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ちょうと怒濤(2)

时间: 2022-11-24    进入日语论坛
核心提示:ちょうは、そのやさしい音色ねいろのする方ほうへと、音おとをたどって降おりてゆきました。そこは、ある大おおきな家いえの裏う
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ちょうは、そのやさしい音色ねいろのする方ほうへと、音おとをたどって降おりてゆきました。そこは、ある大おおきな家いえの裏うらのところであって、いい音色ねいろは、へやの中なかからもれているのです。ちょうは、なにに止とまったらいいかと、しばらく、この庭にわを見みまわしました。その庭にわは広ひろかったとはいえ、もっともっと広ひろい野原のはらから飛とんできたちょうには、広ひろいとは感かんじられなかったのです。
ちょうは、幾いくつかの鉢はちに、いろいろの花はなの咲さいているのを見みました。これは、どれも、いままで見みたことのないような、美うつくしい花はなばかりであります。ちょうは、いつか羽はねの青あおいこちょうの物語ものがたったことなどを思おもい出だしました。なかにも、ちょうは、黒くろい鉢はちに植うわった、真紅まっかなばらの花はなを見みたときには、ほんとうに、びっくりしてしまいました。それで、たちまち、なんともいえない香気かおりに恍惚うっとりとなってしまって、ちょうは、あとさきの考かんがえもなく、その真紅まっかな花弁かべんに吸すいつけられたように、その上うえに降おりて止とまったのです。
こんなに美うつくしい花はなが、この世よの中なかにあるだろうかと、ちょうは思おもいました。これこそ、私わたしが憧あこがれていた花はなだと、ちょうは思おもいました。
「まあ、なんというきれいなこちょうさんでしょう。わたしは、まだこんなに美うつくしいちょうは見みたことがなかった。さあ、わたしのみつを思おもうぞんぶんに吸すってください。」と、真紅しんくのばらはいいました。
遠とおく、町まちに憧あこがれて飛とんできたちょうは、この花はなに接吻せっぷんしました。それは、ほんのつかのまであったのです。
「あすこに、子供こどもがあなたをじっと見みていますよ。きっと、ここにやってきて、あなたを捕とらえますよ。そして、針はりであなたの体からだを刺さしてしまいますよ。はやく、お逃にげなさい。そして、また、忘わすれずにきてください。わたしは待まっています。」と、ばらの花はなはいいました。
このとき、大おおきな袋ふくろのようなものが空そらを横よこぎりました。もし、もうすこし早はやくちょうが、その花はなの上うえを飛とび去さらなかったら、きっと、捕とらえられてしまったのです。しかし、ちょうは、ただ、はげしい風かぜのあおりを身みに感かんじただけで、無事ぶじでありました。
ちょうは、その夜よ、近ちかくの草原くさはらに休やすみました。そして、また、明あくる日ひ、この庭にわにいってみたのです。けれど、哀あわれなちょうは、ばらの花はなに近寄ちかよることができませんでした。人間にんげんが、その庭にわにいたからです。
三日みっかめの晩方ばんがた、ちょうは、今日きょうこそは、花はなに近寄ちかよって、いろいろの思おもいを語かたろうと思おもったのであります。
天気てんきの変かわる前兆ぜんちょうか、西にしの夕焼ゆうやけけは、気味きみの悪わるいほど、猛たけり狂くるう炎ほのおのように渦巻うずまいて紅あかくなりました。
ちょうが、大おおきな羽はねをはばたいて、庭にわさきに降おりようとした刹那せつな、真紅まっかなばらの花はなは、もう寿命じゅみょうがつきたとみえて、音おともなく、ほろりほろりと、金色きんいろを帯おびた夕日ゆうひの光ひかりの中なかに砕くだけて散ちるところでありました。
これを見みたちょうは、どんなにうらめしく思おもったでしょう。そして、またこの花はなと語かたるのはいつであろうとなげきました。ちょうは気きも狂くるいそうでありました。無念むねんと残念ざんねんとで、もう生いきている心地ここちはなかったのです。自分じぶんの体からだは、どうなってもいいというように、ちょうは、絶望ぜつぼうのあまり、深ふかい考かんがえはなしに、空高そらたかく、高たかく、どこまでも高たかく舞まい上あがりました。ちょうは、下界げかいの有あり様さまを、もはやなにも見みたいと思おもいませんでした。
すると、空そらには、怖おそろしい、烈はげしい風かぜが吹ふいていました。ちょうの体からだは、急流きゅうりゅうにさらわれた木この葉はのように、あっと、思おもうまもなく、遠とおく、遠とおく、吹ふき飛とばされてしまいました。
どんな強つよい風かぜに飛とばされた木この葉はも、一度どは落おちるように、ちょうは冷つめたい土つちの上うえに落おとされました。そして、気きがついたときに、すさまじい音おとが、真まっ暗くらな中なかから、起おこってきこえていたのです。そこは、海辺うみべでありました。
ちょうは、湿しめった砂すなの上うえにしがみついて、ふるえていました。夜よが明あけると、自分じぶんの美うつくしかった羽はねは破やぶれていて、そして、前まえには青あおい青あおい海うみが、うねり、うねっているのが見みられたのです。日ひの光ひかりを浴あびて、ちょうは、いくらか元気げんきが出でてきました。そして、どこかの辺あたりに、花はなが咲さいてはいないかと、ひらひらと舞まい上あがったのでした。けれど、風かぜが強つよくて、ややもすると傷きずついた羽はねが、そのうえにも破やぶれてしまいそうでした。やっと、砂すなの丘おかに黄色きいろな花はなの咲さいているのを見みつけて、その花はなの上うえにとまりました。
黄色きいろな花はなは、ちょうど星ほしのように咲さいていました。そして、風かぜに吹ふかれて、頭あたまを地ちにつけていました。あまりみつばちもいなければ、また、ほかのちょうの姿すがたも見みえませんでした。花はなは黙だまっています。海うみの上うえでは鳥とりが鳴ないていました。なんとなく、悲壮ひそうな景色けしきであったのです。
ちょうは、じっとして、終日しゅうじつ、その花はなの上うえに止とまっていました。もとの野原のはらへ帰かえろうと思おもっても、いまは方角ほうがくすらわからないばかりか、遠とおくて、傷きずついた身みには、それすらできないことでありました。
たちまち、海うみの上うえが真紅まっかに燃もえました。夕日ゆうひが沈しずむのです。この光景こうけいを見みると、ちょうは、ふたたびばらの姿すがたを思おもい出だしました。もう永久えいきゅうに、あの姿すがたが見みられないと思おもうと、ちょうは、また物狂ものくるおしく、昨日きのうのように、空そら高たかく舞まい上あがったのです。美うつくしい花弁かべんのように傷きずついたちょうの姿すがたは、夕日ゆうひに輝かがやきました。強つよい風かぜは、無残むざんにちょうを海うみの上うえに吹ふきつけました。そして、たちまち怒涛どとうは、ちょうをのんでしまったのです。
――一九二二・三作――
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