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赤いえり巻き

时间: 2022-09-06    进入日语论坛
核心提示:赤いえり巻き小川未明 お花(はな)が、東京(とうきょう)へ奉公(ほうこう)にくるときに、姉(ねえ)さんはなにを妹(いもうと)に買(
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赤いえり巻き

小川未明

 


 お花(はな)が、東京(とうきょう)へ奉公(ほうこう)にくるときに、姉(ねえ)さんはなにを妹(いもうと)に買(か)ってやろうかと考(かんが)えました。二人(ふたり)は遠(とお)く離(はな)れてしまわなければなりません。お花(はな)は、まだ見(み)ないにぎやかな、美(うつく)しいものや、楽(たの)しいことのたくさんある都(みやこ)へゆくことは、なんとなくうれしかったけれど、子供(こども)の時分(じぶん)から、親(した)しんだ、林(はやし)や、野(の)や、自分(じぶん)の村(むら)に別(わか)れることが悲(かな)しかったのです。
 姉(あね)は、かつて、自分(じぶん)も一度(ど)、都(みやこ)へいってみたいと心(こころ)にあこがれたことがありました。しかし、ついに出(で)る機会(きかい)がなくてすぎてしまいました。そして、もう奉公(ほうこう)に出(で)るには、あまり年(とし)をとってしまったので、自分(じぶん)は、村(むら)に残(のこ)って圃(たんぼ)に出(で)て、くわをとって働(はたら)くことにいたしました。
「なにを妹(いもうと)に、買(か)ってやったらいいだろう。」
 姉(あね)は、ひとりで働(はたら)きながら思(おも)ったのです。
 たとえ、妹(いもうと)は、華(はな)やかな都(みやこ)へゆくのにしろ、家(いえ)を離(はな)れるということは、姉(あね)にはさびしいことでした。そして知(し)らぬところへいって、遠(とお)くみんなから別(わか)れて、一人(ひとり)で生活(せいかつ)するということは、どんなにか、心細(こころぼそ)いことであろうと思(おも)われると、妹(いもうと)がかわいそうになりました。
「せめて、いつまでも妹(いもうと)の身(み)につくものを買(か)ってやりたい。」と、姉(あね)は思(おも)いました。
 このとき、そばの林(はやし)の枝(えだ)にとまって、赤(あか)いいすかが鳴(な)いていました。もう、秋(あき)もふけていました。林(はやし)をおとずれる風(かぜ)は荒(あら)く、空(そら)の雲(くも)ゆきは早(はや)かった。そして、ところどころに、青(あお)ガラスのような冴(さ)えた色(いろ)が見(み)えたのです。
 姉(あね)は、この秋(あき)から、冬(ふゆ)にかけてくる小鳥(ことり)をめずらしそうに見(み)ているうちに、ふと、心(こころ)に浮(う)かんだのは、この赤(あか)い鳥(とり)の毛(け)のような、真(ま)っ赤(か)な色(いろ)のえり巻(ま)きを妹(いもうと)に買(か)ってやろうということでした。東京(とうきょう)は、雪(ゆき)は、あまりないが、冬(ふゆ)は風(かぜ)が寒(さむ)いと聞(き)いている。外(そと)へ用事(ようじ)に出(で)かけるのにも、えり巻(ま)きがなくてはならないだろう。赤(あか)いえり巻(ま)きを買(か)ってやったら、妹(いもうと)も、さぞ喜(よろこ)ぶにちがいないと考(かんが)えました。
 姉(あね)は、町(まち)へ出(で)ました。そして、洋品店(ようひんてん)で、赤(あか)いえり巻(ま)きを買(か)って家(うち)に帰(かえ)り、それを妹(いもうと)に与(あた)えたのであります。
「まあ、きれいなえり巻(ま)きだこと。」といって、妹(いもうと)は目(め)をみはりました。
「私(わたし)は、考(かんが)えたのだよ、東京(とうきょう)のステーションに降(お)りたとき、この真(ま)っ赤(か)なえり巻(ま)きをしていったら、迎(むか)えに出(で)てくださる方(かた)に、おまえだということがわかるだろうと思(おも)って……。それに、この赤(あか)い色(いろ)は、悪(わる)い色(いろ)でないと思(おも)ったのだから……。」と、姉(あね)はいいました。
       *   *   *   *   *
