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千代紙の春(1)

时间: 2022-11-26    进入日语论坛
核心提示:千代紙の春小川未明町まちはずれの、ある橋はしのそばで、一人ひとりのおじいさんが、こいを売うっていました。おじいさんは、今
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千代紙の春

小川未明


町まちはずれの、ある橋はしのそばで、一人ひとりのおじいさんが、こいを売うっていました。おじいさんは、今朝けさそのこいを問屋とんやから請うけてきたのでした。そして、長ながい間あいだ、ここに店みせを出だして、通とおる人々ひとびとに向むかって、
「さあ、こいを買かってください。まけておきますから。」と、人ひとの顔かおを見みながらいっていました。
人ひとたちの中なかでは、立たち止どまって見みてゆくものもあれば、知しらぬ顔かおをして、さっさといってしまうものもありました。しかし、おじいさんは、根気こんきよく同おなじことをいっていました。
そうするうちに、「これは珍めずらしいこいだ。」といって、買かってゆくものもありました。そして、暮くれ方がたまでには、小ちいさなこいは、たいてい売うりつくしてしまいました。けれど、いちばん大おおきなこいは売うれずに、盤台ばんだいの中なかに残のこっていました。
おじいさんは、大おおきなのが売うれないので、気きが気きでありませんでした。どうかして、それをはやく、あたりが暗くらくならないうちに売うってしまいたいと、焦あせっていました。
「さあ、大おおきなこいをまけておきますから、買かってください。」と、しきりにおじいさんはわめいていました。
みんな通とおる人ひとは、そのこいに目めをつけてゆきました。
「大おおきなこいだな。」といってゆくものもありました。
そのはずであります。こいは、幾年いくねんか大おおきな池いけに、またあるときは河かわの中なかにすんでいたのです。こいは、河かわの水音みずおとを聞きくにつけて、あの早瀬はやせの淵ふちをなつかしく思おもいました。また、木々きぎの影かげに映うつる、鏡かがみのような青々あおあおとした、池いけの故郷こきょうを恋こいしく思おもいました。しかし、盤台ばんだいの中なかに捕とらえられていては、もはや、どうすることもできなかったのです。そのうえに、もう捕とらえられてから幾日いくにちもたって、あちらこちらと持もち運はこばれています間あいだに、すっかり体からだが弱よわってしまって、まったく、昔むかしのような元気げんきがなかったのであります。
大おおきなこいは、自分じぶんの子供こどものことを思おもいました。また友ともだちのことを思おもいました。そして、どうかして、もう一度ど自分じぶんの子供こどもや、友ともだちにめぐりあいたいと思おもいました。
「さあ、こいを買かっていってください。もう大おおきいのが一ぴきになりました。うんとまけておきますから、買かっていってください。」
おじいさんは、その前まえを通とおる人ひとたちに向むかって、声こえをからしていっていました。晩方ばんがたの道みちを急いそぐ人ひとたちは、ちょっと見みたばかりで、
「このこいは値ねもいいにちがいない。」と、心こころの中うちで思おもって、さっさといってしまうものばかりでした。
大おおきなこいは、白しろい腹はらを出だして、盤台ばんだいの中なかで横よこになっていました。こいは、よく肥こえていました。けれど、もはや水みずすら十分ぶんに飲のむこともできなかったので、この後のち、そんなに長ながいこと命いのちが保たもたれようとは考かんがえられませんでした。
春先はるさきであったから、河水かわみずは、なみなみとして流ながれていました。その水みずは、山やまから流ながれてくるのでした。山やまには、雪ゆきが解とけて、谷たにという谷たにからは、水みずがあふれ出でて、みんな河かわの中なかに注そそいだのです。こんなときには、池いけにも水みずがいっぱいになります。そして、天気てんきのいい暖あたたかな日ひには、町まちから、村むらから、人々ひとびとが釣つりをしに池いけや河かわへ出でかけるのも、もう間近まぢかなころでありました。
あわれなこいは、そんなことを空想くうそうしていました。
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