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青いランプ

时间: 2022-09-06    进入日语论坛
核心提示:青いランプ小川未明 不思議(ふしぎ)なランプがありました。青(あお)いかさがかかっていました。火(ひ)をつけると、青(あお)い光
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青いランプ

小川未明

 


 不思議(ふしぎ)なランプがありました。青(あお)いかさがかかっていました。火(ひ)をつけると、青(あお)い光(ひかり)があたりに流(なが)れたのです。
「このランプをつけると、きっと、変(か)わったことがあるよ。」といって、その家(うち)では、これをつけることを怖(おそ)ろしがっていました。しかし、前(まえ)から大事(だいじ)にしているランプなので、どこへもほかへやることをせずに、しまっておきました。
 石油(せきゆ)で火(ひ)を点(つ)ける時代(じだい)はすぎて、いまでは、どんな田舎(いなか)へいっても、電燈(でんとう)をつけるようになりましたが、まれに、不便(ふべん)なところでは、まだランプをともしているところもあります。
 この村(むら)でも、しばらく前(まえ)から、電燈(でんとう)をつけるようになりました。そして、ランプのことなどは、忘(わす)れていましたので、不思議(ふしぎ)なランプの話(はなし)が出(で)ると、みんなは笑(わら)い出(だ)しました。
「そんなばかな話(はなし)があるものか。この文明(ぶんめい)の世(よ)の中(なか)に、化(ば)け物(もの)や、悪魔(あくま)などのいようはずがない。昔(むかし)の人(ひと)は、いろんなことをいって、ひまをつぶしたものだ。それがうそなら、青(あお)いランプを出(だ)して、つけてみればいい。」と、たまたま集(あつ)まった人(ひと)たちはいいました。
 すると、家(うち)の人(ひと)は、
「変(か)わったことがあっても、なくても、そういういい伝(つた)えだから、めったなことはするものでない。」と、口(くち)をいれたのです。
「いいえ、それは迷信(めいしん)というものだ。今夜(こんや)、青(あお)いランプをつけてみようじゃないか?」と、家(うち)の人(ひと)のうちでも、きあわせた人(ひと)たちと、口(くち)をそろえていったものもありましたので、つい、しかたなく、反対(はんたい)したものも同意(どうい)することにしました。
 みんなは、日(ひ)の暮(く)れるのを待(ま)っていました。そして、しまってあった、昔(むかし)のランプを出(だ)してきました。
 幾(いく)十年(ねん)前(まえ)からかしれない、石油(せきゆ)のしみや、ほこりが、ランプのガラスについていました。
「石油(せきゆ)が、一(ひと)たれもはいっていない。」
 一人(ひとり)は、のぞいてみながら、
「いつ、つけたかわからないのだから、かわいてしまったのだ。」といいました。
 石油(せきゆ)を持(も)ってきて、ランプに注(つ)ぎました。そのうちに、日(ひ)は、暮(く)れてしまいました。窓(まど)からは、北(きた)の荒(あら)い海(うみ)が見(み)えます。秋(あき)から冬(ふゆ)にかけて、雲(くも)のかからない日(ひ)は少(すく)なかったのであります。冷(つめ)たそうな雲(くも)が、沖(おき)にただよって、わずかに、うす明(あ)かりが残(のこ)っていました。
「さあ、ランプをつけるから、電燈(でんとう)を消(け)すのだよ。」と、一人(ひとり)がいいますと、急(きゅう)にみんなは、ぞっとして、だまってしまいました。へやの中(なか)は、まっ暗(くら)になりました。あたりが静(しず)まると、浪(なみ)の音(おと)が、ド、ド、ドンと聞(き)こえてきました。マッチをする音(おと)がして、ランプに火(ひ)がつくと、へやの中(なか)はちょうど春(はる)の晩(ばん)のように、ほんのりと青(あお)くいろどられて、その光(ひかり)は、窓(まど)から、遠(とお)く海(うみ)の方(ほう)へ流(なが)れてゆきました。
 みんなは、しばらくだまっていましたが、
「どうして、このランプを不思議(ふしぎ)なランプというのですか?」と、だれかがたずねました。
 おそらく、そのわけを知(し)っているものは、この家(うち)の年(とし)とったおばあさんだけでありましょう。が、いままで、おばあさんは、このことをくわしくだれにも話(はな)しませんでした。
「このランプは、大事(だいじ)な、不思議(ふしぎ)なランプだから、しまっておくのだ。」と、ただ孫(まご)たちにいっていたばかりです。
「おばあさん、どうかそのお話(はなし)を聞(き)かしてください。」と、近所(きんじょ)の子供(こども)たちも、大人(おとな)たちも、そこにすわっておられたおばあさんにたのみました。
「じゃ、その話(はなし)をきかしてあげよう。」と、おばあさんは、青(あお)い光(ひかり)にいろどられたへやの中(なか)で、みんなに向(む)かって、つぎのような物語(ものがたり)をされたのであります。
       *   *   *   *   *
 おばあさんのお父(とう)さんという人(ひと)は、こんなさびしい片田舎(かたいなか)に産(う)まれた人(ひと)に似(に)ず、研究心(けんきゅうしん)の深(ふか)い人(ひと)でありました。
 いつも、暗(くら)い、ものすごい海(うみ)の方(ほう)を見(み)て考(かんが)え込(こ)んでいました。「どこか、あちらにみんなの知(し)らない国(くに)があるにちがいない。また、発見(はっけん)されないような島(しま)があるにちがいない。それには、もっといい船(ふね)を造(つく)って、探検(たんけん)に出(で)かけることだ。」などと考(かんが)えていました。
 ある日(ひ)、海(うみ)の上(うえ)が、たいへんに荒(あ)れました。
「こんな日(ひ)に、沖(おき)へ出(で)ているような船(ふね)はないだろうな。出(で)ていたら、助(たす)かるまい。」と、お父(とう)さんは、まゆをひそめてながめていました。
 いつしか、あらしのうちに日(ひ)は暮(く)れてしまいました。夜(よる)になってから、ますます沖(おき)は荒(あ)れ狂(くる)って見(み)えました。このとき、一つ真(ま)っ暗(くら)な海(うみ)の上(うえ)に、赤(あか)い火(ひ)が見(み)えたのであります。その火(ひ)は大(おお)きな波(なみ)にもまれて、おどっていました。
「火(ひ)が、火(ひ)が、この大(おお)あらしに、船(ふね)がなやんでいる。どこの船(ふね)だろう……。」と、お父(とう)さんは、窓(まど)に立(た)って見(み)ながら気(き)が気(き)でありませんでした。しかし、この海岸(かいがん)で、船(ふね)を出(だ)そうというような人(ひと)を、さがしてもどこにありましょう?
