おばあさんは体が悪くて、何年も寝たきりでした。
「暗くなってきたわ。日が暮れるのかしら?」
おばあさんは、海を見ました。
「おや? あの雲(くも)???」
水平線の上に、黒い小さい雲が浮かんでいます。
「おじいさんが、よく雲の話をしてくれたけれど」
なくなったおじいさんは船乗りで、大きい船に乗って世界中を回っていたのです。
おばあさんは、ハッとしました。
「たいへん! あの雲はあらしの前ぶれ。もうすぐ恐ろしいあらしが、大波をつれて押し寄せてくるわ。町の人に早く知らせないと」
おばあさんはなんとかして、少しでも早く町の人たちに知らせなければと思いました。
でも体の悪いおばあさんには、町まで行く力がありません。
おばあさんはベッドからずり落ちると、動かない体を引きずって窓の所まではっていきました。
「町の人たち! あらしが来るよ、早く逃げて!」
おばあさんは、窓につかまってさけびました。
でも誰も、おばあさんの声に気がついてくれません。
そうしているうちにも、雲はまっ黒にふくれあがってきました。
もうすぐ山のような大波が、町の人たちをのみ込むでしょう。
「ああ、どうしたらいいんだろう?」
おばあさんは、自分の部屋を見回しました。
「そうだわ! ベッドに火をつけましょう。この家が燃えれば、町の人たちも気づくはず」
おばあさんはストーブの火をとってきて、ベッドのワラにつけました。
ワラはたちまち、真っ赤に燃え上がりました。
「燃えておくれ! 大きく燃え上がって、町の人たちを呼んでおくれ!」
おばあさんは、何とか家の外へはい出しました。
ベッドの火は強くなってきた風にあおられて、メラメラと屋根に燃えうつりました。
「火事だ! 丘の上の家が燃えてるぞ!」
町の人たちが、火事に気づいてさけびました。
「火事だ! 火事だ!」
「あの家には、病気のおばあさんが一人で寝ているんだ!」
「早く助けに行こう!」
町の人たちはみんな、丘へ向かってかけ出しました。
「おばあさん、大丈夫か!」
町の人たちがやって来ると、おばあさんは海を指さして言いました。
「大波が来るよ! みんな、はやく逃げるんだ」
「えっ! 大波が!?」
見てみると海の上は真っ黒で、おそろしい風がうなり、山のような大波が姿を現しました。
「大変だ! みんなをこの丘に連れてくるんだ!」
町に住む最後の一人が丘の途中までかけあがったとき、真っ黒い大波が町をのみ込みました。
そのようすを、町の人はふるえながら見ていました。
「おばあさんが、わたしたちを助けてくれたんだ!」
「自分のベッドや、家まで焼いて」
「ありがとう。ありがとう」
みんなの目に、うれし涙が光りました。
おばあさんの目にも、同じ涙が光っていました。