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なつかしまれた人(2)

时间: 2022-11-29    进入日语论坛
核心提示:おじいさんは、そこに居合いあわせた、仲間なかまに別わかれを告つげました。すると、その人ひとたちは、「おじいさん、あんまり
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おじいさんは、そこに居合いあわせた、仲間なかまに別わかれを告つげました。すると、その人ひとたちは、
「おじいさん、あんまり急きゅうじゃないか。名残惜なごりおしいな。しかし、めでたいことで、なによりけっこうだ。無事ぶじに暮くらさっしゃい。」といいました。
「さよなら。」
「達者たっしゃで暮くらさっしゃい。」
仲間なかまは、口々くちぐちにいって、おじいさんの出でてゆく姿すがたを名残惜なごりおしそうに見送みおくっていました。それから、みんなは、また、自分じぶんたちの仕事しごとにとりかかって忙いそがしそうに働はたらいていました。
このとき、一台だいの貨物自動車かもつじどうしゃが、会社かいしゃの門もんから出でて、町まちを過すぎ、ある田舎道いなかみちにさしかかったのであります。車くるまの上うえには、世帯道具しょたいどうぐがうずたかく積つまれていました。
もう、やがて春はるになろうとしていたが、まだ寒さむい風かぜが、野のや、林はやしを吹ふいていました。雲切くもぎれのした、でこぼこのある田舎道いなかみちを貨物自動車かもつじどうしゃは、ちょうど酔よっぱらいの人ひとの足あしどりのように、躍おどりながら、ガタビシといわせて走はしっていたのでした。たぶん、ある家うちの引ひっ越こしででもあるとみえます。車台しゃだいの上うえでは、机つくえが、いまにも道端みちばたへ飛とび出だしそうになるかと思おもうと、箱はこが、いまにも転ころげて落おちはしないかと見みられましたが、それでも、それらは、車くるまにしがみついて乗のせられたまま走はしっていました。ちょうど、そのとき、なにかしらない別べつのものが、道みちの上うえに落おちたのです。自動車じどうしゃは、そんなことには気きづかず、そのまま走はしり過すぎてしまいました。そして、さびしい道みちには、だれも見みているものはありませんでした。
車くるまの上うえから、落おちたものは、勘太かんたじいさんの会社かいしゃを出でるときまで身みにつけていた、半纒はんてんと股引ももひきと帽子ぼうしでありました。おじいさんが、ひとまとめにして、荷にの上うえに乗のせておいたのが、そのまま走はしり出だして、ついに振ふり落おとされたのであります。
日暮ひぐれ方がたを告つげるからすが、あちらの林はやしの方ほうで鳴ないていました。
町まちの会社かいしゃでは、その後のち、みんなが思おもい出だしては、勘太かんたじいさんは、どうしたであろうとうわさしましたけれど、おじいさんからは、そののち、なんのたよりもなかったのです。そして、みんなからも、だんだん忘わすれられていこうとしました。
かれこれ一年ねんばかりもたってからのことです。会社かいしゃで働はたらいている一人ひとりの若者わかものが、ある日ひ、町まちから五里りばかり、東ひがしの方ほうへ離はなれている街道かいどうを貨物自動車かもつじどうしゃで通とおってくると、勘太かんたじいさんが、ここに働はたらいていた時分じぶんのようすそっくりで、とぼとぼと街道かいどうを歩あるいているのを見みたといいました。
おじいさんを知しっている人々ひとびとは、この話はなしをきくと目めをみはりました。
「それは、人違ひとちがいだろう……。おじいさんは、息子むすこが迎むかえにきて、新あたらしい着物きものにきかえて帰かえったのだから、また昔むかしのようすにかえるというはずがない。」と、あるものはいいました。
「いいや、勘太かんたじいさんに相違そういない。俺おれは、よほど、自動車じどうしゃを停とめて、声こえをかけようと思おもったが、急いそいでいたものだから、つい残念ざんねんなことをしてしまった。」
