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星の子(2)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:せんだって降ふった雪ゆきは、まだ町まちの中なかにも消きえずに、そこここに残のこっていました。彼女かのじょは夜よるになるの
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星の子

小川未明


あるところに、子供こどもをかわいがっている夫婦ふうふがありました。その人ひとたちの暮くらしは、なにひとつとして不足ふそくを感かんずるものはなかったのでありましたから、夫婦ふうふは、朝あさから晩ばんまで、子供こどもを抱だいてはかわいがっていることができました。
子供こどもは、やっと二つになったばかりの無邪気むじゃきな、かわいらしい盛さかりでありましたので、二人ふたりは、子供こどもの顔かおを見みると、なにもかも忘わすれてしまって、ただかわいいというよりほかに思おもうこともなかったのであります。
「どうしてこんなに無邪気むじゃきなのでしょうね。赤あかちゃんの目めには、なんでも珍めずらしく見みえるのでしょうね。ほんとうに、こんなときは神かみさまも同おなじなんですわね。」と、妻つまは、夫おっとに向むかっていいました。
夫おっとも目めを細ほそくして、じっとやさしみのある目めを子供こどもに向むけて、妻つまの言葉ことばにうなずくのでありました。二人ふたりは、同おなじように、我わが子こをかわいがりましたが、中なかにも妻つまは女おんなであるだけに、いっそうかわいがったのであります。
しかし、この世よの中なかは、美うつくしい、無邪気むじゃきなものが、つねに、神かみに愛あいされて変かわりなしにいるとばかりはまいりません。美うつくしい、無邪気むじゃきなものでも、冷酷れいこくな運命うんめいにもてあそばれることがたびたびあります。それはどうすることもできなかったのでありました。
こんなに、二人ふたりが大事だいじにしていた子供こどもが病気びょうきにかかりました。二人ふたりは、どんなに心配しんぱいをしたでしょう。あらんかぎりの力ちからをつくしたにもかかわらず、小ちいさな、なんの罪つみもない子供こどもは、幾日いくにちか高たかい熱ねつのために苦くるしめられました。そして、そのあげく、とうとう花はなびらが、むごたらしい風かぜにもまれて散ちるように、死しんでしまいました。
その後あとで、この二人ふたりのものは、どんなに悲かなしみ、なげいたでありましょう。自分じぶんたちの命いのちを縮ちぢめても、どうか子供こどもを助たすけたいと、心こころの中なかで神かみに念ねんじたのも、いまは、なんの役やくにもたちませんでした。
「この世よの中なかには、神かみも仏ほとけもない。」と、二人ふたりはいって、神かみをうらみました。
それからというものは、りっぱな家いえも、広ひろい屋敷やしきも、ありあまるほどの財産ざいさんも、二人ふたりの心こころを満みたすことはできませんでした。二人ふたりは、もし、それらのものを亡なくした子供こどもと換かえることができたら、あるいはそれらのものを投なげ出だすことを惜おしむものではなかったかもしれません。どんな貴重きちょうのものも、子供こどもとは、とうてい比較ひかくになるものではないと、しみじみこのときだけは感かんじたのであります。
二人ふたりは、金かねを惜おしまずに、子供こどものために、美うつくしい、小ちいさな大理石だいりせきの墓はかを建たてました。そして、そのまわりに花はなの咲さく木きや、いろいろの草花くさばなを植うえました。けれど、これだけでは、かぎりない思おもいやりに対たいして、その幾分いくぶんをも消けすことができなかったのです。
寒さむい風かぜの吹ふく、暗くらい夜よに、女おんなは、いまごろ、子供こどもは墓はかの下したで目めを覚さまして、どんなにさびしがっているだろうかと思おもうと、泣なかずにはいられませんでした。
すると、男おとこはいいました。
「なんで、あの凍こおった冷つめたい地ちの下したなどにいるものか。いまごろは、神かみさまにつれられて天国てんごくへいって遊あそんでいる。」といいました。
「そうでしょうか?」
「そうとも、天国てんごくへいって遊あそんでいるよ。」と、男おとこは答こたえました。
「そんなに、遠とおい、高たかいところへならいかれませんけれど、もし歩あるいていけるところなら、幾いく千里り、遠とおい、遠とおく国くにのどんなさびしい野原のはらでも、子供こどもがいることなら探さがしていきますのに……。」と、女おんなはいって、泣なきつづけました。
