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青いボタン

时间: 2022-09-06    进入日语论坛
核心提示:青いボタン小川未明 小学校時分(しょうがっこうじぶん)の話(はなし)であります。 正雄(まさお)の組(くみ)へ、ある日(ひ)のこと
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青いボタン

小川未明

 


 小学校時分(しょうがっこうじぶん)の話(はなし)であります。
 正雄(まさお)の組(くみ)へ、ある日(ひ)のこと知(し)らない女(おんな)の子(こ)がはいってきました。
「みなさん、今日(きょう)から、この方(かた)がお仲間(なかま)になられましたから、仲(なか)よくしてあげてください。」と、先生(せんせい)はいわれました。
 知(し)らない人(ひと)がはいってくることは、みんなにも珍(めずら)しさを感(かん)じさせました。正雄(まさお)ばかりではありません。他国(たこく)からきた人(ひと)に対(たい)しては、なんとなくすこしの間(あいだ)ははばかるような、それでいて早(はや)く親(した)しくなって、話(はな)してみたいような気持(きも)ちがしたのであります。
 それほど、他国(たこく)の人(ひと)のだれか、知(し)らない遠(とお)い国(くに)からきた人(ひと)だという、一種(しゅ)の憧(あこが)れ心(ごころ)をそそったのでした。はじめの二、三日(にち)は、その女(おんな)の子(こ)に対(たい)して、べつに親(した)しくしたものもなかったが、また、悪口(わるくち)をいうようなものもありませんでした。
 だんだん日(ひ)がたつと、こんどは反対(はんたい)に、独(ひと)りぼっちの女(おんな)の子(こ)を、みんなして、悪口(わるくち)をいったり、わざと仲間(なかま)はずれにしたりして、おもしろがったのでした。その女(おんな)の子(こ)の姓(せい)は、水野(みずの)といいましたが、顔(かお)つきが、どこかきつねに似(に)ていましたところから、だれいうとなく「きつね」というあだ名(な)にしてしまいました。
 休(やす)みの遊(あそ)ぶ時間(じかん)になると、みんなは、女(おんな)の子(こ)を取(と)り巻(ま)いて、「きつね、きつね。」といって、はやしたてました。
 その女(おんな)の子(こ)は、負(ま)けぎらいな、しっかりした子(こ)でしたけれど、相手(あいて)が多数(たすう)なので、どうすることもできませんでした。それに、知(し)らない土地(とち)の学校(がっこう)にはいったことですから、小(ちい)さくなって、こごんで黙(だま)っていましたが、ついにたまらなくなって、泣(な)き出(だ)してしまいました。しかし、時間(じかん)になって、教室(きょうしつ)へはいる時分(じぶん)には、いつものごとく泣(な)きやんでいましたために、先生(せんせい)は、ちっともそのことを知(し)りませんでした。
 ある日(ひ)のこと、正雄(まさお)の家(うち)へ、知(し)らないおばさんがはいってきました。
「私(わたし)の家(うち)の娘(むすめ)とお坊(ぼっ)ちゃんとは、学校(がっこう)で同(おな)じ組(くみ)だそうでございます。それで、今日(きょう)は、おねがいがあって上(あ)がりました。娘(むすめ)が、毎日(まいにち)、学校(がっこう)で、きつね、きつねといわれますそうで、学校(がっこう)へゆくのをいやがって困(こま)りますが、どうかお坊(ぼっ)ちゃんにお願(ねが)いして、みんながそんなことをいわないようにしていただきたいものです……。」と、頼(たの)みました。
 正雄(まさお)の家(うち)と水野(みずの)の家(うち)とは、あまりそう遠(とお)くなかったので、それで、彼女(かのじょ)の母親(ははおや)がきたものと思(おも)われます。
 学校(がっこう)では、正雄(まさお)も、いっしょになって悪口(わるくち)をいった一人(ひとり)なのでした。なかには、まったくそんな悪口(わるくち)などをいわずに、黙(だま)っていた生徒(せいと)もありました。いま、正雄(まさお)は、自分(じぶん)の行為(こうい)に対(たい)して、気恥(きは)ずかしさを感(かん)ぜずにはいられなかったのです。
「それは、お気(き)の毒(どく)のことでございます。うちの正雄(まさお)に、あとからよくいいきかせますから……。」と正雄(まさお)のお母(かあ)さんは、水野(みずの)のおばさんに答(こた)えられました。
 女(おんな)の子(こ)の母親(ははおや)が帰(かえ)った後(あと)で、正雄(まさお)は、お母(かあ)さんから、弱(よわ)いものをみんなしていじめることは卑怯(ひきょう)なことだといわれて、正雄(まさお)は、真(まこと)に悪(わる)かったと感(かん)じました。
 あくる日(ひ)から、正雄(まさお)は学校(がっこう)へいって、みんなが、「きつね、きつね。」といって、からかった時分(じぶん)に、自分(じぶん)はいわなかったばかりでなく、みんなに、
「弱(よわ)い女(おんな)の子(こ)をいじめるのは、卑怯(ひきょう)だから、よそう。」といいました。
 正雄(まさお)のいったことを、ほんとうだと思(おも)って悪口(わるくち)をいうのをよしたものも多数(たすう)ありましたが、なかには、「君(きみ)は、きつねの味方(みかた)になったのかい。」といって、あざ笑(わら)ったものもあります。
 しかし、いままでのように、水野(みずの)に対(たい)して、「きつね。」といって、からかうものがなくなりました。ただ、ときどき忘(わす)れていたのを思(おも)い出(だ)したように、彼女(かのじょ)がおとなしく遊(あそ)んでいるところへいって、「きつね。」といいますと、彼女(かのじょ)は、もう負(ま)けていずに、反抗(はんこう)しました。そして、男(おとこ)の子(こ)のほうが、しまいには逃(に)げ出(だ)してしまったのです。
 正雄(まさお)と彼女(かのじょ)とは、だんだん仲(なか)よしになってまいりました。正雄(まさお)のおかげで、このごろは学校(がっこう)へいっても、みんなからいじめられないのを喜(よろこ)んでいました。そして、どうか自分(じぶん)の家(うち)へ遊(あそ)びにきてくれるようにといいました。
 ある日(ひ)のこと、正雄(まさお)は、彼女(かのじょ)の家(うち)へ遊(あそ)びにゆきますと、女(おんな)の子(こ)の母親(ははおや)はたいそうお礼(れい)をいわれました。そして、正雄(まさお)がよく自分(じぶん)の子供(こども)をいたわってくれたといって、お菓子(かし)などをくださいました。
 女(おんな)の子(こ)のお父(とう)さんは、すでに死(し)んでなかったのです。その家(うち)は、彼女(かのじょ)とお母(かあ)さんとの、さびしい二人(ふたり)ぎりの生活(せいかつ)でありました。女(おんな)の子(こ)は、絵本(えほん)を出(だ)したり、お人形(にんぎょう)を出(だ)して見(み)せたりしました。二人(ふたり)は、いっしょに、その絵本(えほん)をひろげてながめていましたが、その遊(あそ)びにも飽(あ)きた時分(じぶん)でした。
「ああ、私(わたし)この箱(はこ)の中(なか)に、大事(だいじ)にして持(も)っている、青(あお)い石(いし)のボタンがあってよ。亡(な)くなられたお父(とう)さんからいただいたの。これを、あなたにあげますわ。」といって、彼女(かのじょ)は、小(ちい)さな蒔絵(まきえ)のしてある香箱(こうばこ)のふたを開(あ)けて、中(なか)から、三個(こ)のボタンを出(だ)して、正雄(まさお)の手(て)に渡(わた)しました。
 正雄(まさお)は、それをしみじみと見(み)ながら、きれいなボタンだと思(おも)いました。青(あお)い色(いろ)が、いかにも美(うつく)しかったのです。
「お母(かあ)さんに聞(き)かなくて、しかられはしない?」と、正雄(まさお)はいいますと、
「私(わたし)のですから、あげてもいいの。」と、彼女(かのじょ)は笑(わら)いながら答(こた)えました。
 正雄(まさお)は、それをもらって、家(うち)に帰(かえ)ったのでありました。
 学校(がっこう)へゆくと、二人(ふたり)は、家(うち)で遊(あそ)んだようには親(した)しく、みんながなにかいうかと思(おも)って、できませんでした。
 それは、正月(しょうがつ)のことでありました。学校(がっこう)が十日(とおか)あまり休(やす)みがあった、その後(あと)のことです。学校(がっこう)へゆくと、水野(みずの)の姿(すがた)が見(み)えませんでした。どうしたのだろう? かぜでもひいて休(やす)んでいるのでなかろうかと正雄(まさお)は、思(おも)っていました。
 ある日(ひ)のこと、先生(せんせい)は、みんなに向(む)かって、
