この教会には、いつの頃からか、夜になると幽霊が現れる様になったのです。
その幽霊はカラカラに干からびたミイラで、いつもお堂に座っていました。
「これにはきっと、訳があるに違いない」
村人たちはそう思いましたが、幽霊が怖いので夜は教会に近づきませんでした。
ある晩の事、村の農家に若者たちが集まって、ワイワイ騒いでいるうちに、
「どうだい、あの教会の幽霊を、ここに連れて来る者はいないか? もし連れて来たら、一番良い服を作ってやるぞ」
と、仕立て屋が言いました。
でも幽霊と聞いて、若者たちは黙ってしまいました。
その時、部屋のすみから、
「それなら、わたしが行くわ!」
と、いう声がしました。
それは、この家のお手伝いの娘でした。
この娘は村でも評判(ひょうばん)の、元気で勇気がある娘です。
「ああ、いいだろう。出来る物なら、やってみな」
仕立て屋は、いくら娘に勇気があっても、教会まで行ったら怖くなって帰って来るに違いないと思っていました。
ところが、どうでしょう。
娘は本当に一人で教会に行って、幽霊をおぶって帰って来たではありませんか。
「ひええっ!」
若者たちは、青くなりました。
イスに座らされた幽霊は、暗い大きな目で、ジッと若者たちを見つめています。
「は、はやく、はやく連れて行ってくれ! 服をもう一着作ってあげるから!」
仕立て屋は、かすれた声で言いました。
娘は仕方なく、また幽霊をおぶって教会に戻りました。
ところが困った事に、教会についても幽霊は娘の背中から降りようとしないのです。
「さあ、降りてちょうだい」
いくらそう言っても、幽霊は娘の首にしがみついたまま離れようとしません。
「ねえ、お願いだから降りてよ」
娘が何度も言うと、幽霊は、やっと口を開きました。
「それなら、言う事を聞いてくれるかい?」
「ええ、きっと」
「じゃあ、今すぐ川に行って『ペールの娘、アンナさん。トーレ?イエッテを許すかい?』と、大声で三回言っておくれ。その川には、わしが生きている時に殺した、可愛そうな娘が沈んでいるんだ」
「わかったわ、そう言えばいいのね」
娘が返事をすると、幽霊は娘の肩から手を離しました。
娘はすぐに暗い道を歩いて川に行き、大声で言いました。
「ぺールの娘、アンナさん。トーレ?イエッテを許すかい?」
「ぺールの娘、アンナさん。トーレ?イエッテを許すかい?」
「ぺールの娘、アンナさん。トーレ?イエッテを許すかい?」
幽霊に言われた通り三回言うと、川から女の人の声がしました。
「神さまがお許しになるのなら、わたしも許します」
娘はこの言葉を聞くと、急いで教会に戻りました。
「ごくろう。それで、何か言っていたかい?」
幽霊は、待ちかねた様に聞きました。
「ええ。『神さまがお許しになるのなら、わたしも許します』って」
「本当に、そう言ったんだね。わしはもう、神さまのそばで十分に罪の償いをした。これであの世に行けるぞ」
幽霊は、ホッとしたように言いました。
「娘さん、ありがとう。今夜はもうお帰り。そして朝日が昇る前に、もう一度ここに来ておくれ」
そして一度家に帰った娘が、次の日、朝日が登る前に教会に行くと、もう幽霊はいませんでした。
でもその代わり、山の様な銀貨がそこに置いてありました。
その後、娘はその銀貨で幸せに暮らしました。
そしてあの幽霊は、もう二度と現れなかったそうです。