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青い草

时间: 2022-09-06    进入日语论坛
核心提示:青い草小川未明 小(ちい)さな姉弟(きょうだい)は、父(ちち)の目(め)が、だんだん見(み)えなくなるのを心配(しんぱい)しました。
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 青い草

小川未明

 


 小(ちい)さな姉弟(きょうだい)は、父(ちち)の目(め)が、だんだん見(み)えなくなるのを心配(しんぱい)しました。
「お父(とう)さん、あのカレンダーの字(じ)が、わからないの?」と、壁(かべ)の方(ほう)を指(さ)していったのは、もう前(まえ)のことであります。お父(とう)さんが、会社(かいしゃ)をやめてから、家(いえ)の内(うち)にも夜(よる)がきたように暗(くら)くなったのです。
「私(わたし)の故郷(くに)へ帰(かえ)りましょう。田舎(いなか)は、都会(とかい)とちがって、困(こま)るといっても、田(た)はあるし、畑(はたけ)があるし、まだゆとりがあります。いけば、どうにかならないこともありますまいから。」と、子供(こども)の母親(ははおや)がいいました。
「お母(かあ)さん、田舎(いなか)へ帰(かえ)るの。」と、姉(あね)のとし子(こ)は、お母(かあ)さんの体(からだ)へすがりながらききました。
「ええ、帰(かえ)りましょうね、そうするよりしかたがないんですもの。」
 お母(かあ)さんは、みんなの気持(きも)ちを励(はげ)ますつもりで、いいましたが、また、すぐに涙(なみだ)ぐんでしまいました。
「おれに故郷(くに)があるとなあ。」と、父親(ちちおや)は、瞳(ひとみ)が白(しろ)くなって、生気(せいき)を失(うしな)った目(め)で、あたりを見(み)まわしながら、答(こた)えました。お父(とう)さんには、もう、両親(りょうしん)もなければ、また帰(かえ)るべき家(いえ)もなかったのでした。
「どちらの田舎(いなか)へ帰(かえ)っても、同(おな)じでありませんか? 私(わたし)の兄(あに)はあのとおりしんせつな人(ひと)ですし、まだ母(はは)も生(い)きていますし。」と、お母(かあ)さんはいいました。
「そうすれば、僕(ぼく)、田舎(いなか)の学校(がっこう)へ上(あ)がるの。」と、義坊(よしぼう)が、ききました。
「おまえも田舎(いなか)の子(こ)になるのよ。山(やま)へいったり、野原(のはら)をかけまわったりして、きっとじょうぶになりますよ。とし子(こ)は、もうあと二年(ねん)ですから、卒業(そつぎょう)したらお裁縫(さいほう)でも習(なら)えばいいと思(おも)います。」
 父親(ちちおや)はだまって考(かんが)えていたが、
「できるなら、子供(こども)たちをこのまま、こちらで勉強(べんきょう)さしてやりたいものだな。」といいました。
「あなた、それができるようなら、これに越(こ)したことがありませんけれど、そのお体(からだ)でこの先(さき)どうしてやっていけますか?」
 母親(ははおや)は、自分(じぶん)になんの力(ちから)もないのを、面目(めんぼく)なく思(おも)ったのです。
「なに、私(わたし)にだってすこし考(かんが)えがある。」
 父親(ちちおや)はさびしく笑(わら)いながら、二人(ふたり)の子供(こども)のいる方(ほう)を向(む)いて、
「おまえたちは、お母(かあ)さんの田舎(いなか)へ帰(かえ)ったほうがいいか、それとも、こちらで、いくら不自由(ふじゆう)をしても暮(く)らしたほうがいいか、どちらがいいかな?」とききました。
 もうまったくの子供(こども)ではなく、いくらかもののわかるとし子(こ)は、この際(さい)いかに負(ま)けぬ気(き)であっても、それはむだなことと思(おも)いました。それよりか、お母(かあ)さんのおっしゃるように田舎(いなか)へ帰(かえ)って、自分(じぶん)はどんな手助(てだす)けでもするから、一家(か)のものが、無事(ぶじ)に暮(く)らしていけることを願(ねが)ったのでした。
「私(わたし)はお母(かあ)さんの田舎(いなか)へいったほうがいいと思(おも)うわ。」と、とし子(こ)は、答(こた)えました。
「僕(ぼく)は、賢(けん)ちゃんや、正(しょう)ちゃんと別(わか)れるのはいやだから、こっちにいるほうがいい。」
 今年(ことし)から、小学校(しょうがっこう)へ上(あ)がったばかりの義坊(よしぼう)がいいました。
 父親(ちちおや)は、手(て)さぐりで義坊(よしぼう)の頭(あたま)に手(て)を置(お)いて、
「義坊(よしぼう)や、おまえと二人(ふたり)でこちらにいようか。」
「お父(とう)さんと、お母(かあ)さんと、別(わか)れるのはいやよ。」と、とし子(こ)は、泣(な)きながらいいました。
 母親(ははおや)もだまって、そっと目(め)の涙(なみだ)をふきました。
「まあ、私(わたし)はやってみる。こうなれば、恥(はじ)も外聞(がいぶん)もない。明日(あす)からでも、町(まち)の角(かど)に立(た)って、尺(しゃく)八を吹(ふ)くつもりだ。」
 日(ひ)ごろから、お父(とう)さんの尺(しゃく)八に感心(かんしん)している一家(いっか)のものだけれど、世間(せけん)の人(ひと)たちが、はたして自分(じぶん)たちと同(おな)じように感心(かんしん)するか、また感心(かんしん)はしても、金(かね)を恵(めぐ)んでくれるだろうか、まったく見当(けんとう)がつかなかったのです。
「お父(とう)さんは、うまいんだから、みんながきっと、お金(かね)をくれるよ。」
「この時節(じせつ)ですもの、なんでお金(かね)になどなりますものか。」と、お母(かあ)さんはいいました。