「水野(みずの)さんは、遠(とお)い国(くに)へ引(ひ)っ越(こ)しなすって、学校(がっこう)を退(ひ)きましたから、空(あ)いている席(せき)を順(じゅん)につめてください。」といわれました。正雄(まさお)は、はじめてそれと知(し)ってびっくりしてしまったのです。
「どこへ越(こ)していってしまったろう。」と、正雄(まさお)は、彼女(かのじょ)を思(おも)い出(だ)してさびしい気(き)がしたのであります。
 正雄(まさお)は、彼女(かのじょ)からもらった、三個(こ)のボタンを取(と)り出(だ)してながめていました。はじめは、それほどとも思(おも)わなかったのが、だれでも、このボタンを見(み)た人(ひと)は、「まあ、きれいなボタンだこと。」といって、ほめぬものはなかったのでした。
 そのうちに、春(はる)となりました。空(そら)の色(いろ)は美(うつく)しく、小鳥(ことり)は鳴(な)いて、いろいろな花(はな)が咲(さ)きました。正雄(まさお)はこうした景色(けしき)を見(み)るにつけて彼女(かのじょ)のことを思(おも)い出(だ)しました。
 ちょうど彼女(かのじょ)が、学校(がっこう)へ上(あ)がったときには、唇(くちびる)をはらして、髪(かみ)をみょうな形(かたち)に結(ゆ)っていたので、どこか、その顔(かお)つきがきつねに似(に)ていると思(おも)ったのが、後(のち)には、そうでなかったこと。そして、その目(め)の色(いろ)のうるんで、やさしみのあったのが、ちょうど、この春(はる)の空(そら)を見(み)るときに感(かん)じるのと似(に)たものがあったような気(き)がして、正雄(まさお)は、空想(くうそう)にふけりながら、うっとりとしたのであります。
「なんで、黙(だま)っていったんだろうか? そして、手紙(てがみ)もくれないのだろうか。遠(とお)い国(くに)ってどちらの方(ほう)なんだろう……。」と、正雄(まさお)は思(おも)いました。
 三個(こ)のボタンだけは、まだ、彼(かれ)の手(て)に残(のこ)っていました。正雄(まさお)は、それを糸(いと)につないで、持(も)って遊(あそ)んでいました。その青(あお)い色(いろ)は、水(みず)の色(いろ)のようにも、また空(そら)の色(いろ)のようにも、ときには、海(うみ)の色(いろ)のようにも、光線(こうせん)の具合(ぐあい)で、それは、それは、美(うつく)しく見(み)えたのであります。このボタンを見(み)た人(ひと)は、だれでもちょっと立(た)ち止(ど)まって、じっと目(め)をその上(うえ)に落(お)とさないものはありませんでした。知(し)らない人(ひと)は、黙(だま)って見返(みかえ)ってゆきました。知(し)った人(ひと)は、「まあ、美(うつく)しいボタンだこと、ちょっと見(み)せてください。」といって、掌(てのひら)の上(うえ)に載(の)せてながめたのであります。
 しかし、だれも、この青(あお)いボタンが、石(いし)で造(つく)られたものか、貝(かい)で造(つく)られたものか、判断(はんだん)に苦(くる)しんだのでありました。
「この青(あお)いボタンを、一つくださいな。」と、正雄(まさお)は、たくさんの人(ひと)からいわれました。けれど、このボタンをなくしてしまうことは、彼女(かのじょ)に対(たい)する思(おも)い出(で)からも、遠(とお)く離(はな)れてしまうことだと考(かんが)えて、彼(かれ)は、だれにもやらなかったのであります。
「このボタンを僕(ぼく)にくれた、女(おんな)の子(こ)の居所(いどころ)がわかって、そして聞(き)いてみなければあげられない。その女(おんな)の子(こ)はお父(とう)さんからもらって、大事(だいじ)にしていたのを僕(ぼく)にくれたのだから……。」と答(こた)えました。
 みんなは、「もう、いままで、なんの便(たよ)りもないのだから、その女(おんな)の子(こ)の居所(いどころ)のわかりっこはない。」といいました。
 しかし、正雄(まさお)は、青々(あおあお)と晴(は)れた大空(おおぞら)を見渡(みわた)して、「この、空(そら)の下(した)のどこかに、きっと女(おんな)の子(こ)は、お母(かあ)さんと住(す)んでいるのだろう……。」こう考(かんが)えると、いい知(し)れぬ悲(かな)しさと、なつかしさとが、感(かん)じられたのであります。
