◇世界の製薬会社が治療薬開発で競争
認知症の国内患者数は2012年の推計値で462万人、25年には約700万人に増加すると予想されている。国際アルツハイマー病協会によると、世界の認知症患者数は15年で4680万人だ。
認知症は、学習や記憶、感情などの認知機能が低下し、日常生活に支障をきたした状態を指す。仕組みはいまだ未解明で、病気の原因となる物質も特定されていない。現在発売されている治療薬は、進行を半年から1年遅らせる程度。世界の製薬会社は、根本的な治療を目指す薬の開発にしのぎを削っている。
現在、製薬会社の多くが治療薬開発に取り組むのは、認知症の6割前後を占めるアルツハイマー型認知症(アルツハイマー病)だ。
アルツハイマー病には大きく三つの特徴がある。大脳に現れる「脳のシミ」と言われる「老人斑」、異常たんぱく質「タウたんぱく」の凝集、神経細胞の死滅による大脳の萎縮--だ。それぞれの関係性は解明されていないが、最も早い段階で起きると考えられているのが、老人斑のもとになる異常たんぱく質「アミロイドβ(ベータ)」の蓄積だ。
米製薬会社バイオジェンは昨年9月、開発中の薬の臨床試験で「アミロイドβを減らし、認知機能低下を抑制する効果があった」とする論文を発表して注目を集めた。
同社が開発する薬「アデュカヌマブ」は、アミロイドβに結合する抗体医薬だ。抗体が旗振り役になって、脳の神経細胞の働きを調節する「グリア細胞」を呼び、グリア細胞がアミロイドβを減らすと考えられている。臨床試験の最終段階に当たる第3相試験を実施中で、20年秋に臨床試験を終了予定。20年代前半の発売を目指している。
◇高齢化で先行する日本は「実験場」
バイオジェンが今、注目しているのが日本市場だ。米国本社の開発部隊が頻繁に日本を訪れ、認知症市場の調査を進めている。日本法人のバイオジェン・ジャパンの鳥居慎一社長は、「日本で成功すれば、5年、10年後に欧米での成功につながる。日本がアルツハイマー病治療薬の開発、販売戦略のある意味で実験場になる」と、同社が強く日本にコミットしていることを隠さない。
製薬大手が取り組むアルツハイマー治療薬の中で、臨床試験が進んでいるのは、アデュカヌマブと同様に抗体でアミロイドβを減らすタイプの薬だ。米イーライリリーの「ソラネズマブ」もその一つ。同社は昨年までの臨床試験の対象者よりも、症状が軽い段階の患者に対象を設定しなおして第3相臨床試験を準備している。
中外製薬も、親会社のスイス・ロシュとともに、アミロイドβを減らす抗体薬「ガンテネルマブ」の第3相試験の年内開始を目指して準備中だ。同社の開発中の薬の中には、同じくアミロイドβの撃退を狙った抗体薬「クレネズマブ」もある。
アミロイドβを減らす抗体薬は、投与する薬の量や対象とする患者の症状の段階を変えながら効果を試す段階に来ている。中外製薬のプライマリーライフサイクルマネジメント部領域戦略第3グループの中谷紀章副部長は「アミロイドβという狙いどころが正しいかどうか、各社が現在実施している臨床試験の結果で判断できるところまで来ている」と話す。
◇市場が一気に拡大する可能性も
薬の開発が難しいのは、認知症の発症メカニズムの全容が明らかになっていないためだ。診断の難しさも、開発を困難にしている。ヒトの認知機能(学習、記憶、感情など)の評価を数値化することは難しいという。薬で狙うターゲットが手探りであるがゆえに、さまざまなアプローチが試行錯誤されている。
進行抑制薬「アリセプト」で認知症市場を切り開いた日本の製薬大手エーザイは、アミロイドβが生まれる源流の部分に着目し、βセクレターゼ(BACE)阻害薬「エレンベセスタット」の開発に取り組む。
アミロイドβは、体のあらゆる細胞にあるたんぱく質「APP」が分解される時、切り出された部分だ。BACE阻害薬は、アミロイドβをたんぱく質から切り出すハサミの役割をする酵素の働きを阻害する。現在、世界で2660人を対象に第3相臨床試験を実施中だ。
アミロイドβ以外にも、タウたんぱく質など治療薬の対象は広がりを見せている。富士フイルムグループの富山化学工業は、神経細胞死そのものを抑制する治療薬の開発に取り組む。
民間調査会社の富士経済によると、国内認知症治療薬の市場規模は16年に1497億円(見込み)、24年には2045億円。画期的な新薬が登場すれば、市場規模は一気に拡大する可能性がある。