かしこくて優しい方だったので、どこの国の王さまも自分のおきさきにむかえたいと思っていました。
そしてチベットの王さまも、このお姫さまをおきさきにむかえたいと思って、一番かしこい大臣を唐の都へお使いにやりました。
唐の都には、六つの国からお使いが来ていました。
唐の皇帝(こうてい→王さま)はチべットからのお使いが来たと聞いて、困ってしまいました。
もしもそんな遠くの国へお姫さまをお嫁にやってしまっては、なかなか会う事が出来ないだろうと思ったからです。
そこで皇帝は、家来たちを集めて相談しました。
「どうすれば、チベットからの申し出を断ることが出来るだろうか?」
すると、一人の家来が言いました。
「チベットからの申し出だけを断ることも出来ませんから、使者たちに難しい問題を出して、それをといた者の国王に姫ぎみとのご結婚をお許しになるというのはいかがでしょう?
チベットは田舎の国だから、きっと難しい問題はとけないでしょう 」
この考えに、みんなは賛成しました。
さて次の日、皇帝は五百頭の母ウマと、五百頭の子ウマを用意させました。
そして母ウマだけをつなぐと、こう言いました。
「使者の方々、遠いところをごくろうでした。
わたしに七人の娘があればよろしいのですが、ざんねんなことに娘はたった一人しかおりません。
そこでわたしは、こう考えました。
今ここには、五百頭の母ウマと五百頭の子ウマがいます。
それぞれの親子を見分けた方の王さまに、姫をさしあげることにしましょうと」
そこでお使いたちは子ウマを連れて、母ウマたちのそばへ行きました。
けれども、どの母ウマと子ウマが親子かなんて、いくら見比べてもわかりません。
お使いたちが頭を悩ませていると、チべットのお使いが皇帝に頼んで、おいしいウマのえさをたくさん用意してもらいました。
そしてそのえさを、母ウマにお腹いっぱい食べさせたのです。
チべット人はウマを扱いなれているので、ウマの性質もよく知っていたのです。
母ウマたちはお腹がいっぱいになると、高く首をあげていななきました。
『さあ、はやくおいで。お乳をあげましょう』
それを聞いた子ウマたちは、それぞれの母ウマのところへかけよってお乳を飲み始めました。
こうしてチベットのお使いは、五百組のウマの親子を残らず見分けたのです。
皇帝は、おどろきました。
(これは、まずい事になったぞ)
そこで皇帝は家来たちと相談して、もうひとつ問題を出すことにしました。
「ここに、穴の開いたみどり色の玉があります。
この玉の穴に糸を通すことの出来た者の国王に、姫をお嫁にやりましょう」
お使いたちは、その玉を手にとってみました。
ところがその玉の穴はとても小さくて、しかも玉の中ほどで穴がまがりくねっているのです。
六人のお使いたちは、なんとか糸を通そうとしました。
けれども半日たっても、誰一人通すことが出来ません。
考えたチベットのお使いは、一匹のアリをつかまえてきました。
その足に糸をむすびつけて、玉の穴に入れました。
そして出口の穴に、あまいハチミツをぬっておきました。
するとアリはハチミツのにおいにひかれて、糸をひっぱったまま穴を通り抜けたのです。
それを見て皇帝は、困ってしまいました。
(またしても、チベットの使いか)
皇帝はまた家来たちと相談して、別の問題を考えました。
皇帝は大工を呼ぶと大きな木を切り倒させて、根元に近い方も上の方も同じ形にけずらせました。
そしてその木を七人のお使いの前に運ばせて、
「この木は、どちらが根元で、どちらが先の方かな?」
と、問題を出しまた。
まずは六人のお使いが木の両はしを調べてみましたが、どっちが根元でどっちが先の方か、さっぱりわかりません。
そして今度も、チべットのお使いが見分けることになりました。
チベットは高い山にかこまれた国ですから、木の事をよく知っています。
チベットのお使いは、ご殿の庭を流れている川に木を浮かばせました。
木は水面に浮かんだまま、ゆっくりと流れていきます。
そのうちに軽い方が先になり、重い方が後ろになりました。
チベットのお使いは、それを指さして言いました。
「後ろの方が根元で、前が木の先でございます。
なぜなら木は、先のより根元が重いからです。
水に流れるときは軽い方が先になって流れますから、簡単に見分けられます」
「???うむ。正解だ」
こうなっては皇帝も、チベットのお使いのかしこさを認めないわけにはいきません。
それでも、一人娘を遠い国ヘお嫁にやってしまうのはいやです。
そこでもう一度家来たちを集めて、難しい問題を相談しました。
一人の大臣が、言いました。
「よい考えが、ございます。
お姫さまと同じように美しい娘たちを三百人集めて、お姫さまと同じ着物を着せるのです。
そしてその中から、お姫さまを選び出させるのでございます」
「なるほど。
七人の使いたちは、誰も姫の顔を知らないからな」
そこで皇帝は、使いの人たちに言いました。
「明日、三百人の美しい娘の中から、姫を選び出してください。
それが出来た人の国王こそ、姫にふさわしい方と考えます」
これを聞いて、七人のお使いたちは驚きました。
特にチベットは遠い国なので、お姫さまのことは何も知りません。
そこでチベットのお使いは、ご殿のまわりをさんぽするようなふりをして、ご殿に出入りする人たちにお姫さまのことをたずねました。
けれども、だれも知らないというのです。
そのとき、ご殿の裏口から一人の洗濯ばあさんが出てきました。
チベットのお使いは、このおばあさんにも聞いてみました。
おばあさんは、顔色を変えて言いました。
「とんでもない。よその国のお方にお姫さまのことをお知らせしたら、わたしの命がなくなります」
けれどもチべットのお使いは、このまま引き下がりません。
「おねがいだ。チベット王はすぐれた方です。姫ぎみに、ふさわしい人ですよ」
おばあさんはチベットのお使いがとても熱心なので、つい心を動かされました。
「これは、お姫さまのおそばの人が話しているのを、聞いたんですがね」
さて、あくる日。
チベットのお使いがご殿に行くと、三百人の美しい娘たちがずらりとならんでいました。
ほかの六人はとっくに来ていましたが、どうしてもお姫さまを探し出す事が出来なくて、あきらめたところでした。
チベットのお使いは、一人一人をゆっくりとながめていきました。
やがて一人の娘の頭の上を、金色のハチが飛んでいるのを見つけました。
その娘はいやな顔もしないで、やさしくハチを見ています。
「このお方で、ございます!」
チベットのお使いは、その娘を指さしました。
「みごとだ。そのとおり」
皇帝は、すっかり感心してしまいました。
実は、せんたくばあさんの話しによると、お姫さまは髪の毛にハチミツをぬるのが大好きだったのです。
そのためハチやチョウチョウが集まってくるので、お姫さまはいつもムシをかわいがっていたのです。
皇帝は、お姫さまをチべット王にお嫁にやることにきめました。
チベットのお使いは喜んで、お礼をいいました。
それから、お姫さまにむかって、
「お姫さま、チベット王のもとにお嫁入りなさいますときは、金銀や、おめしものなどはお持ちくださるにはおよびません。
そのような物は、チべットにもたくさんございます。
そのかわり穀物(こくもつ)のタネと、腕の良い職人をおねがいいたします」
と、頼みました。
お姫さまはそれを、皇帝にお願いしました。
さて、お嫁入りの日が来ました。
皇帝はお姫さまの願い通り穀物のタネを五百頭のウマにつみ、すきや、くわを、千頭のウマにつんで持たせてやりました。
ほかに腕のいい職人を、何百人もお供につけてやりました。
こうしてチベットには穀物のタネがまかれて、おいしいムギなどがとれるようになったのです。
連れて行った職人たちも腕をふるって、立派な織物や細工物(さいくもの)をつくりはじめました。
今でもチベットでは、そのときに伝わった織物や細工物が名産となっています。