「あれ、あれ。」といううちに、その赤(あか)い火(ひ)は見(み)えなくなってしまいました。まったく大(おお)きな波(なみ)に呑(の)み込(こ)まれてしまったものと思(おも)われます。そして、あとは、ただ波(なみ)の音(おと)と風(かぜ)のさけびと雨(あめ)の吹(ふ)きつける声(こえ)がきこえるだけでありました。
 あくる日(ひ)、海岸(かいがん)では、大騒(おおさわ)ぎでした。一人(ひとり)の勇敢(ゆうかん)な外国人(がいこくじん)が難破船(なんぱせん)から、こちらの燈火(とうか)を目(め)あてに、泳(およ)いできて、とうとうたどりつくと力(ちから)がつきて、そこに倒(たお)れてしまったのです。これを知(し)った村(むら)の人々(ひとびと)は、その外国人(がいこくじん)をいたわってやりました。
 おばあさんのお父(とう)さんも、しんせつに介抱(かいほう)してやった一人(ひとり)であります。外国人(がいこくじん)は、やっと元気(げんき)を回復(かいふく)しました。そして、手(て)まねで、昨夜(ゆうべ)、船(ふね)が難破(なんぱ)して、乗(の)っていたものは、みんな死(し)に、貨物(かもつ)はすっかり海(うみ)の底(そこ)にうずもれてしまったことを告(つ)げました。
「それでも、あなたは勇敢(ゆうかん)な人(ひと)だ、よくここまで泳(およ)いでこられたものだ。」と、お父(とう)さんはその外国人(がいこくじん)を尊敬(そんけい)しました。外国人(がいこくじん)も、またお父(とう)さんに親(した)しみました。おばあさんのお父(とう)さんは、外国人(がいこくじん)について、外国(がいこく)の言葉(ことば)をならいました。それから、いろいろあちらの文明(ぶんめい)な話(はなし)や、まだ人(ひと)のたくさんゆかないような土地(とち)で、宝(たから)や、珍(めずら)しいものが無尽蔵(むじんぞう)にある話(はなし)などを聞(き)きました。
「ああ、私(わたし)の思(おも)ったことは、空想(くうそう)ではなかった。ぜひ、いって大(おお)きな仕事(しごと)をしよう。」と、お父(とう)さんは思(おも)いました。
 外国人(がいこくじん)もだんだんこちらの言葉(ことば)がわかり、そして、お父(とう)さんと話(はなし)がいくらかできるようになりました。
「もし、人(ひと)の知(し)らない島(しま)を発見(はっけん)したいというようなお考(かんが)えをもたれたら、一度(ど)、外国(がいこく)へ渡(わた)って、学問(がくもん)をして、それから、遠(とお)い、遠(とお)い、船出(ふなで)をしなければなりません……。」と、外国人(がいこくじん)は、さとしました。
 お父(とう)さんは、なるほどとうなずきました。外国人(がいこくじん)は近所(きんじょ)に、小(ちい)さな家(うち)を建(た)て、そこに住(す)みました。家(うち)のまわりにはいろいろの草花(くさばな)の種子(たね)をまきました。夏(なつ)になるとそれらが、赤(あか)・黄(き)・緑(みどり)、さまざまの花(はな)が咲(さ)いて美(うつく)しかったのです。ちょうや、はちは、終日(しゅうじつ)花(はな)の上(うえ)を飛(と)びまわっていました。外国人(がいこくじん)はそれを見(み)て、自分(じぶん)のふるさとのことなどを思(おも)い出(だ)していました。
 どうかして、国(くに)へ帰(かえ)りたいと思(おも)いましたけれど、どうすることもできなかったので、自分(じぶん)は、一生(しょう)をこの村(むら)で送(おく)るのでないかと考(かんが)えたこともあります。お父(とう)さんは、よくこの人(ひと)をたずねてゆきました。そして、あちらの話(はなし)を聞(き)いたり、言葉(ことば)などをならったりして、家(うち)へ帰(かえ)ると、窓(まど)のところで、青(あお)いランプをともして、夜(よる)おそくまで勉強(べんきょう)をしました。ランプの青(あお)い光(ひかり)は、海(うみ)の方(ほう)からも見(み)えたのであります。