「おじいさんを見みて、自動車じどうしゃを停とめないということがあるものか?」
「しかし、おじいさんなら、困こまれば、またここへやってくるにちがいない。」
「いや、ああしていったん帰かえったのだから、きまりわるがっているのかもしれない。人間にんげんの運命うんめいというものは、いつまたどんな境遇きょうぐうにならないともかぎらないからな。」
「俺おれ、こんど見みつけたら、無理むりにも自動車じどうしゃに乗のせてつれてこよう……。」と、若者わかものはいったのでありました。
ある日ひのこと、おじいさんを見みたという若者わかものは、また自動車じどうしゃに乗のって、その街道かいどうを走はしっていたのであります。
「いつか、この街道かいどうで、おじいさんを見みたのだが、見みつかってくれればいいがな。今日きょうばかりは、おじいさんをつかまえてやろう。そこで、場合ばあいによったら、自動車じどうしゃに乗のせてつれてゆこう……。」と、前方ぜんぽうをながめながら思おもっていました。
あちらに、森もりがあって、その下したに人家じんかの見みえるところへ近ちかづいたときに、若者わかものは、行ゆく手てに勘太かんたじいさんが、あの破やぶれた帽子ぼうしをかぶり、見覚みおぼえのある半纒はんてんを着きて、股引ももひきをはいて、その時分じぶんよりはずっと元気げんきがなく、とぼとぼと歩あるいている後うしろ姿すがたを見みたのであります。
「おお、おじいさんがゆく……。」といって、若者わかものは、それに追おいつくと自動車じどうしゃを止とめました。
「勘太かんたおじいさんじゃないか?」と、若者わかものは、わめきました。
おじいさんはたちどまりました。そして、うしろを振ふり向むきました。
「勘太かんたおじいさんじゃないか……。」
「ああそうだ。」と答こたえました。
「おじいさんか……。」といって、若者わかものは、顔かおをのぞくと、いつのまにかひどくおいぼれて、両方りょうほうの目めが腐くさっていました。
「おまえは、どうして、そんなにおちぶれたい……。」といって、若者わかものはため息いきをついたのです。
「いろいろ不幸ふこうがつづいてな。」
「息子むすこさんは、どうしたい。」
「死しんでしまった。」
「それは! おまえも不運ふうんなことだのう……。なぜ、また早はやく、町まちへ出でてこなかったのだ。」
「町まちへ……。」
「これからゆくか? もう、おまえに、そんな元気げんきがないか?」
「ああ、ゆく。」――若者わかものは、あまりに変かわりかたがひどいので、どうしようかと思おもいましたが、みんなにつれていって、おじいさんを見みせてやりたいような気きもしました。
このとき、あちらから、若わかい女おんなと、子供こどもらがこちらへ駈かけてきました。
「おらのおじいさんを、どこへつれていかっしゃるつもりだ。」と、女おんなは大おおきな声こえでいいました。
若者わかものは、びっくりしました。
「町まちへ……。」
「町まちへ、なにしにさ。だれがたのんだい。」
「俺おれは、勘太かんたじいさんと、町まちでいっしょに働はたらいたものだ。」
女おんなは、あきれたような顔かおつきをして、
「勘太かんたじいさんなんて知しらない。うちのおじいさんは、もうろくしているで、働はたらけやしない。」
「じゃ、人違ひとちがいか……。この着物きものはどうしたのだ。」と、若者わかものはききました。
この貧乏びんぼうな、もうろくをしたおじいさんは、どこからか、捨すててあったのを拾ひろってきて、それを着きていたということがわかったのです。若者わかものは、このおいぼれたじいさんが、勘太かんたじいさんでなかったのをしあわせと思おもいましたが、またべつな痛いたましい感かんじがして、そこを立たち去さりました。なにも知しらぬ子供こどもらはめずらしそうに、あちらを向むいて、自動車じどうしゃの遠とおざかりゆく影かげを無心むしんにながめていたのであります。
――一九二六・一――
 
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