 お花(はな)が、上野駅(うえのえき)へ着(つ)いたときに、彼女(かのじょ)が心配(しんぱい)したほどのこともなく、すぐに、出迎(でむか)えにきていた奥(おく)さまや、坊(ぼっ)ちゃんたちの目(め)にとまったのです。そのはずで、赤(あか)いえり巻(ま)きが、たくさん汽車(きしゃ)から降(お)りた人(ひと)たちの間(あいだ)でも、目立(めだ)ったからでした。ちょうど、朝日(あさひ)の光(ひかり)は、繁華(はんか)な街(まち)の建物(たてもの)のいただきを越(こ)して、プラットホームに流(なが)れていましたが、そこへ、日(ひ)に焼(や)けた赤(あか)い顔(かお)の少女(しょうじょ)が、真(ま)っ赤(か)なえり巻(ま)きをして歩(ある)いてきたので、赤(あか)い金魚(きんぎょ)か赤(あか)い着物(きもの)をきたさるのように、それが見(み)えたのも不思議(ふしぎ)がありません。
 口(くち)の悪(わる)い、坊(ぼっ)ちゃんたちは、お花(はな)に、金魚(きんぎょ)というあだ名(な)をつけました。けれど、お花(はな)は、そんなことを気(き)にかけるような性質(せいしつ)でなく、いつも、田舎(いなか)にいた時分(じぶん)のように、いきいきしていました。そして、みんなから、かわいがられました。
「お花(はな)、おまえは早(はや)のみこみで、こちらのいうことを、半分(はんぶん)しか聞(き)かないから、そんなまちがいをするのだよ。」と、奥(おく)さまからいわれることもありました。
 ほんとうに、彼女(かのじょ)は、そそっかしやで、よく、茶(ちゃ)わんを壊(こわ)したり、たなからものを落(お)としたりしました。
「また、お花(はな)が、なにか落(お)とした。」といって、しまいには、小言(こごと)をいうよりか、みんなは、それが愛嬌(あいきょう)になって、おかしがって笑(わら)ったのです。
 それほど、彼女(かのじょ)は、罪(つみ)のない少女(しょうじょ)でした。
「お花(はな)は、東京(とうきょう)がいいか、それとも田舎(いなか)がいいかい。」と、家(うち)のものが、聞(き)きました。
 彼女(かのじょ)は、すぐに返事(へんじ)をせずに、笑(わら)っていましたが、二つの黒(くろ)い目(め)をかがやかしながら、
「おら、田舎(いなか)がいい。」と答(こた)えました。
「どうして?」と、家(うち)の人(ひと)たちは、いいましたが、こう聞(き)くまでもなく、華(はな)やかな自然(しぜん)が目(め)の前(まえ)に開(ひら)けて、鳥(とり)のように自由(じゆう)に駈(か)けまわったであろう彼女(かのじょ)の姿(すがた)を想像(そうぞう)すると、なんとなく彼女(かのじょ)が不憫(ふびん)に感(かん)ぜられたのであります。
 ほんとうに、東京(とうきょう)の冬(ふゆ)は、雪(ゆき)こそ降(ふ)らないが寒(さむ)かった。彼女(かのじょ)は、使(つか)いに出(で)るのに、姉(ねえ)さんが、こちらへくる時分(じぶん)に買(か)ってくれた、赤(あか)いえり巻(ま)きを忘(わす)れずにしていきました。それには、なつかしい姉(あね)のまごころがこもっていると思(おも)われたから……。田舎(いなか)から、手紙(てがみ)のくるたびに、彼女(かのじょ)は、目(め)をうるませていました。
「お花(はな)は、あの赤(あか)いえり巻(ま)きが、たいへんに気(き)にいっているらしいんですよ。」
 こう、奥(おく)さまは、主人(しゅじん)にいわれたこともあります。
「あのえり巻(ま)きをして、汽車(きしゃ)から降(お)りたとき、真(ま)っ赤(か)だったね。」と、子供(こども)らは思(おも)い出(だ)して、お母(かあ)さんにいいました。
「なに、もうすこしたつと、お花(はな)もすっかり東京(とうきょう)っ子(こ)になってしまうから。」と、そのとき、お父(とう)さんはいわれました。
       *   *   *   *   *
 ある日(ひ)、小(ちい)さな子供(こども)をつれて外(そと)へ出(で)たお花(はな)が、なかなか帰(かえ)ってこないので、家(うち)じゅうが大騒(おおさわ)ぎをしたことがあります。
「どこへいったのだろう。」
 みんなは、お花(はな)をさがし歩(ある)きました。しかし、いつも近所(きんじょ)にいるのが、その日(ひ)にかぎって、どこへいったか、その影(かげ)が見(み)えませんでした。
「町(まち)の方(ほう)へでもいったのかもしれない。小(ちい)さなのをつれて、けがでもさしたら困(こま)ってしまうが……。」
 こう、家(うち)の人(ひと)たちはいって、心配(しんぱい)しました。それから、町(まち)のにぎやかな通(とお)りの方(ほう)へさがしにゆきました。すると人集(ひとあつ)まりのしている活動写真館(かつどうしゃしんかん)の前(まえ)に、真(ま)っ赤(か)なえり巻(ま)きが、黒(くろ)い人波(ひとなみ)にもまれながら、はっきりと見(み)られたのです。
「あすこにいるのは、お花(はな)だろう……。」
 はたして、彼女(かのじょ)でありました。
 家(うち)に帰(かえ)ってから、この後(のち)、こんなことがあってはならないと聞(き)かきれた後(あと)で、
