お兄さんがお嫁さんをもらったので、弟は家を出ました。
そのときお兄さんは、弟にクワを一本とミノを一枚くれただけでした。
一人になった弟は山の荒れ地をたがやして、畑を作ろうと思いました。
そこで毎日クワをかつぎ、ミノをしょって山に行きました。
弟ががんばったので、山の荒れ地は立派な畑になっていきましたが、でも畑のまん中に大きな岩があって、どうしても取りのぞく事が出来ませんでした。
その岩の形が背中のまがったおじいさんにそっくりだったので、弟はその岩を『岩じいさん』と呼ぶことにしました。
弟は畑に来ると、いつも脱いだミノを岩じいさんにかけて言いました。
「岩じいさん、岩じいさん。仕事をしている間、このミノをしょっていておくれ」
ある日、畑仕事でくたびれた弟が、岩じいさんのそばに座り込んで言いました。
「岩じいさんよ、おれもあんたみたいに疲れ知らずにすごしたいもんだ」
すると突然、岩じいさんがしゃべったのです。
「疲れ知らずと言うが、わしもくたびれたよ。何しろあんたのボロミノは、重くてかなわんからな。お若いの、あんたに銀を少しばかりくれてやるから、こいつをわしに乗せるのはやめてくれんか」
「わあ、おどろいた。岩じいさん、あんたしゃべれるんだ」
「もちろんさ。岩でもわしくらいになると、命がやどるんだ。それよりさっきの話しだが、銀を入れる為に、自分の背丈ほどの袋を持っておいで」
弟は言われたとおり自分の背丈ほどの袋を作ると、それを持って岩じいさんのところへ行きました。
すると、どうでしょう。
岩じいさんはパッと口を開いて、まっ白に光る銀をザラザラザラザラとはき出しはじめたではありませんか。
弟があわてて袋で受け止めると、袋はすぐに銀でいっぱいになりました。
「どうだ? いっぱいになったかね」
「なった、なった、多すぎるくらいだよ」
「では、それを持ってお帰り。あんたはこの荒れ地をきれいにしてくれた。銀はそのお礼だよ」
岩じいさんはそう言うと、口を閉じてしまいました。
さて、弟が急にお金持ちになった事を知ったお兄さんは、弟からわけを聞くと岩じいさんのところへ行って、その上に重たいミノをかけました。
それからしばらく待ちましたが、岩じいさんはいつまでたっても口を開きません。
「おい、はやく口を開いて銀を出せ! このがんこじじいめ!」
お兄さんはわめきましたが、岩じいさんは口を開きません。
「よし、そっちがその気なら、こうしてくれる!」
お兄さんは重い石を集めると、岩じいさんの上に、ドスン! ドスン! と乗せ始めました。
これには岩じいさんもがまんできず、とうとう口を開きました。
「わかった、わかった。お前にも銀をやるから、自分の背丈ほどの袋を持って来なさい」
「よしきた!」
お兄さんは大喜びで、かけ出しました。
「これ、待てっ!」
岩じいさんは、あわててお兄さんを呼び止めます。
「わしの体に乗せた石は、そのまんまか!」
お兄さんはしぶしぶ戻ってくると、岩じいさんの上に乗せた石をおろして、飛ぶように帰って行きました。
やがて現れたお兄さんは、何と自分の背丈の十倍はある大きな袋をしょって来ました。
お兄さんは、その大きな袋を岩じいさんの口元に持っていくと、
「さあ、ドンドンと銀をはき出してくれ」
と、言いました。
「やれやれ、欲張りなやつだ」
岩じいさんはめんどうくさそうに、銀をはき出しました。
お兄さんは、大きな袋に銀を受けながら、
(しめしめ。これだけ銀があれば、王さまの様な暮らしが出来るぞ)
と、思いました。
やがて、岩じいさんが聞きました。
「もう、いっぱいになったかね?」
あの大きな袋も、もう銀でいっぱいです。
けれどもお兄さんは、
「まだだ。まだまだ少ないぞ!」
と、答えました。
岩じいさんは、さらに銀をドンドンはき出しました。
「どうだ? いっぱいになったかね?」
銀は大きな袋からあふれて地面にこぼれていますが、お兄さんは、
「まだまだ! もっと出すんだ!」
と、言いながら、もっと銀を出してやろうと両手を岩じいさんの口の中へつっこみました。
すると岩じいさんの口がかたく閉じてしまい、お兄さんの両手が抜けなくなりました。
「おいこら! 口を開けろ!」
お兄さんは大声でわめきながら、メチャクチャに暴れました。
けれども岩じいさんは、口を開けてくれません。
「おれが悪かった、あやまる、だから助けてくれ。お願いだあ!」
お兄さんは涙を流して頼みましたが、それでも岩じいさんは口を開きません。
とうとう、夜になりました。
お兄さんはまだ暴れていますが、両手ははさまれたまんまです。
ま夜中になると、大雨が降ってきました。
「雨が降ってきたよ、大丈夫かな?」
お兄さんは、心配になりました。
と、いっても、自分の体の事ではなく、山盛りの銀が雨に流されていくからです。
あくる朝、銀の山に、お日さまの光が当たりました。
すると不思議な事に銀はとけ出して、見る見るうちに汚いドロにかわってしまいました。
次の日の昼すぎ、ようやくお嫁さんがお兄さんを探しにやってきました。
そしてお兄さんを見つけると、しりもちをついて泣き出しました。
「おい、泣くな。それよりおれを、引っ張ってくれ」
お嫁さんは泣くのを止めると、お兄さんの体を力一杯引っ張りました。
「よーいしょ! よーいしょ!」
でも、両手は抜けません。
「いてててて! もういい、痛いから引っ張るな! とりあえず、飯をを持って来て食べさせてくれ。腹がいっぱいになってから、抜け出す方法を考えよう」
それから毎日、お嫁さんはご飯を運んで来ては、お兄さんに食べさせました。
やがて、三年がたちました。
けれども岩じいさんは、やっぱり口を開きません。
お嫁さんが家や畑を残らず売ってしまったので、すっかり貧乏になりました。
それである日の事、お嫁さんはお兄さんに向かって、大声でこんな歌をうたいました。
?毎日ごはんを運んで、
?三年と三ヶ月。
?今じゃ、お米も、お金もスッカラカン。
?どうにも、こうにも、しょうがない。
?いっそ、その手を、
?ちょん切りましょうか。
これを聞くと岩じいさんは思わず、ワッハッハと大きな口を開けて笑い出しました。
するとお兄さんの手がスッポーン! と、ようやく抜けたのです。