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青い花の香り

时间: 2022-09-06    进入日语论坛
核心提示:青い花の香り小川未明 のぶ子(こ)という、かわいらしい少女(おとめ)がありました。「のぶ子(こ)や、おまえが、五つ六つのころ、
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青い花の香り

小川未明

 


 のぶ子(こ)という、かわいらしい少女(おとめ)がありました。
「のぶ子(こ)や、おまえが、五つ六つのころ、かわいがってくださった、お姉(ねえ)さんの顔(かお)を忘(わす)れてしまったの?」と、お母(かあ)さまがいわれると、のぶ子(こ)は、なんとなく悲(かな)しくなりました。
 月日(つきひ)は、ちょうど、うす青(あお)い水(みず)の音(おと)なく流(なが)れるように、去(さ)るものです。のぶ子(こ)は、十歳(さい)になりました。そして、頭(かしら)を傾(かたむ)けて、過(す)ぎ去(さ)った、そのころのことを思(おも)い出(だ)そうとしましたが、うす青(あお)い霧(きり)の中(なか)に、世界(せかい)が包(つつ)まれているようで、そんなような姉(ねえ)さんがあったような、また、なかったような、不確(ふたし)かさで、なんとなく、悲(かな)しみが、胸(むね)の中(なか)にこみあげてくるのでした。
「そのお姉(ねえ)さんは、いまどうしていなさるの?」と、のぶ子(こ)は、お母(かあ)さまに問(と)いました。
「遠方(えんぽう)へ、お嫁(よめ)にいってしまわれたのよ。」と、お母(かあ)さまも、その娘(むすめ)さんのことを思(おも)い出(だ)されたように、目(め)を細(ほそ)くしていわれました。
「遠方(えんぽう)へってどこなのですか。」と、のぶ子(こ)は黒(くろ)い、大(おお)きな目(め)をみはって、お母(かあ)さまにききました。
「幾日(いくにち)も、幾日(いくにち)も、船(ふね)に乗(の)ってゆかなければならない外国(がいこく)なんだよ。」
 こう、お母(かあ)さまがいわれたときに、のぶ子(こ)は思(おも)わず、目(め)を上(あ)げて、空(そら)の、かなたを見(み)るようにいたしました。
「ほんとうに、いま、そのお姉(ねえ)さんがおいでたなら、どんなにわたしはしあわせであろう。」と、のぶ子(こ)は、はかない空想(くうそう)にふけったのであります。しかし、その願(ねが)いもかまわないばかりか、せめて、そのお姉(ねえ)さんの顔(かお)を一目(ひとめ)でもいいから見(み)たいものだと思(おも)いました。
「お母(かあ)さま、そのお姉(ねえ)さんは、どんなお方(かた)でしたの?」と、のぶ子(こ)は、どうかして、そのかわいがってくださったお姉(ねえ)さんを、できるだけよく知(し)ろうとして、ききました。
 お母(かあ)さまは、また目(め)を細(ほそ)くして、過(す)ぎ去(さ)った日(ひ)を思(おも)い出(だ)すようにして、
「それは、美(うつく)しい娘(むすめ)さんだったよ。みんな通(とお)りすがる人(ひと)が、振(ふ)り向(む)いていったもんです。」と、いわれました。
「どうか、そのお姉(ねえ)さんの写真(しゃしん)でも見(み)たいものです。」と、のぶ子(こ)は、ほんとうにそう思(おも)いました。
「いまごろ、どうなされたか。ほんとうに写真(しゃしん)があったら、いいのだけれど……。」と、お母(かあ)さまは、その後(ご)、たよりのない、娘(むすめ)さんのことを思(おも)い出(だ)して、やはりのぶ子(こ)と同(おな)じような悲(かな)しみを感(かん)じられたのでありました。
 その年(とし)の秋(あき)の、ちょうど彼岸(ひがん)ごろでありました。外国(がいこく)から、小(ちい)さな軽(かる)い紙(かみ)の箱(はこ)がとどきました。
「だれから、きたのでしょうね。」と、お母(かあ)さまはいって、差出人(さしだしにん)の名(な)まえをごらんなさったが、急(きゅう)に、晴(は)れやかな、大(おお)きな声(こえ)で、
「のぶ子(こ)や、お姉(ねえ)さんからなのだよ。」といわれました。
 そのとき、のぶ子(こ)は、お人形(にんぎょう)の着物(きもの)をきかえさせて、遊(あそ)んでいましたが、それを手放(てばな)して、すぐにお母(かあ)さまのそばへやってきました。
「わたしをかわいがってくださったお姉(ねえ)さんから、送(おく)ってきたのですか?」と、のぶ子(こ)はいいました。
「ああ、そうだよ。」
 お母(かあ)さまは、その小(ちい)さい、軽(かる)い箱(はこ)のひもを解(と)きにかかりながら、
「なんでしょうね?」といわれました。
 秋(あき)の静(しず)かな、午後(ごご)でありました。弱(よわ)い日(ひ)の光(ひかり)が、軽(かる)い大地(だいち)の上(うえ)にみなぎっていました。のぶ子(こ)は、熱心(ねっしん)に、母(はは)が、箱(はこ)を開(あ)けるのをながめていました。やがて、包(つつ)みが解(と)かれると、中(なか)から、数種(すうしゅ)の草花(くさばな)の種子(たね)が出(で)てきたのであります。
 その草花(くさばな)の種子(たね)は、南(みなみ)アメリカから、送(おく)られてきたのでした。「きっと、美(うつく)しい花(はな)が咲(さ)くにちがいない。」と、みんなは、たのしみにして、それを黒(くろ)い素焼(すや)きの鉢(はち)に、別々(べつべつ)にして植(う)えて大事(だいじ)にしておきました。
 ほんとうに、久(ひさ)しぶりで、そのお姉(ねえ)さんからは、たよりがあったのです。そして、その手紙(てがみ)の中(なか)には、「のぶ子(こ)さんは、どんなに大(おお)きく、かわいらしく、おなりでしょうね。」と書(か)いてあったのです。
 この種子(たね)を土(つち)に下(お)ろした日(ひ)から、花(はな)の咲(さ)く日(ひ)が待(ま)たれました。その年(とし)も暮(く)れて、やがて翌年(よくとし)の春(はる)となったのであります。
「お母(かあ)さん、南(みなみ)アメリカの温(あたた)かいところに育(そだ)つ花(はな)ですから、こちらでは咲(さ)かないかもしれませんね。」と、のぶ子(こ)は、ある日(ひ)、お母(かあ)さまに向(む)かっていいました。
 このとき、もう、黒(くろ)い素焼(すや)きの鉢(はち)には、うす紅(あか)い芽(め)や、ねずみ色(いろ)に光(ひか)った芽(め)が出(で)ていました。
「よく、日(ひ)の当(あ)たるところに移(うつ)して、大事(だいじ)にしてごらんなさい。」と、お母(かあ)さまは、それに対(たい)して答(こた)えられました。
 春(はる)の彼岸(ひがん)が過(す)ぎて、桜(さくら)の花(はな)が散(ち)ったころ一つの鉢(はち)から真紅(まっか)な花(はな)が開(ひら)きました。その花(はな)は、あまりに美(うつく)しくもろかったのであります。そして、その日(ひ)の黄昏方(くれかた)、吹(ふ)いてくる風(かぜ)に散(ち)ってしまいました。
 もう一つの鉢(はち)からは、青(あお)い色(いろ)の花(はな)が咲(さ)きました。しかし、このほうは、珍(めずら)しく、元気(げんき)がよくて、幾(いく)つも同(おな)じような花(はな)を開(ひら)きました。そのうえ、ほんとうになつかしい、いい香(かお)りがいたしました。
 のぶ子(こ)は、青(あお)い花(はな)に、鼻(はな)をつけて、その香気(こうき)をかいでいましたが、ふいに、飛(と)び上(あ)がりました。
「わたし、お姉(ねえ)さんを思(おも)い出(だ)してよ……。」こう叫(さけ)んでお母(かあ)さまのそばへ駆(か)けてゆきました。
「わたし、あの、青(あお)い花(はな)の香(かお)りをかいで、お姉(ねえ)さんを思(おも)い出(だ)したの、背(せ)のすらりとした、頭髪(かみ)のすこしちぢれた方(かた)でなくって?」といいました。
「ああそうだったよ。」と、お母(かあ)さまは、よくお姉(ねえ)さんを思(おも)い出(だ)したといわぬばかりに、我(わ)が子(こ)の顔(かお)を見(み)て、にっこりと笑(わら)われました。

 


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