「赤(あか)いえり巻(ま)きをしているから、わかっていい。」といわれると、
「私(わたし)、赤(あか)いえり巻(ま)きなんか、いやになった。」と、お花(はな)はいいました。
「なぜ、きれいでいいじゃないか。それに、おまえの姉(ねえ)さんが、買(か)ってくだきったのだから……。」と、家(うち)のものがいいますと、お花(はな)は、下(した)を向(む)いてだまっていました。
 お花(はな)には、もうだいぶ、給金(きゅうきん)がたまったころであります。このごろは、都会(とかい)の娘(むすめ)の持(も)ちそうなものがほしくなったとみえて、白粉(おしろい)や、香油(こうゆ)のびんなども、いつのまにか買(か)ったものが、戸(と)だなの中(なか)にかくしてありました。
 ある、風(かぜ)の吹(ふ)く日(ひ)のこと、彼女(かのじょ)は外(そと)から帰(かえ)ると、ちがった水色(みずいろ)の流行(りゅうこう)の長(なが)えり巻(ま)きをしていました。
「そんないいのを買(か)ったのかい。赤(あか)いえり巻(ま)きはどうしたの?」と、奥(おく)さまは聞(き)かれたのです。
 彼女(かのじょ)は、顔(かお)を赤(あか)くして、笑(わら)っていたが、
「汚(よご)したので、さおにかけておきましたら、とんびがさらっていってしまいました。」と、顔(かお)をあげて答(こた)えました。
「とんびが? あの赤(あか)いえり巻(ま)きをさらっていったの?」と、奥(おく)さまは笑(わら)われました。
「はい、昨日(きのう)のお昼(ひる)ごろ、さらっていったんです。」
 みんなは、顔(かお)を見合(みあ)って笑(わら)いました。
「ほんとうかい?」
「うそだろう……。いやになったから、捨(す)ててしまったのだろう……。」
「いいえ、ほんとうです。」と、お花(はな)は答(こた)えました。
 田舎(いなか)の姉(あね)が、しんせつに買(か)ってくれたものを、たとえ捨(す)てたにしろ、捨(す)てたとはいわれなかった。とんびは、よくものをさらってゆく。だから、とんびがさらっていったといったら、だれでもしかたがないと思(おも)ったからであります。
 子供(こども)たちだけは、お花(はな)のいったことをほんとうだと信(しん)じました。そして、大人(おとな)たちは、お花(はな)はお花(はな)らしいうそをいうものだといって、笑(わら)ったのであります。
       *   *   *   *   *
 ちょうど二年(ねん)めの春(はる)であります。お花(はな)の姉(あね)が、病気(びょうき)にかかったので、お花(はな)は、田舎(いなか)へ帰(かえ)ることになりました。もう、そのころは、彼女(かのじょ)は、東京(とうきょう)のほうが、田舎(いなか)よりもよかったので、帰(かえ)るのをいやがりました。
「また都合(つごう)がついて、出(で)てこられるようになったらおいで。」と、家(うち)の人々(ひとびと)は、お花(はな)の帰(かえ)るのを惜(お)しんだのでした。
 彼女(かのじょ)は、ふたたび田舎(いなか)の人(ひと)となってしまった。その後(ご)、たよりがありません。東京(とうきょう)の夏(なつ)の空(そら)に赤(あか)い雲(くも)が、旗(はた)のようにただよって見(み)えると、
「お花(はな)のえり巻(ま)きのような雲(くも)だね。」と、坊(ぼっ)ちゃんがたは、空(そら)を仰(あお)いでいいました。
「ほんとうに、とんびがさらっていって、捨(す)てていったのかもしれないよ。」
 赤(あか)いえり巻(ま)きのような雲(くも)は、高(たか)い煙突(えんとつ)の上(うえ)に、また光(ひか)った塔(とう)の上(うえ)に、風(かぜ)に吹(ふ)かれて、ただよっていましたが、また、いつのまにか消(き)えてしまいました。
 こうして、今年(ことし)の夏(なつ)も、暮(く)れてゆくのでした。そして、北(きた)の方(ほう)の田舎(いなか)には、もう秋(あき)がきたのです。木枯(こが)らしが、海(うみ)の上(うえ)を吹(ふ)き、野(の)を吹(ふ)き、林(はやし)を吹(ふ)きました。その時分(じぶん)になると、真(ま)っ赤(か)ないすかが、どこからか飛(と)んできて、木(き)の枝(えだ)にとまって鳴(な)いたのです。
 もし、これをお花(はな)が、圃(たんぼ)に出(で)て見(み)たなら、かならず、自分(じぶん)のなくなった赤(あか)いえり巻(ま)きを思(おも)い出(だ)し、東京(とうきょう)の坊(ぼっ)ちゃんたちのことを思(おも)い出(だ)したでありましょう。

 

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