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遠くで鳴る雷

时间: 2022-11-27    进入日语论坛
核心提示:遠くで鳴る雷小川未明二郎じろうは、前まえの圃はたけにまいた、いろいろの野菜やさいの種子たねが、雨あめの降ふった後あとで、
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遠くで鳴る雷

小川未明


二郎じろうは、前まえの圃はたけにまいた、いろいろの野菜やさいの種子たねが、雨あめの降ふった後あとで、かわいらしい芽めを黒土くろつちの面おもてに出だしたのを見みました。
小ちいさなちょうの羽はねのように、二つ、葉はをそろえて芽めを出だしはじめたのは、きゅうりであります。
そのほかにもかぼちゃ、とうもろこしの芽めなどが生はえてきました。
きゅうりは、だんだんと細ほそい糸いとのようなつるを出だしました。お母かあさんは、きゅうりの植うわっているところに、たなを造つくってやりました。たなといっても、垣根かきねのようなものであります。それに、きゅうりのつるはからみついて、のびてゆくのであります。
やがて、ほかのいろいろな野菜やさいの芽めも大おおきくなりましたが、いつしかきゅうりのつるは、その垣根かきねにいっぱいにはいまわって、青々あおあおとした、厚あつみのある、そして、白しろいとげのようなうぶ毛げをもった葉はがしげりあったのでありました。
そのうちに、黄色きいろの、小ちいさな花はなが咲さきました。その花はなのしぼんだ後あとには、青あおい青あおい、細長ほそながい実みがなったのであります。
二郎じろうは、毎年まいとし、夏なつになると、こうしてきゅうりのなるのを見みるのでありますが、その初はつなりの時分じぶんには、どんなにそれを見みるのが楽たのしかったでしょう。
「もう、あんなに大おおきくなった。」と、彼かれは、毎日まいにちのように、家うちの前まえの圃はたけに出でては、きゅうりの葉蔭はかげをのぞいて、一日にちましに大おおきくなってゆく、青あおい実みを見みては、よろこんでいたのであります。
いくつもきゅうりの実みはなりましたが、その中なかに、いちばん先さきになったのが、いちばん大おおきくみごとにできました。
「お母かあさん、きゅうりがあんなに大おおきくなりましたよ。」と、二郎じろうは、外そとから家いえの内なかに入はいると、毎日まいにちのように母親ははおやに告つげました。
「ほんとうに、いいきゅうりがなったね。」と、お母かあさんはいわれました。
二郎じろうは、そのきゅうりがよくてよくて、しょうがありません。
毎日まいにちそれに、さわってみては、もいでもいい時分じぶんではないかと思おもっていました。
ある日ひのことでありました。お母かあさんは、二郎じろうに向むかって、
「二郎じろうや、あの大おおきくなったきゅうりをもいでおいでなさい。つるをいためないように、ここにはさみがあるから、上手じょうずにもいでおいで。」といわれました。
二郎じろうは、さっそく圃はたけへと勇いさんでゆきました。そして、はさみを握にぎって、葉蔭はかげをのぞきますと、そこに大おおきなきゅうりがぶらさがっています。
二郎じろうは、なんとなくそれをもぐのがしのびないような、哀あわれなような、惜おしいような気きがしてしばらくそこに立たっていました。
二郎じろうは、ぼんやりとして、夢ゆめのように、きゅうりが芽めを出だしたばかりの姿すがたや、やっと竹たけにからみついて、黄色きいろな花はなを咲さかせた時分じぶんを思おもい出だすと、ほんとうにこの実みをつるから切きり離はなすのがかわいそうでならなかったのです。
二郎じろうは、チョキンときゅうりをもぎました。そして、それを鼻はなにあてて匂においをかいだり、もっと自分じぶんの目めに近ちかづけて、このいきいきとした、とりたての、新あたらしい青あおい実みをながめたのであります。
「お母かあさん、これをどうして食たべるの?」と、二郎じろうはたずねました。
「まあ、みごとな、いい初はつなりですね。これは食たべるのではありません。おまえが、釣つりにいったり、泳およぎにいったりするから、水神すいじんさまにあげるのです。」と、お母かあさんはいわれました。