 ある夏(なつ)の午後(ごご)、外国人(がいこくじん)は、遠眼鏡(とおめがね)で沖(おき)の方(ほう)を見(み)ていました。すると、あちらの水平線(すいへいせん)を大(おお)きな黒(くろ)い船(ふね)が通(とお)るのでした。それは、一目(ひとめ)で、この国(くに)の船(ふね)でないことがわかりました。だんだんはっきりと見(み)えると、マストの上(うえ)に、自分(じぶん)の国(くに)の旗(はた)がひらひらとひるがえっていました。
「あ、なつかしい、自分(じぶん)の国(くに)の船(ふね)だ!」と叫(さけ)ぶと、お父(とう)さんのところへ駆(か)けてきました。
「いま、あっちを、私(わたし)の国(くに)の船(ふね)が通(とお)ります。これは、神(かみ)さまのお助(たす)けです。どうかして、あの船(ふね)に合図(あいず)をして、乗(の)り込(こ)むことはできないものでしょうか。」と訴(うった)えました。
 しんせつな、正直(しょうじき)なお父(とう)さんは、これを他人(たにん)のこととは思(おも)いませんでした。
「どれ、私(わたし)に、その眼鏡(めがね)をおかしください。」といって、自分(じぶん)の目(め)にあてて沖(おき)を見(み)ながら、
「なるほど、りっぱな大(おお)きな船(ふね)だ。この船(ふね)を逃(に)がしたら、いつまた乗(の)れるというあてはありますまい。すぐに、合図(あいず)をしましょう。」といって、近所(きんじょ)の人々(ひとびと)を呼(よ)び集(あつ)めて、海岸(かいがん)の小高(こだか)いところで、火(ひ)をどんどんたきました。
 人々(ひとびと)が、外国人(がいこくじん)を助(たす)けたいというまごころが、あちらの船(ふね)に通(つう)じたとみえて、船(ふね)から、汽笛(きてき)の音(ね)が、三(み)たびきこえました。
「あれは、わかったというしらせにちがいない。」
 みんなは首(くび)をのばして、沖(おき)の方(ほう)を見(み)つめていますと、だんだん、黒(くろ)い船(ふね)の姿(すがた)が、大(おお)きくはっきりとしてきました。
 これを見(み)た外国人(がいこくじん)は、声(こえ)をかぎりに叫(さけ)んで、狂(くる)わんばかりに喜(よろこ)びました。
「さあ、あなたも私(わたし)といっしょにいらっしゃい。」といって、かたわらに立(た)っているお父(とう)さんの首(くび)に抱(だ)きつきました。
 お父(とう)さんは、日(ひ)ごろから、外国(がいこく)へいってみたいと思(おも)っていました。しかし、そのころ、そんなことがどうして容易(ようい)にできましょう。まことに、これこそいい都合(つごう)でありました。
「どうか、それなら、私(わたし)をつれていってください。」と、お父(とう)さんも、熱心(ねっしん)に頼(たの)みました。
 おばあさんは、まだ小(ちい)さな娘(むすめ)でありました。お父(とう)さんが、荒海(あらうみ)を越(こ)えて、あちらの外国(がいこく)へゆかれると聞(き)いたので、どんなに、それを悲(かな)しみましたでしょう。もう、ゆけば、二度(ど)と帰(かえ)ってこられないもののように思(おも)われたからです。そして、おばあさんのお母(かあ)さんといっしょに、「お父(とう)さん、外国(がいこく)へなど、ゆかないでください。」と願(ねが)いました。
「なに、心配(しんぱい)することはない。きっと、無事(ぶじ)に帰(かえ)ってくるから。」と、お父(とう)さんは答(こた)えて、いくらやめさせようとしてもだめでした。
 母(はは)と娘(むすめ)は、お父(とう)さんの決心(けっしん)が固(かた)いのを知(し)ると、せめて、そのお帰(かえ)りを待(ま)つよりしかたのないのを悟(さと)りました。
「そんなら、いつお帰(かえ)りなさいますか、教(おし)えてください。」と、二人(ふたり)はいいました。
「じゃ、約束(やくそく)をしよう。いまから五年(ねん)めにきっと帰(かえ)ってくるから。」と、お父(とう)さんは答(こた)えました。
