二人は魚をとって、暮らしています。
息子は笛(ふえ)を吹くのが上手で、毎朝岩の上に立って笛を吹きました。
すると海の魚も貝も顔を出して、ウットリと聞き入りました。
みんなは息子の事を『笛吹き』と、呼びました。
ある日の事、笛吹きは浜辺に倒れていたおじいさんを助けました。
するとおじいさんはお礼に、タケノコをくれました。
「このタケノコが大きくなったら、これで魚をとるカゴをつくりなさい。それから笛を、二本つくりなさい」
笛ふきがタケノコをうえると、タケノコは見るまに大きくなって青々とした一本の竹になりました。
笛ふきはそれを切って、魚をとるカゴをあみました。
それから笛を、二本つくりました。
竹であんだカゴは海に投げ込むと、すぐに魚がいっぱいとれました。
おかげで親子の暮らしは、とっても楽になりました。
ところがある日のこと、カゴをいくら海に入れても魚がさっぱりかかりません。
でも代わりに、大きな貝が一つかかりました。
笛吹きは、その貝を家へ持って帰りました。
「お母さん。今日は大きな貝がとれたよ。ほら」
そう言って笛吹きがカゴから貝を取り出すと、その貝がパッと口を開いて中から一人の娘が出てきました。
それは、とても美しい娘でした。
笛吹きとお母さんがびっくりしていると、娘はニッコリ笑って、こんな身の上話をしました。
娘は、竜王(りゅうおう)のお姫さまでした。
笛を吹くのがとても好きでしたが、誰も笛を教えてくれません。
ある日、すてきな笛の音が、海の上から聞こえてきました。
お姫さまはこっそり魚になって、笛を聞きに海の上に行きました。
見ると若者が岩の上に立って、熱心に笛を吹いています。
お姫さまはその笛の音を、ウットリと聞き入りました。
それからお姫さまは毎日笛の音を聞きに来るうちに、笛を吹く若者の事が好きになりました。
ところが竜王は、お姫さまを大臣のサメのところへお嫁にやろうとしたのです。
そこでお姫さまは、貝のおばさんのところへ行ってわけを話しました。
貝のおばさんはやさしい人でしたから、
「それなら、そこの貝の中にお入り。笛吹きのカゴに、入れてあげるから」
と、言って、大きな貝を指さしました。
こうしてお姫さまは貝に入って、笛吹きの家へ来たのです。
この話を聞いて、笛吹きもお母さんも喜びました。
これからは三人で仲良く、暮らせると思ったのからです。
ところがあくる日、突然海が荒れて、雷がゴロゴロとなり出しました。
お姫さまが海に行くと、波間(なみま)からサメの背中が見えました。
「大臣のサメが来ました。はやくカゴを岸辺に置いてください」
笛吹きは急いで、カゴを岸辺に置きました。
間もなくサメが、その上にはいあがってきました。
するととたんにカゴが山ほども大きくなり、サメの上にかぶさってしまいました。
そしてサメを閉じこめたカゴは、そのまま黄色い岩山になってしまいました。
あくる日になると、海から波のほえる音がとどろきました。
ドドーッ! ドドーッ!
山の様な大波が、岸辺におそいかかってきました。
お姫さまは海を見つめると、顔を青くして言いました。
「大変です! 父が、竜王が大波で、家を押し流そうとしています」
波は、家のすぐそばまで近づいていました。
その時、いつか助けてやったおじいさんが、突然現れて言いました。
「あの竹でつくった笛を、吹きなさい! 休まずに、吹き続けなさい!」
笛吹きは、すぐさま笛を吹きはじめました。
?ピュー、ピュー、ピュー。
けれども、波は弱まりません。
波はもう、家の中まで押し寄せてきました。
?ピュー、ピュー、ピュー。
笛吹きは休まずに、笛を吹きました。
三人はすでに、海の水につかってします。
お姫さまは急いでもう一本の笛を取り出すと、笛吹きと一緒に、
?ピュー、ピュー、ピュー。
と、吹きました。
すると波の勢いが、少し弱まりました。
二人は肩を並べて笛を吹きながら、一歩一歩前へ進みました。
するとそれに押されて、波が一歩一歩下がっていきました。
二人が岸辺まで進むと、波も岸辺まで下がりました。
二人が岸辺の岩の上に立って笛を吹き続けると、波がおだやかになりました。
しかし二人は、笛を吹き続けました。
二人が少しでも笛をやめると、たちまち波が押し寄せてきます。
笛を吹きすぎて、くちびるから血が出てきましたが、笛吹きとお姫さまは笛を吹き続けました。
こうして二人は、何日も何日も笛を吹き続けました。
漁師たちは二人があまりいつまでも吹いているので、心配になりました。
「おーい、大丈夫か?!」
けれども二人は振り向きもしないで、笛を吹き続けます。
?ピュー、ピュー、ピュー。
「何だか、様子がおかしいな」
漁師たちは二人に近寄って、
「あっ!」
と、声を上げました。
笛吹きとお姫さまはいつの間にか岩になっていて、たくさん開いた小さな穴から塩風が入って、
?ピュー、ピュー、ピュー。
と、鳴りひびいているのでした。
やがて漁師たちはこの二つの岩を、『笛ふき岩』とよぶようになりました。
今でも海南島の浜辺には人の形をした岩が二つ並んでおり、その岩に風が吹き付けると、
?ピュー、ピュー、ピュー。
と、美しい笛の音がひびくのだそうです。