二郎じろうは、それを聞きくと、なんだか惜おしいような気きのうちにも、ひとつのさびしさを感かんじたのであります。
「水神すいじんさまは、きゅうりをたべなさるの?」
「きゅうりは、ぶかぶかと流ながれて、遠とおい遠とおい海うみの方ほうへいってしまうのですよ。それでもおまえの志こころざしだけは、水神すいじんさまに通とおるのです……。」と、お母かあさんは哀あわれっぽい声こえでいわれました。
二郎じろうは、自分じぶんの名なをそのきゅうりに書かきました。きゅうりの青あおいつやつやとした肌はだは、二郎じろうの書かこうとする筆ふでの先さきの墨すみをはじきました。それでも、二郎じろうは、何度なんどとなく筆ふでで、その上うえをこすって字じを書かきました。
「お母かあさん、よく書かけませんが、これでいいですか。」と、二郎じろうは、きゅうりを母親ははおやに示しめしました。
「おお、いいとも、いいとも。それをおまえは持もっていって投なげておいで。」と、お母かあさんはいわれました。
二郎じろうは、きゅうりを持もって、いつも自分じぶんたちのよく遊あそびにゆく河かわの橋はしのところへやってきました。ちょうど雨上あめあがりで、水みずがなみなみと岸きしにまであふれそうにたくさんでありました。そして悠々ゆうゆうと流ながれていました。
両岸りょうがんには草くさや雑木ぞうきがしげっていました。
二郎じろうは、ドンブリと橋はしの上うえから、手てに持もっていたきゅうりを水みずの上うえに落おとしました。きゅうりは、浮うきつ、沈しずみつ、二郎じろうが欄干らんかんにつかまって見みている間あいだに、下しもの方ほうへと流ながれていってしまいました。
二郎じろうは、この日ひ、家いえに帰かえっても、きゅうりのことを思おもい出だして、さびしそうにしていました。
「いまごろは、どこへいったろう?」
二郎じろうは、あてなく、きゅうりの行方ゆくえを思おもっていたのです。すると晩方ばんがたの空そらが晴はれて、かなたには夏なつの赤銅色しゃくどういろの雲くもがもくもくと、頭あたまをそろえていました。そして、遠とおくの方ほうで、雷かみなりの音おとがしたのであります。
二郎じろうは、寝ねるときもきゅうりのことを思おもっていました。しかし、床とこに入はいるとじきに寝入ねいってしまいました。
その間あいだ、きゅうりは、水みずに、流ながれ、流ながれて、夜よるの間あいだ、森もりのかげや、広ひろい野原のはらや、またいくつかの村むらを通とおり過すぎて、夜よの明あけたころにはもはや幾里いくりとなく遠とおくへいってしまったのです。そして、まだ、そのうえにも、きゅうりは、旅たびをつづけていました。
その日ひの午後ごごでありました。一人ひとりのみすぼらしいふうをした乞食こじきの子こが、低ひくい橋はしの上うえに立たって、独ひとりさびしそうに、流ながれてゆく水みずの上うえを見みていました。水みずには、雲くもの影かげと草くさの葉はの影かげが映うつっていたばかりです。
そのとき、一つのきゅうりが、ぶか、ぶかと流ながれてきました。子供こどもは、棒ぼうを持もってきて、あわててそのきゅうりを拾ひろい上あげました。きゅうりに書かかれた文字もじは、すっかり水みずに洗あらわれて消きえていました。
けれど、遠とおい、遠とおい、水上みなかみから流ながれてきたことだけは、乞食こじきの子こにもわかりました。なぜなら、まだ、このあたりは、風かぜが寒さむくて、きゅうりの芽めがそんなに大おおきくはならないからです。
乞食こじきの子こは、そのきゅうりを手てにとって、大喜おおよろこびでした。さっそく、これから母ははや妹いもうとに見みせようとあちらに駆かけ出だしてゆきました。
この日ひ、はじめて、山やまのあちらに、雷かみなりの鳴なるのを子供こどもはきいたのであります。子供こどもはふと途みちの上うえに立たち止どまって、耳みみを傾かたむけていました。北きたの方ほうにも、夏なつがやってきたのであります。
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