 汽船(きせん)からは引(ひ)き下(お)ろされた小舟(こぶね)が、陸(りく)を指(さ)してきました。それから、しばらくして、外国人(がいこくじん)とお父(とう)さんはその小舟(こぶね)に乗(の)りました。小舟(こぶね)は晩方(ばんがた)の金色(こんじき)に輝(かがや)く波(なみ)を切(き)って、ふたたび陸(りく)をはなれてあちらに泊(と)まっている汽船(きせん)をさしてこぎました。海鳥(かいちょう)は、美(うつく)しい夕空(ゆうぞら)におもしろそうに飛(と)んでいました。
 母(はは)と娘(むすめ)と近所(きんじょ)の人(ひと)たちは、名残惜(なごりお)しそうに、目(め)に涙(なみだ)を浮(う)かべて、沖(おき)の方(ほう)をながめていました。小舟(こぶね)は小(ちい)さく、小(ちい)さくなって、いつしか船(ふね)にこぎつくと、人(ひと)も舟(ふね)も、同時(どうじ)に、引(ひ)きあげられて、船(ふね)は、暮(く)れてゆく空(そら)に汽笛(きてき)を鳴(な)らして、いずこへともなく去(さ)ってしまいました。
 絵(え)で見(み)ると、お父(とう)さんのゆかれた外国(がいこく)には、りっぱな町(まち)があって、馬車(ばしゃ)が通(とお)っています。また、男(おとこ)も、女(おんな)も、思(おも)い思(おも)いに、きれいなふうをして歩(ある)いています。お父(とう)さんからは、いったきり、たよりがありませんでした。留守(るす)をしている、家(うち)の人々(ひとびと)は、ただ五年(ねん)のあいだの早(はや)くたつのを待(ま)っていました。
 外国人(がいこくじん)の住(す)んでいた家(うち)は、空(あ)き家(や)になって、だれも住(す)んでいませんでした。ただ、夏(なつ)がくると、家(うち)のまわりには、いろいろの草(くさ)がしぜんに芽(め)を出(だ)して、赤(あか)・白(しろ)・紫(むらさき)・黄(き)の花(はな)を美(うつく)しく咲(さ)かせました。そして、沖(おき)から吹(ふ)いてくる風(かぜ)は、それらの花(はな)を動(うご)かしました。ちょうや、はちは、朝(あさ)から、集(あつ)まってきて、日(ひ)の暮(く)れるころまで、楽(たの)しく遊(あそ)んでいました。
「お父(とう)さんは、無事(ぶじ)にお帰(かえ)りなさるだろうか?」
「あの外国人(がいこくじん)でさえ、ああして、帰(かえ)っていったのだもの、人(ひと)の思(おも)いの通(とお)らないことはない。きっと五年(ねん)たったら、お父(とう)さんは、帰(かえ)っておいでなさる……。」
 一年(ねん)は、また一年(ねん)とたってゆきました。年々(ねんねん)種子(たね)が残(のこ)って咲(さ)いた草花(くさばな)も、その後(ご)、だれも手(て)をいれるものがなかったので、外国人(がいこくじん)の住(す)んでいた家(いえ)の荒(あ)れるとともに、花(はな)の数(かず)は少(すく)なくなってしまいました。こうして、ついにお父(とう)さんの帰(かえ)るといわれた五年(ねん)めとなったのであります。
 お母(かあ)さんは、お父(とう)さんの留守(るす)の間(ま)に、ランプの下(した)で、さびしく仕事(しごと)をしていました。このあたりの海(うみ)は、十月(がつ)の末(すえ)になれば、波(なみ)が高(たか)くて、どんな船(ふね)も、あまり通(とお)ることはなかったのでした。
「もう、お父(とう)さんは、お帰(かえ)りなされそうなものだ。」
 こういって、娘(むすめ)と母(はは)は、毎日(まいにち)のように、海岸(かいがん)に立(た)っては、船(ふね)のはいってくる、影(かげ)を待(ま)っていました。しかし、夕焼(ゆうや)けの美(うつく)しかった夏(なつ)には、とうとうお父(とう)さんは帰(かえ)ってこられませんでした。
「今年(ことし)は、お父(とう)さんは、お帰(かえ)りなされんのだろうか?」と、娘(むすめ)がいうと、
「いいえ、お父(とう)さんは、約束(やくそく)なされたことは、けっしてお違(ちが)いなされはしない。きっと、今夜(こんや)あたり、帰(かえ)っておいでなさるだろう。」といって、お母(かあ)さんは、なにか虫(むし)が知(し)らせるのか、かたく信(しん)じて、いつものごとく、青(あお)いランプに火(ひ)をつけて、窓(まど)ぎわにすわって待(ま)っていられました。
