれるというのです。
法術とは魔法のような術で、国を治める事にも身を守る事にも、何にでも使えるのです。
「わたしはこの国を守るために、タカシラ国に行って法術を習ってくるつもりだ」
それを聞いたお后さまは、
「そんな遠いところへ、王さまをお一人ではやれません。どうぞ、わたくしもお連れ下さい」
と、王さまに頼みました。
「王さま、それならわたくしたち四人も、お連れ下さい」
「どうかわたくしも、お願いします」
と、四人の大臣と侍従も願い出ました。
「わかった。みんながそれぞれ法術を覚えてくれたら、この国は安泰だ」
王さまは承知して、みんなを一緒に連れて行く事にしたのです。
そして国を出てから七日目に、王さまたちはタカシラに到着しました。
王さまはさっそく、テサパマカ大師にお願いしました。
「どうか、わたくしどもを、お大師さまの弟子(でし)として法術をお教えくださいまし」
みんなが熱心に頼んだので、大師は快く引き受けてくれました。
こうして王さまたちは、大師から色々な術を習いました。
中でもすごいのは『変化の術』で、呪文(じゅもん)を百回となえると、鳥にでも魚にでも、化け物にでも、頭で考えた物に、何にでも変身出来る術です。
こうして法術を学んだみんなは、大師に何度もお礼を言って国へ帰ることになりました。
さて、タカシラを出発して三日目の事です。
みんなは気がつくと、いつの間にか深いジャングルに迷い込んでいました。
どこを探しても、出口が見つかりません。
そのうちに、持っていた食べ物がなくなってしまいました。
このままでは、みんな飢え死にしてしまいます。
「食べ物はないし、出口がどこかもわからない。どうすればよいだろう?」
王さまが言うと、侍従が答えました。
「王さま、わたくしどもは、『変化の術』を学びました。ここで七人が一匹の猛獣(もうじゅう)になってはいかがでしょうか? そうすれば、獲物を捕って食べながら道を探せます。やがて国へ帰りついた時に、元の姿に戻ればよろしいかとぞんじます」
これを聞いて、王さまも、お后さまも、四人の大臣も、
「なるほど、それはいい考えだ」
と、言いました。
「それではまず、みんなが猛獣のどの部分になるかを決めよう。それから一緒に、一匹の猛獣に変わろうではないか」
王さまが言うと、四人の大臣が言いました。
「わたくしどもは、国の柱と言われています。ですから、四本のガッチリとした足になりとうございます」
次に、侍従が言いました。
「わたくしは、王さまをお助けする役目ですから、猛獣が獲物を探すための助けになる、尻尾になりたいと思います」
次に、お后さまが言いました。
「わたくしは、その猛獣の体になりましょう。わたしはしなやかな体をしているので、猛獣の体にぴったりですわ」
これで、体と足と尻尾が決まりました。
後は、頭だけです。
王さまが言いました。
「よし、ではわたしが頭になろう。みんな、それぞれ変身する部分を頭に思い描いて、呪文を唱えるのだ」
七人は声を合わせて、大師から教わった呪文を百回となえました。
すると七人の体は一つになり、今まで誰も見た事がない、力強い猛獣へと変身したのです。
その猛獣は、『トラ』という名がつけられました。
他のどの動物よりも強いトラは、その日からジャングルの王さまとなりました。
王になったトラは、シカでもウサギでも、目についた動物を片っ端から捕らえて食べました。
どの動物もトラを怖がって、トラに逆らおうとはしません。
このジャングルの生活にすっかり慣れてしまったトラは、やがて自分の国に帰る事も、そして自分たちが人間であった事も忘れてしまいました。
これが、ジャングルの王さま、トラのはじまりです。