ある晩、ヒツジ飼いが寝る仕度をしていると、トントンと戸を叩く音が聞こえました。
「おや? 誰かね?」
ヒツジ飼いが戸を開けると、そこには黒い服を着た青白い顔の女が立っていました。
女はヒツジ飼いを見つめると、こう言いました。
「わたしは『病気』です。
わたしに、一番いい子ヒツジをください。
くれなければ、あなたはすぐに病気になって死んでしまいますよ」
それを聞いたヒツジ飼いは、大声で怒鳴りました。
「ふざけるな! わしのかわいい子ヒツジを、誰がやるものか! だいたい、わしは体が丈夫だから、病気なんかにかかるはずがない!」
「??????」
すると女は、黙ったまま帰って行きました。
「やれやれ、とんでもない女だ」
それから間もなく、ヒツジ飼いがベッドに入ろうとすると、また別の女がやって来ました。
「誰かね?」
「わたしは、『災難(さいなん)』です」
『災難』と名乗った女は、『病気』の女よりもやせた女でした。
「わたしに、一番いい子ヒツジをください。
くれなければ、あなたは必ず災難にあいますよ」
ヒツジ飼いは、また怒鳴り声をあげました。
「ふざけるな! わしのかわいい子ヒツジを、誰がやるものか!だいたい、わしはとっても用心深いから、災難なんかにあうはずがない!」
「??????」
女は、黙ったまま帰って行きました。
「やれやれ、とんでもない女だ」
それから間もなく、ヒツジ飼いがベッドに入ろうとすると、また別の女がやって来ました。
「誰かね?」
「わたしは『不幸(ふこう)』です」
『不幸』と名乗った女は、『災難』よりもやせていて、まるでガイコツの様でした。
「わたしに、一番いい子ヒツジをください。
くれなければ、あなたは必ず災難にあいますよ」
「『不幸』だと?」
ヒツジ飼いは、少し考えました。
「『病気』や『災難』は、注意していれば何とか防げるが、『不幸』と言うやつは、自分の力だけでは防げないからな。???うーん」
ヒツジ飼いは仕方なく、一番いい子ヒツジを女に差し出しました。
「さあ、これを持って帰るがいい」
「いいえ、あなたが持って来てください」
ヒツジ飼いは仕方なく、女の後ろからついて行きました。
やがて二人は、さびしい野原の城に着きました。
「これが、わたしたちの住まいです」
女が扉を開けると、中は天井も壁もまっ黒で、数え切れないのランプが置いてありました。
「こんなにたくさんのランプを、何に使うのだ?」
ヒツジ飼いが尋ねると、女は答えました。
「これは、人間の命です。
このランプが燃えていれば、その人は元気に生きている。
しかしランプが消えれば、その人間は死ぬのです」
「じゃあ、わたしのランプもあるのか?」
「もちろんあります。あれが、そうですよ」
女が指差したランプには、まだ油がたっぷりと入っていて、明るく勢いよく燃えていました。
「やれ、これならまだまだ長生き出来そうだ」
安心したヒツジ飼いが、ふと隣のランプを見ると、そのランプには油がほとんどなくて、今にも消えてしまいそうでした。
「おお、気の毒に、これは誰のランプだろう?」
「あれは、あなたの弟さんのです」
女の言葉に、ヒツジ飼いはビックリです。
「弟の?!」
ヒツジ飼いと弟はあまり仲の良くない兄弟でしたが、それでももうすぐ死ぬとなれば話が別です。
「お願いだ。わしのランプには油がたっぷりあるから、その油を弟のランプヘ少し移してやってくれないか」
「それは出来ません」
「どうして?」
「命のランプの油は、一度入れたら最後。後から入れたり出したり出来ないのです」
「そこを何とか! どうにかして、弟を助けてやってくれ!」
「無理です」
「何だと! それなら、もうあんたに子ヒツジをやるもんか! 何しろ弟が死にそうだと知って、わしは不幸になったのだからな!」
ヒツジ飼いは子ヒツジを抱きしめると、山の小屋まで走って帰りました。
さて次の日、ヒツジ飼いが村へ行くと教会の鐘(かね)が悲しくひびいて、誰かの死の知らせをしていました。
ヒツジ飼いは、村人に尋ねました。
「あの、誰がなくなったのですか?」
「えっ、まだ聞いていなかったのかい? なくなったのは、あなたの弟さんですよ」
「??????」
ヒツジ飼いの弟は、ヒツジ飼いが女の家を出た時間に死んだそうです。