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つばきの下のすみれ

时间: 2022-11-26    进入日语论坛
核心提示:つばきの下のすみれ小川未明一本ぽんのつばきの木きの下したに、かわいらしいすみれがありました。そのつばきの木きは、大おおき
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つばきの下のすみれ

小川未明


一本ぽんのつばきの木きの下したに、かわいらしいすみれがありました。そのつばきの木きは、大おおきかったばかりでなくて、それは真紅まっかな美うつくしい花はなを開ひらきました。この花はなを見みた人ひとは、だれでも、きれいなのをほめないものはなかったほどであります。
「まあ、なんというみごとな花はなだろう。」といって、みんなは、そのつばきの木きの周囲まわりをまわり、火ひのもえたつような花はなに見みとれました。
すみれは、やはり、そのころ、紫色むらさきいろのかわいらしい花はなを咲さいたのです。しかし、この大おおきなみごとなつばきの木きの下したにあっては、人ひとの目めに入はいるにはあまりに小ちいさかった。あわれなすみれは、それで、心こころなしに歩あるく人々ひとびとから、頭あたまをふまれたのです。
せっかく、春はるに遇おうて、これからはなやかな、暖あたたかい太陽たいようの光ひかりを浴あびて、ちょうや、みつばちの歌うたを聞きいて、楽たのしい日ひを送おくろうと思おもっているまもなく、花はなも、葉はも、ふみにじられて、見みる影かげもなくなってしまいました。
それは、すみれにとって、どんなに悲かなしいことでありましたでしょう。つぎの年としも、またつばきの木きには、真紅まっかな大おおきな花はなが、たくさんに咲さきました。人々ひとびとは、みなその近ちかくに寄よって、これをながめて、
「なんという美うつくしい花はなだろう。」といって、ほめないものはなかったのです。ちょうど、そのとき、すみれがやっと、小ちいさなつぼみを破やぶって紫色むらさきいろの花はなを開ひらいたのです。
「ああ、なんという私わたしは不幸ふこうなものだろう。だれも、私わたしに目めをとめてくれるものがない。またじきに、だれかにふまれてしまう運命うんめいであろう。」と、わなわなと、身みを震ふるわしていました。
すると、この家うちに、竹子たけこさんというやさしい少女しょうじょがありました。やはり、裏うらの庭にわに出でて遊あそんでいましたが、ひとり、竹子たけこさんだけは、星ほしのようなすんだ、うるおいのある瞳ひとみを、つばきの木きの下したのすみれの上うえにとめました。
「ここに、すみれがあってよ。あたしは、すみれが大好だいすきなの。こんなところにあっては、みんなに踏ふまれてしまうわ。」といって、はじめて竹子たけこさんは、すみれに注意ちゅういしてくれました。
すみれは、どんなにうれしく思おもったでしょう。心こころの中なかで、ほんとうにお嬢じょうさんに見みつけられなければ、また人ひとに踏ふまれてしまうか鶏とりにつつかれて、芽めを出だしたかいもなく、見みる影かげもなくなってしまうものだと思おもいました。
「あたしは、すみれを鉢はちに移うつしてやりましょう。」と、竹子たけこさんはいって、すみれをば地面じめんから離はなして、素焼すやきの鉢はちの中なかに移うつしました。すみれは、自分じぶんの生うまれ出でた地面じめんから離はなされることは、たいそう悲かなしゅうございました。もう二度どと太陽たいようの光ひかりは見みられないんでなかろうか、そして、あの夜々よよに、大空おおぞらに輝かがやく大好だいすきな星ほしの光ひかりを望のぞむことができないのでなかろうかと、愁うれいましたが、また、やさしいお嬢じょうさまのなさることだと、安心あんしんをしていました。
竹子たけこさんは、すみれの植うわった鉢はちを、自分じぶんの勉強べんきょうする机つくえのそばに持もってきました。すみれはそこで、目めざまし時計とけいや、きれいな表紙ひょうしのついている雑誌ざっしや、筆立ふでたてや、また、竹子たけこさんが、学校がっこうで稽古けいこをなさるいろいろな本ほんなどを見みることができました。しかし、この生活せいかつは、すみれにとって、あんまり好このましいものではなかったけれど、つばきの木きの下したにいて人間にんげんに踏ふまれたり、鶏とりにつつかれたりすることを考かんがえたら、とても比較ひかくにならぬほどしあわせなことでありました。もしここで、太陽たいようの光ひかりと、星ほしの輝かがやくのが見みられ、そして、みつばちや、ちょうがきてくれたなら、すみれは、おそらくこんなに安全あんぜんな生活せいかつはなかったのでありましょう。
すみれの花はなは、しばらくの間あいだは、竹子たけこさんの机つくえのそばで咲さいていました。竹子たけこさんは、水みずをやることをけっして怠おこたりませんでした。そして、いつしか、すみれの花はなも終おわりに近ちかづいてきました。すみれは、そのころは、もう家いえのうちの生活せいかつにあきてしまって、ふたたび、大地だいちの上うえに帰かえりたいと思おもう心こころが、しきりにしたのでありました。
「お母かあさん、すみれの花はなは、もうおしまいですね。」と、ある朝あさ、竹子たけこさんは、お母かあさんに向むかって、いいました。
「ああ、もうおしまいですよ。」と、お母かあさんは返事へんじをなさいました。
「これを地面じめんにおろしてやりましょうね。」と、竹子たけこさんは、またお母かあさんに聞ききました。
「そうです。来年らいねん、また、花はなが咲さくから、おろしておやりなさい。」と、お母かあさんは、答こたえられました。
「どこが、いいでしょう。」
「いつかあったところが、やはり地ちが、すみれに合あっていていいでしょう。」
すみれは、竹子たけこさんと、お母かあさんの話はなしを聞きくと、ふたたび大地だいちに帰かえられるのを知しって、うれしくてたまりませんでした。
竹子たけこさんは、すみれをもとはえていたつばきの木きの下したにおろしました。そして、人間にんげんにふまれたり、鶏とりにつつかれないように、棒ぼうを立たて、すみれを保護ほごしたのでありました。すみれは、そのことをどれほど深ふかく、ありがたく思おもったかしれません。
すみれは、安心あんしんして、長ながい月日つきひを送おくりました。秋あきがきたときに、葉はは枯かれ、そのうちに冬ふゆとなって雪ゆきが降ふって、地面じめんも、つばきの木きも、みんな、雪ゆきの下したになってしまいました。
明あくる年としの春はるのことであります。つばきの花はなが、真紅まっかに咲さく時分じぶんに、やはりすみれも紫むらさきの花はなを開ひらきました。しかし、去年きょねん、竹子たけこさんが棒ぼうを立たててくれましたので、いまは、人ひとにふまれたり、鶏とりにつつかれたりする心配しんぱいはなくて、まことにすみれは安心あんしんして、太陽たいようの光ひかりを浴あびて、のどかな日ひを楽たのしむことができたのです。
「これも、みんなお嬢じょうさんのごしんせつからだ。」と、すみれは思おもいますと、一時じも早はやく、やさしい竹子たけこさんの姿すがたを、見みたいものだと思おもったのです。
すみれは、竹子たけこさんの姿すがたを慕したい、憧あこがれましたけれど、やさしい少女しょうじょの姿すがたは、ついに庭にわには現あらわれなかった。それもそのはずのこと、竹子たけこさんは、雪ゆきのまだ消きえないころに、叔父おじさんにつれられて、都みやこの学校がっこうへゆかれたのです。
すみれは、なに不足ふそくなかったけれど、ただお嬢じょうさんの姿すがたが見みられないのを悲かなしんでいました。
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