 町(まち)の角(かど)に石造(いしづく)りの銀行(ぎんこう)がありました。前(まえ)に、三坪(つぼ)にも足(た)らぬあき地(ち)があって、そこへ青(あお)い草(くさ)が芽(め)を出(だ)しました。低(ひく)い柵(さく)には鎖(くさり)が張(は)られていたが、大人(おとな)なら造作(ぞうさ)なくまたいで入(はい)ることができたのです。義坊(よしぼう)の父親(ちちおや)が立(た)って尺(しゃく)八を吹(ふ)くのはその柵(さく)のところでした。
「いつか、よっぱらいが、たおれていたところへ草(くさ)が芽(め)を出(だ)した。」と、義坊(よしぼう)はいいました。どこのおじさんであったか知(し)らないが、お勤(つと)めの帰(かえ)りによっぱらったとみえて、黒(くろ)い外套(がいとう)は泥(どろ)だらけであったし、握(にぎ)っている洋傘(こうもり)が、折(お)れそうに、曲(ま)がっていました。巡査(じゅんさ)が見(み)たら、なにかいうであろうと、義坊(よしぼう)は、心配(しんぱい)をしたが、そのとき、巡査(じゅんさ)は通(とお)ったけれども目(め)に入(はい)らなかったようです。その後(ご)、雨(あめ)が降(ふ)りつづきました。その雨(あめ)で草(くさ)が生(は)えたのでありましょう。
 土曜(どよう)の日(ひ)には、早(はや)くからここへきて、父親(ちちおや)は尺(しゃく)八を鳴(な)らしたのでした。
 ふいに、義坊(よしぼう)が叫(さけ)びました。
「あっ、あんな花(はな)が咲(さ)いた!」
 小(ちい)さな白(しろ)い花(はな)が、草(くさ)に咲(さ)いたのであります。ガラス窓(まど)のうちで、仕事(しごと)をしている人(ひと)にもまた、この鋪道(ほどう)を通(とお)る人々(ひとびと)にも、おそらく、この花(はな)は知(し)られなかったでしょう。ただ、これに気(き)のついたのは、自分(じぶん)ばかりのように思(おも)えて、義坊(よしぼう)は、なんだかうれしくてしかたがなかったのです。
 彼(かれ)は、柵(さく)の下(した)から頭(あたま)を突(つ)っこんで、腹(はら)ばいになって、その花(はな)を取(と)ろうとしました。こんな遊(あそ)びは、原(はら)っぱでもなければされぬことで、このにぎやかな町(まち)の中(なか)では、まったく珍(めずら)しい、しがいのあるいたずらにちがいありません。義坊(よしぼう)は手(て)を伸(の)ばして、その白(しろ)い花(はな)を取(と)ろうとしました。その瞬間(しゅんかん)です。どこから飛(と)んできたか、朽(く)ち葉(ば)色(いろ)のちょうが、花(はな)に止(と)まろうとしました。義坊(よしぼう)は、おどろいて急(きゅう)に手(て)を引(ひ)っこめて、ちょうのするさまをじっと見守(みまも)っていました。ちょうは花(はな)にとまって、羽(はね)を休(やす)めたかと思(おも)うと、また舞(ま)い上(あ)がって、煤煙(ばいえん)と物音(ものおと)で、かきにごされている空(そら)を、どこともなく飛(と)んで消(き)えてしまいました。その行方(ゆくえ)を見送(みおく)りながら、義坊(よしぼう)はぼんやりとして、不思議(ふしぎ)に思(おも)ったのです。そして、ちょうのために、白(しろ)い花(はな)を残(のこ)しておく気(き)になりました。
「義坊(よしぼう)や、あっちのお店(みせ)では売(う)れたかな。」
 二間(けん)とは離(はな)れぬところへ、赤(あか)い珠(たま)と、白(しろ)い珠(たま)と吹(ふ)き上(あ)げるおもちゃの噴水(ふんすい)や、ばね仕掛(じか)けのお相撲(すもう)の人形(にんぎょう)を売(う)る、露店(ろてん)が並(なら)んでいたのでした。
「さっき、子供(こども)がたくさん立(た)っていたが、だれも買(か)わずにいってしまったよ。」
「そうか、不景気(ふけいき)だなあ。」と、父親(ちちおや)は、ため息(いき)をつきました。まだ、今日(きょう)は一人(ひとり)も銭(ぜに)を投(な)げてくれなかったのです。
 義坊(よしぼう)は、以前(いぜん)、いろいろなおもちゃを父親(ちちおや)から買(か)ってもらったことがありました。しかし、いまは噴水(ふんすい)や、相撲(すもう)の人形(にんぎょう)などを見(み)ても、自分(じぶん)には縁(えん)の遠(とお)い気(き)がしたし、べつにほしいとも思(おも)いませんでした。ただ、そんなおもちゃを買(か)うことのできる子(こ)は、しあわせな子供(こども)と思(おも)っていました。デパートの屋根(やね)には、アドバルーンが高(たか)く上(あ)がっていました。風(かぜ)が寒(さむ)く、雲(くも)が低(ひく)かったのです。近所(きんじょ)の店(みせ)で鳴(な)らす、蓄音機(ちくおんき)の音(おと)が、いつかお母(かあ)さんの田舎(いなか)へいったとき、丘(おか)の下(した)の小学校(しょうがっこう)で、女(おんな)の先生(せんせい)がひいていたオルガンの音(おと)を思(おも)い出(だ)させました。
 その先生(せんせい)は、紫色(むらさきいろ)の、長(なが)いたもとのついた羽織(はおり)を着(き)ていました。
「お父(とう)さん、不景気(ふけいき)でだめだから、お母(かあ)さんの田舎(いなか)へいこうね。」
 義坊(よしぼう)は、こういいました。なぜか、お母(かあ)さんの田舎(いなか)へいこうというと不幸(ふこう)な父親(ちちおや)は、いつでも、だまってしまうのです。
「また雨(あめ)かな、だいぶ寒(さむ)くなった。もう、すこしやって、お家(うち)へ帰(かえ)ろうな。」
 父親(ちちおや)は、尺(しゃく)八を持(も)ち直(なお)して、思(おも)いきり深(ふか)く息(いき)を吹(ふ)き込(こ)みました。

