返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 小川未明童話集 » 正文

大根とダイヤモンドの話(2)

时间: 2022-11-18    进入日语论坛
核心提示: しかし、自分じぶんで、いったん思おもいたったことは、やめるような地主じぬしでありませんでした。地主じぬしは、金かねのあ
(单词翻译:双击或拖选)
  しかし、自分じぶんで、いったん思おもいたったことは、やめるような地主じぬしでありませんでした。地主じぬしは、金かねのあるにまかせて、
「いい日当にっとうを出だすから、いってもらいたい。」といいました。
植木屋うえきやは、日当にっとうがもらえるし、ゆけば、またなにか珍めずらしい高山植物こうざんしょくぶつを採とってこようと思おもいましたので、ついにゆくことにしました。
百姓しょうは、一年ねんじゅう、休やすむ日ひというものは、まれにしかありません。つねに、圃はたけや、田たに出でて働はたらいています。つぎからつぎに、仕事しごとが絶たえ間まなくあるからであります。
大根だいこんを、地主じぬしのところへ持もってまいりました、同おなじ百姓しょうは、ある朝あさ、地主じぬしが、山やまへゆくのに出であいました。
「おはようございます。どちらへお出でかけでございますか。」と、百姓しょうは、ていねいにあいさつをしてたずねました。
「これから、山やまへいってくる。いいことがあるのだ。うまくいったら、たいへんな土産みやげを持もってくるぞ。」と、地主じぬしは、あちらの山やまの方ほうを望のぞみながらいいました。
百姓しょうは、地主じぬしがいいことがあるといったのは、なんだろう? きっとなにか大おおもうけの口くちがあったにちがいない。自分じぶんたちは、一年ねんじゅう、こうして、朝あさから、晩ばんまで働はたらいていても、金かねのたまるわけではなし、おもしろいことを見みるでもない。ほんとうにつまらないものだと思おもいましたが、百姓しょうは、また、人間にんげんというものは、正直しょうじきに働はたらかなければならないものだと考かんがえ直なおしました。そして、熱心ねっしんに、自分じぶんのする仕事しごとにとりかかりました。
「天気てんきは、どうだろうかな。」と、地主じぬしは、歩あるきながら、植木屋うえきやにたずねました。
「だんなさま、このとおり雲くもひとつない上天気じょうてんきでございます。このぶんですと天気てんきがつづくだろうと思おもいます。」と、如才じょさいない植木屋うえきやは、答こたえました。
そのあくる日ひは、いよいよその山やまの中なかにはいるのです。力ちからの強つよい案内人あんないにんを二人ふたりも頼たのみまして、山奥やまおくへと道みちを分わけて、はいってゆきました。
歩あるきつけない、嶮けわしい道みちを登のぼりますときも、地主じぬしは目めにダイヤモンドの光ひかりを見みつめていました。それがために、苦くるしさをも忘わすれました。変かわりがちな秋あきの空そらは、たちまち雨あめになりました。ことに、山やまの中なかは、もう寒さむかったのであります。こんなときも、地主じぬしは、ダイヤモンドの光ひかりを目めに描えがいて、苦痛くつうを忘わすれたのであります。
やっと、植木屋うえきやが、あちらの岩角いわかどに、光ひかるものを見みたという場所ばしょまでたどりつきました。ちょうど空そらはよく晴はれて日ひの光ひかりが、あたりにあふれていました。それは真夏まなつの時分じぶんと違ちがって、幾分いくぶんか弱よわく、また暑あつさもひどく感かんじなかったけれど、深ふかい谷河たにがわを隔へだててあちらの岩いわをも日光にっこうは照てらしていたのであります。
植木屋うえきやは、もしや、あの光ひかるものが、いつのまにかなくなりはしないかと、心配しんぱいでなりませんので、さっそくその方ほうを見みますと、ちかちかとまぶしく光ひかるものがあったのです。
「なるほど、あれはなんだろう?」
「不思議ふしぎだ。」
「なんだろう。」
みんなは、その方ほうを見みて、頭あたまを傾かたむけていました。地主じぬしは、これを見みると、高たかい銭ぜにを使つかって、ここまでやってきたかいのあったことを喜よろこびました。それにしても、あすこへは、どうしていったらいいだろう?
いままで、黙だまっていました、案内者あんないしゃの一人ひとりは、はじめて口くちを開ひらいて、
「なにけい、光ひかっているあれけい、ありゃ、岩いわの裂さけめから水みずがわいているのだ。」と、ゆったりとした調子ちょうしでいいました。
「え、水みず?」
「水みずか。」
「水みずだろうか?」
みんなは、あの光ひかるものは、ほかのなんでもない、水みずであったとわかって、あっけにとられてしまいました。中なかにも、地主じぬしと植木屋うえきやは、光ひかるものがガラスか、ダイヤモンドか、二つよりしか考かんがえつかなかったのでありました。
「そういえば、水みずにちがいない。」と、みんなははじめて思おもいました。岩鼻いわはなから水みずがわくことは、きわめてしぜんなことであったからであります。
地主じぬしは、帰かえりには、不平ふへいのいいつづけでした。植木屋うえきやに向むかって、
「おまえは、商売しょうばいがらでありながら、岩角いわかどから、水みずのわき出でているのがわからないとはどういうことだ。」といいました。さすがに、如才じょさいのない植木屋うえきやも、ちょっとした話はなしがこんなことになるとは思おもいませんでした。こういわれても、返事へんじすることができなかったのであります。村むらに帰かえると、その間あいだに、百姓しょうは、怠おこたらずに働はたらいていました。地主じぬしは、はじめて、まじめに働はたらかなければならないと知しりました。そして、こうして、精せいを出だしたから、あのみごとな大根だいこんはできたのであろう。地主じぬしは、いつか百姓しょうの持もってきた大根だいこんを思おもい出だしました。そして、植木屋うえきやにあの大根だいこんをやったことを惜おしみました。なぜなら植木屋うえきやのくれたしゃくなげは、まもなく枯かれてしまったからであります。
 
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%

热门TAG: