ドイツのある町の鍛冶屋のケックさんの家には、幽霊(ゆうれい)が出るといううわさがたちました。
夜中の十二時頃になると、片方の手に大きなカギの束(たば)を、もう一方の手にはロウソクをともした燭台(しょくだい)を持って、どこからともなく現れるのです。
白いドレスのすそをひきずって、家の中をスーッと音もなく通りぬけ、ときどき月の光のように白くかがやいて部屋をてらすこともあることから、人々はその幽霊を『白い女』とよんでいるのでした。
ちょうどケックさんの家のあたりは、むかし小さなお城があったところです。
その城では大きなホールが事故でくずれおちて、たくさんの人が生きうめになったという言い伝えがあり、そのときのたましいがまだ残っていて、ときどき動き回っているのです。
さて、ケックさんと奥さんのアグネスさんに、十番目の子どもがうまれて、カテリーナと名づけられました。
ある晩のこと、ケックさん夫婦は何か気配を感じて目をさましました。
くらい部屋を、かすかに白い光がよこぎっていきます。
「だれかいるわ」
「白い女だ。カテリーナのゆりかごのところだ」
「まあ、なんてこと!」
お母さんは娘のところにとんでいこうとしたのですが、おそろしさのあまり体がガタガタとふるえて、一歩も動くことが出来ません。
「大丈夫、こわがらないで」
お父さんはカテリーナをビックリさせてはいけないと、少しはなれたところからしずかに見守っていました。
白い女は、やさしくゆりかごをゆすっています。
カテリーナは気持ちよさそうに、スヤスヤとねむっていました。
「この子は十二月三日に生まれた。心配ないさ」
「そうね。クリスマスシーズンに生まれた子は、幽霊に出会うっていうわね」
ケックさん夫婦は安心して、白い女に子守りをまかせてねむりにつきました。
それから毎晩のように、白い女はカテリーナがむずかったり、泣き出したりするとすぐにやってきて、ゆりかごをゆすったり、だっこして歩きまわったりと、うまくあやしてくれたのです。
それは、二年ほど続きました。
おかげでカテリーナはスクスクと元気に育ち、暗闇をまったくこわがらない子になりました。
カテリーナが大きくなると、家の人たちはよく幽霊の話をしてきかせます。
「白い女がゆりかごをゆすってくれたのよ」
「まあ、会ってみたいわ」
カテリーナは夜になると、幽霊が現れないかとたのしみに待っていましたが、大きく成長したカテリーナの前に、白い女が姿を現すことはありませんでした。