うさぎ追(お)いしかの山(やま) 小(こ)ぶな釣(つ)りしかの川(かわ)
夢(ゆめ)は今(いま)もめぐりて 忘(わす)れがたき故郷(ふるさと)

 道(みち)を急(いそ)ぐ人々(ひとびと)の中(なか)には、立(た)ち止(ど)まって、じっと耳(みみ)をすます青年(せいねん)がありました。また、女(おんな)の人(ひと)がありました。その人(ひと)たちは、しまいまでその歌(うた)に聞(き)きとれていました。

こころざしをはたして いつの日(ひ)にか帰(かえ)らん
山(やま)はあおき故郷(ふるさと) 水(みず)は清(きよ)き故郷(ふるさと)

と、父親(ちちおや)が、うたい終(お)わったときに、あちらからも、こちらからも、お銭(あし)が二人(ふたり)の前(まえ)に落(お)ちたのであります。義坊(よしぼう)は拾(ひろ)うのに夢中(むちゅう)でありました。
 やがて、草(くさ)の白(しろ)い花(はな)が、うす闇(やみ)の中(なか)にほんのりとわからなくなるころ、哀(あわ)れな父親(ちちおや)のたもとにすがりながら、勇(いさ)んで帰(かえ)っていく子供(こども)がありました。それは義坊(よしぼう)であります。
 沈(しず)みがちに歩(ある)く父親(ちちおや)に向(む)かって、
「ねえ、お父(とう)ちゃん、きょうはよかったね。また、あしたもあんな歌(うた)を吹(ふ)きなさいよ。」と、いったのでありました。

 

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