 その日(ひ)は、なんとなく、家(うち)の人々(ひとびと)の胸(むな)さわぎのする晩(ばん)でした。
「今夜(こんや)は帰(かえ)っておいでなさる。」と、お母(かあ)さんは信(しん)じて、暗(くら)い海(うみ)の方(ほう)を見(み)ていられると、ふいに夜嵐(よあらし)の窓(まど)に吹(ふ)きつけるように、幾羽(いくわ)ともなく、黒(くろ)い海鳥(かいちょう)が、青(あお)いランプの火(ひ)を目(め)がけて、どこからともなく飛(と)んできて、窓(まど)につきあたったのであります。
 お母(かあ)さんは、神(かみ)さまや、仏(ほとけ)さまを、口(くち)のうちでお祈(いの)りをして、どうか、お父(とう)さんの身(み)の上(うえ)に変(か)わりのないようにと願(ねが)いました。そして、一夜(や)まんじりとも眠(ねむ)りませんでした。
 その翌晩(よくばん)も、どこからともなく、黒(くろ)い鳥(とり)が青(あお)いランプの火(ひ)を目(め)がけて飛(と)んできました。毎晩(まいばん)、青(あお)いランプに火(ひ)をつけると、どこからともなくこの黒(くろ)い鳥(とり)の群(む)れが、押(お)し寄(よ)せてきたのであります。みんなは、このランプを気味悪(きみわる)がりました。そして、不思議(ふしぎ)のランプとして、もうそれをつけないことにして、しまったのであります。
 そして、お父(とう)さんは、とうとう帰(かえ)ってこられませんのでした。
       *   *   *   *   *
 これが、おばあさんのお話(はなし)であります。そのときのお母(かあ)さんは、もうとっくに死(し)んでしまい、そのときの娘(むすめ)さんは、この物語(ものがたり)をしたおばあさんなのでした。
「そのお父(とう)さんは、どうなされたのでしょうね。」と、このへやに集(あつ)まった人(ひと)たちは、おばあさんにたずねました。
「外国(がいこく)から、こちらへくる船(ふね)がなかったものか、それとも、どこかの島(しま)へ渡(わた)って、自分(じぶん)の思(おも)ったような仕事(しごと)をなされたものか、わからないのだよ。」と、おばあさんは、答(こた)えました。
「いまでもわかりませんの?」
「私(わたし)が、こんなにおばあさんになったのだから、もう、お父(とう)さんは、この世(よ)においでなされるはずはないでしょう。」
 みんなは、これを聞(き)いて、さびしい気持(きも)ちがしました。青(あお)いランプの火(ひ)は、その昔(むかし)のように、青(あお)い光(ひかり)をいまもへやの中(なか)にただよわせています。
「黒(くろ)い鳥(とり)が、今夜(こんや)も飛(と)んでくるかしらん。」と、子供(こども)たちは、いいました。
 だれも、これについて、はっきり答(こた)えるものはありませんでした。そして、みなは、おばあさんの顔(かお)を見(み)ました。おばあさんは、うつむいて、遠(とお)い昔(むかし)のことを思(おも)い出(だ)すように、また、岸(きし)に打(う)つ波(なみ)の音(おと)に聞(き)きいっているように、じっとしていられました。
「おばあさん、黒(くろ)い鳥(とり)が、今夜(こんや)も飛(と)んでくるでしょうか?」
「もう、そんなこともあるまい。あの時分(じぶん)、国(くに)へ帰(かえ)りたい、帰(かえ)りたいと、お父(とう)さんが、毎夜(まいよ)思(おも)っていなされたから、鳥(とり)になってきなさったのかもしれないが、もう、そんなことはないだろう。」と、おばあさんはいわれました。
 はたして、その夜(よ)は、なんの変(か)わったこともなく、秋(あき)の海(うみ)は、すすり泣(な)くように静(しず)かにふけていったのであります。

 

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