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千代紙の春(3)

时间: 2022-11-26    进入日语论坛
核心提示:こいは、このときだと思おもったのです。いま自分じぶんが逃にげなければ数分間すうふんかんのうちに殺ころされてしまうと思おも
(单词翻译:双击或拖选)
 
こいは、このときだと思おもったのです。いま自分じぶんが逃にげなければ数分間すうふんかんのうちに殺ころされてしまうと思おもいましたから、力ちからまかせに、おじいさんの腕うでを尾おでたたきつけて、おじいさんがびっくりして、手てを放はなしたすきに河かわの中なかへ一飛ひととびに、飛とび込こんでしまったのです。
「あ、こいが逃にげた!」
と、通とおりすがりの人々ひとびとは叫さけんで、黒くろくその前まえに集あつまりました。おじいさんも、おばあさんも、びっくりしましたが、中なかにもおじいさんは、この大おおきなこいを逃にがしてしまったので大損おおぞんをしなければなりませんでした。孫まごたちに夕飯ゆうはんのおかずを買かってゆくどころでありませんでした。
「尾おをつかんで、上あげてみせろなどといわなけりゃ、こいが逃にげてしまうことはなかったのです。どうか、このこいのお金かねをください。」と、おじいさんは、おばあさんにいいました。
おばあさんは、甲高かんだかな調子ちょうしになって、
「なんで、受うけ取とりもしないのに、代金だいきんを払はらうわけがあるかい。かわいい孫まごの口くちに入はいらないものを、私わたしは、お金かねなんか払はらわないよ。」と、争あらそっていました。
このとき、集あつまった人々ひとびとの中なかから、頭髪かみを長ながくした易者えきしゃのような男おとこが前まえに出でてきました。
「おばあさん、こんなめでたいことはありません。死しんだと思おもったこいが跳はねて河かわの中なかへ躍おどり込こむなんて、ほんとうにめでたいことです。きっとお孫まごさんのご病気びょうきは、明日あすからなおりますよ。孫まごのかわいいのは、だれも同おなじことです。このおじいさんにもかわいい孫まごが家うちに待まっているのだから、おばあさん、こいの代金だいきんをはらっておやりなさい。」と、その髪かみの長ながい男おとこはいいました。おばあさんは、こいの代金だいきんなんど払はらうものかと思おもっていましたが、いまこの男おとこのいうことを聞きくと、なるほど、もっともだと思おもいました。そこで、おばあさんは、しなびた手てで財布さいふの中なかから銭ぜにをとり出だして、おじいさんに払はらってやりました。
おじいさんは、おばあさんが、こいの代金だいきんを払はらってくれるとにこにこしました。そして、ふところから美うつくしい千代紙ちよがみを出だしました。
「おばあさん、この千代紙ちよがみは、私わたしが孫まごに土産みやげに持もっていってやろうと思おもいましたが、なにも今日きょうに限かぎったことでない。どうか、ご病気びょうきのお孫まごさんに持もっていってあげてくださいまし。」といって、渡わたそうとしました。
おばあさんは目めを丸まるくして、
「千代紙ちよがみなら、うちの子こはたくさんもっていますよ。そんなものはいりません。」といって断ことわりました。けれどおじいさんは、無理むりに千代紙ちよがみをおばあさんに手渡てわたしました。
「そういうものでありません。またちがった色いろの千代紙ちよがみをもらうと、子供こどもというものは、喜よろこぶものですよ。」と、おじいさんはいいました。
おばあさんは、千代紙ちよがみをもらって、ふたたび、とぼとぼとつえをついて歩あるいて帰かえりました。空そらには、いい月つきが出でていました。おばあさんは、家うちに帰かえって、こいが跳はねて河かわの中なかに飛とび込こんで、そのお金かねを払はらったということを話はなしますと、美代子みよこさんのお母かあさんは、
「おばあさんが、こいを受うけ取とりもなさらないのに、逃にげたこいのお金かねを払はらうのは、ほんとうにばかばかしいことですね。」といわれました。けれど、美代子みよこのお父とうさんは、
「それはめでたいこった。きっと美代子みよこの病気びょうきはなおってしまうだろう。」と、ちょうどあの髪かみの長ながい、易者えきしゃがいったようなことをいわれました。
そして、おばあさんが、こいが逃にげたときのことをくわしく、みんなに話はなしますと、うちじゅうのものは、そのときの有あり様さまがどんなにおかしかったろうといって、声こえをたてて笑わらいました。美代子みよこさんは、明あかるい燈火あかりの下したでこの話はなしを聞きいていましたが、やはりおかしくてたまりませんでした。そして逃にげていったこいは、いまごろどうしたろう。河かわをのぼって、自分じぶんの故郷こきょうへ帰かえったろうか。そうであったら、こいの子供こどもや、お友ともだちは、どんなに喜よろこんで迎むかえたろうと考かんがえました。
おばあさんは、たもとの中なかから、美うつくしい千代紙ちよがみを出だして美代子みよこさんに与あたえました。
「この千代紙ちよがみは、こい売うりのおじいさんが、孫まごに買かっていってやろうと思おもったのを、おまえが病気びょうきだというのでくれたのだよ。」と、おばあさんはいわれました。
「しんせつなおじいさんですね。」と、美代子みよこさんのお母かあさんは、いわれました。
「こいのかわりに、千代紙ちよがみをもらったのさ。」と、お父とうさんは笑わらわれました。美代子みよこさんは、そのこい売うりのおじいさんにも、また自分じぶんのような年としごろの孫まごがあるのだと知しりました。そして、その子こは、どんなような顔かおつきであろう? なんとなくあってみたいような、またお友ともだちになりたいような、なんとなくなつかしい気持きもちがしたのであります。
「先生せんせいが、今日きょうおいでになって、美代子みよこは、お腹なかに虫むしがわいたのではないか? そのお薬くすりをあげてみようとおっしゃいました。きっとそうかもしれませんよ、あんまりいろいろなものを食たべますからね。」と、お母かあさんは、お父とうさんにいわれました。
「おばあさん、こいは食たべないほうがよかったかもしれません。」と、お父とうさんはいわれました。
「早はやくなおって、学校がっこうへゆくようにならなければいけません。もうじきに花はなが咲さくのですもの。」と、お母かあさんは、だれにいうとなく話はなされました。
美代子みよこさんは燈火あかりの下したで、千代紙ちよがみをはさみで細こまかに切きって、いろいろな花はなの形かたちを造つくっていました。そして、病気びょうきがなおったら、お友ともだちと野原のはらや、公園こうえんへ遊あそびにゆこうと考かんがえていました。窓まどを開あけると、いい月夜つきよでした。美代子みよこさんは、自分じぶんの造つくった千代紙ちよがみの花はなをすっかり、窓まどの外そとに投なげ散ちらしました。
二、三日にちすると、庭にわには、いろいろな花はなが、一時じにつぼみを破やぶりました。千代紙ちよがみの花はなが、みんな木きの枝えだについて、ほんとうの花はなになったのです。そして、美代子みよこさんの病気びょうきはすっかりなおりました。
――一九二三・二作――
 
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