 ある日(ひ)のことでした。近所(きんじょ)に住(す)む、脊(せ)の高(たか)い、顔(かお)の黒(くろ)い男(おとこ)が、
「坊(ぼっ)ちゃん、私(わたし)に、どうかこのボタンを一つください。私(わたし)は、これを時計(とけい)のかぎにぶらさげておきます。私(わたし)は、汽車(きしゃ)に乗(の)って、方々(ほうぼう)を歩(ある)くのが勤務(きんむ)ですから、どこかで、そのお嬢(じょう)さんが私(わたし)の乗(の)っている汽車(きしゃ)にはいっておいでになり、私(わたし)の胸(むね)にぶらさがっている、この青(あお)いボタンを見(み)て、どうして私(わたし)が手(て)に入(い)れたかとおたずねにならんものでもありません。私(わたし)の乗(の)っている汽車(きしゃ)は、幾(いく)百マイルも先(さき)までゆき、その間(あいだ)に、数(かぞ)えきれないほどの停車場(ていしゃば)を通過(つうか)するのですから……。」といいました。
 正雄(まさお)は、この若(わか)い汽車乗(きしゃの)りのいうことを聞(き)くと、なるほど、そうしたことがあるかもしれないと思(おも)いました。それで、女(おんな)の子(こ)の居所(いどころ)がわかったら、すぐに知(し)らせてくれるようにという約束(やくそく)で、この男(おとこ)に青(あお)いボタンを一つ分(わ)けてやりました。またある日(ひ)のことでありました。正雄(まさお)は、家(うち)の前(まえ)で遊(あそ)んでいますと、金魚(きんぎょ)売(う)りが通(とお)りました。金魚(きんぎょ)売(う)りは、みんなを見(み)ると、金魚(きんぎょ)のはいっているおけを地(ち)に下(お)ろしました。みんなは、そのまわりに集(あつ)まって、金魚(きんぎょ)をのぞいて見(み)たのです。尾(お)の長(なが)いのや、円(まる)いのや、また黒(くろ)と金色(きんいろ)のまだらなどの金魚(きんぎょ)が泳(およ)いでいました。
 そのとき、金魚(きんぎょ)売(う)りは、正雄(まさお)の持(も)っていた青(あお)いボタンを見(み)つけて、目(め)をまるくしながら、
「坊(ぼっ)ちゃん、いい金魚(きんぎょ)をあげますから、そのボタンを一つくださらないか?」と、頼(たの)みました。
 正雄(まさお)は、金魚(きんぎょ)売(う)りのおじさんに、青(あお)いボタンの由来(ゆらい)を話(はな)したのです。すると、金魚(きんぎょ)売(う)りは、
「坊(ぼっ)ちゃん、私(わたし)は、こうして、諸国(しょこく)を流浪(るろう)します。それは、どんな村(むら)でも、また小(ちい)さな町(まち)でも、春(はる)から夏(なつ)にかけて、歩(ある)いてまわります。この青(あお)いボタンを私(わたし)のかぶっている笠(かさ)のひもに結(むす)びつけておいたら、いつか、そのお嬢(じょう)さんが、金魚(きんぎょ)を買(か)おうとなさる時分(じぶん)に見(み)つけて、どこから、この青(あお)いボタンを手(て)に入(い)れたかとお聞(き)きなさらないものでもありません……。」といいました。
 正雄(まさお)は考(かんが)えましたが、なるほど、この金魚(きんぎょ)売(う)りのいうことは、ありそうなことでした。そこで、青(あお)いボタンを一つ分(わ)けてやりました。金魚(きんぎょ)売(う)りは金魚(きんぎょ)を、正雄(まさお)がいらないといったのに、三びきくれました。
 正雄(まさお)の持(も)っていた、青(あお)いボタンは、残(のこ)り一つになりました。彼(かれ)はこの一つのボタンだけは、けっしていつまでも放(はな)すまいと思(おも)いました。いつになったら、停車場(ていしゃば)で、また、汽車(きしゃ)の中(なか)で、あの男(おとこ)は、彼女(かのじょ)に出(で)あうでしょうか。そして、またあの金魚売(きんぎょう)りは、いつになったら、彼女(かのじょ)の住(す)んでいる町(まち)へ着(つ)くでしょうか。
 三びきの金魚(きんぎょ)は、まだ達者(たっしゃ)で水盤(すいばん)の中(なか)に泳(およ)いでいます。正雄(まさお)は、青(あお)いボタンの一つをまくらもとに置(お)いて寝(ね)たある晩(ばん)に、赤(あか)い家(うち)のたくさん建(た)っている港(みなと)の景色(けしき)を夢(ゆめ)に見(み)たのでありました。

――一九二四・一○作――

 

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