二人ふたりは、もう、ただ子供こどもの死しんでいってからのしあわせを、いまでは、思おもうよりほかに途みちはなかったのであります。
そのとき、ちょうど、過去かこ、現在げんざい、未来みらい、なんでも聞きいてわからないことはないという占うらない者しゃがありました。
女おんなは、さっそくその占うらない者しゃのところへいって、自分じぶんの死しんだ子供こどものことをば見みてもらいました。占うらない者しゃは、死しんだ子供こどもの過去かこ、現在げんざい、未来みらいを見みて語かたりました。
「あなたがた二人ふたりには、長ながい間あいだ子供こどもがなかったが、信神しんじんによって、子供こどもが生うまれました。けれど子供こどもは、まだこの世よの中なかにくるのには早はやかった。早はやいというのは、この世よの中なかがあまりに汚よごれすぎているのです。それでもう一度ど、星ほしの世界せかいへ帰かえることになりました。しかし、短みじかかったけれど、この世よの中なかに出でてきたうえは、苦行くぎょうをしなければ、ふたたび天国てんごくへ帰かえることはできません。
いま、あなたの死しんだお子供こどもさんは、高たかい山やまの頂いただきに、真まっ赤かな小ちいさい花はなをつけた草くさになっていられます。いまごろは、山やまには雪ゆきが降ふっていますから、雪ゆきの中なかにうずもれていますが、そのうちに神かみさまのお召めしによって、星ほしの世界せかいへ帰かえられます。この後のち、あなたがたの信神しんじんによっては、もう一度どこの世よの中なかへ出でてこられないものでもありません。」
占うらない者しゃは、このようにいいました。
これを聞きいて、二人ふたりは、わが子こに対たいしてあれほどまでかわいがり、また大事だいじにしたけれど、まだ足たりなかったか? まだ二人ふたりの真心まごころは、通つうじなかったかとなげきました。女おんなは、夜よる、外そとに立たって、月つきのさえた、青あおい空そらをながめました。そして、いまごろ、高たかい山やまの上うえの雪ゆきの光ひかる下したに、草くさとなってふるえている、わが子この傷いたましい運命うんめいを思おもいました。
いまから、すぐにも、彼女かのじょは、旅立たびだちをしてその高たかい山やまに、雪ゆきを分わけて登のぼってゆこうと思おもいましたが、もとよりどこに草くさがうずもれているか知しることができなかったのです。このうえはただ、もう一度ど信神しんじんの力ちからで、子供こどもを自分じぶんの手てに帰かえしてもらうよりほかに、どうすることもできないと知しりました。
彼女かのじょは、その日ひから毎日まいにち、神かみに願がんをかけて、「どうか死しんだ子供こどもが、もう一度ど帰かえってきますように。」と、宮みやや、寺てらへいって祈いのったのであります。
こうするうちに、春はるもだんだんに近ちかづいてきました。しかし、まだ木きが芽めぐむには早はやく、風かぜも寒さむかったのであります。ただ雲くもの切きれ目めに、ほんのりと柔やわらかな日ひの光ひかりがにじんで、なんとなく、なつかしい穏おだやかな日ひがつづくようになりました。小鳥ことりは、庭にわの木立こだちにきて、よい声こえでさえずっていました。
日ひがたちましたけれど、彼女かのじょの子供こどもを亡なくした悲かなしみは、ますます鋭するどく、胸むねを刺さしてたえられなくなって、彼女かのじょは、毎日まいにちのように子供こどもの墓はかにお詣まいりをしました。そして、どうか、もう一度ど生うまれ変かわって帰かえってくるように祈いのりました。
ある夜よのこと、女おんなは、不思議ふしぎな夢ゆめから、驚おどろいて目覚めざめました。
「おまえが、それほどまで子供こどもをかわいがるなら、もう一度どあの子供こどもをかえしてやろう。明日あすの晩ばんに、おまえは独ひとりで、町まちの西にしの端はしに河かわが流ながれている、あの河かわを渡わたって、野原のはらの中なかにいってみれ、おまえの子供こどもが、なにも知しらずに遊あそんでいるから……。」
こういって、見みなれない、白しろいひげのはえたおじいさんが、あちらの方ほうを指さしたかと思おもうと、目めがさめたのであります。
そのことを彼女かのじょは、朝あさになって、夫おっとに告つげました。
「それは、おまえが平常へいぜい死しんだ子供こどものことばかり思おもっているから、夢ゆめを見みたのだ。そんなことがあるものでない。」と、夫おっとはいいました。
しかし、女おんなは、どうしても、昨日きのう見みた夢ゆめを忘わすれることができませんでした。きっと神かみさまが私わたしのお願ねがいをかなえてくだされたのだろう。とにかく自分じぶんは夜よるになったら、野原のはらにいってみなければならぬと決心けっしんしました。
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