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三か月_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:三か月小川未明かまのような、お三みか月づき、早はよう、大おおきくなって、お嫁入よめいりの晩ばんに、まるい顔かお出だして、
(单词翻译:双击或拖选)
 

万の死

小川未明


万まんは正直しょうじきな、うらおもてのない人間にんげんとして、村むらの人々ひとびとから愛あいされていました。小学校しょうがっこうを終おえると、じきに役場やくばへ小使こづかいとしてやとわれました。彼かれは、母親ははおやの手て一つで大おおきくなりましたが、その母ははも早はやく死しんだので、まったくひとりぽっちとなりました。こんなことが、人々ひとびとの同情どうじょうをそそるのでありましょう。どこへいっても、きらわれることなく、日ひを送おくりました。
「おまえさんも、早はやくお嫁よめさんをもらうのだな。」と、ひとりぽっちの彼かれを心こころからあわれんで、いってくれるものもありましたが、
「私わたしには、まだそんな気持きもちはありません。」と、万まんは、頭かしらをふりました。それには、早はやいからという意味いみばかりではありません。始終しじゅう不自由ふじゆうをして、貧まずしく死しんでいった母親ははおやのことを思おもうと、すこしの楽たのしみもさせずにしまったのを、心こころから悔くいるためもありました。
彼かれの母ははは、じつにやさしかったのです。彼かれが父親ちちおやと早はやく別わかれたので、その不憫ふびんもあったのでしょうが、また、この世よの中なかに母はは一人ひとり、子こ一人ひとりとしてみれば、たがいにいたわりあうのが、むしろ、ほんとうの情なさけでもありました。
――ある夜よ、万まんは、灯ひの下したで学校がっこうの復習ふくしゅうをしていました。母ははは眼鏡めがねをかけて、手内職てないしょくの針はりをつづけていました。窓まどの外そとでは、雨気うきをふくんだ風かぜが、はげしく吹ふいています。そして、その年としの暮くれも間近まぢかに迫せまったのでした。母ははは、なにを思おもったか、ふいに、万まんに話はなしかけました。
「おまえが、まだ物心ものごころのつかないころだったよ。この村むらに、おつるさんといって、孝行こうこうの娘むすめさんがあった。こんなような、暮くれにおしせまった、ある日ひのこと、できあがった品物しなものを持もって町まちの問屋とんやへとどけ、お金かねをもらって帰かえりに、そのお金かねをみんなとられてしまったんだよ。かわいそうに、それで娘むすめさんは川かわへ身みを投なげて死しんでしまいました。」と、母ははは語かたりました。
これを聞きくと、万まんは下したをむいて本ほんを見みていた顔かおを上あげました。
「だれに、お金かねをとられたんです。ただ、それだけで死しんだのですか。」と、問といかえしました。もっと、くわしいことが知しりたかったのです。
「おまえ、そのお金かねがなければ、家いえの人ひとたちが年としを越一人ひとりとしてみれば、たがいにいたわりあうのが、むしろ、ほんとうの情なさけでもありました。
――ある夜よ、万まんは、灯ひの下したで学校がっこうの復習ふくしゅうをしていました。母ははは眼鏡めがねをかけて、手内職てないしょくの針はりをつづけていました。窓まどの外そとでは、雨気うきをふくんだ風かぜが、はげしく吹ふいています。そして、その年としの暮くれも間近まぢかに迫せまったのでした。母ははは、なにを思おもったか、ふいに、万まんに話はなしかけました。
「おまえが、まだ物心ものごころのつかないころだったよ。この村むらに、おつるさんといって、孝行こうこうの娘むすめさんがあった。こんなような、暮くれにおしせまった、ある日ひのこと、できあがった品物しなものを持もって町まちの問屋とんやへとどけ、お金かねをもらって帰かえりに、そのお金かねをみんなとられてしまったんだよ。かわいそうに、それで娘むすめさんは川かわへ身みを投なげて死しんでしまいました。」と、母ははは語かたりました。
これを聞きくと、万まんは下したをむいて本ほんを見みていた顔かおを上あげました。
「だれに、お金かねをとられたんです。ただ、それだけで死しんだのですか。」と、問といかえしました。もっと、くわしいことが知しりたかったのです。
「おまえ、そのお金かねがなければ、家いえの人ひとたちが年としを越こせなかったのだよ。下したには、小ちいさい弟おとうとはたくさんいたし、それに、父親ちちおやは病気びょうきで寝ねていたんだからね。」
「どうして、そんな大事だいじな金かねを、とられたんだろうな。」と、万まんは、不審ふしんでたまらず、頭あたまをかしげました。
「それが、まだ若わかい娘むすめさんだろう、無理むりはないよ。活動写真館かつどうしゃしんかんの前まえに立たって、ぼんやりと写真しゃしんを見みていたそのすきをねらって、すりがすったらしい。まのわるいときというものは、すべて、そういうものさ。気きのついたときは、もうおそい。しかたがないから、おつるさんは、問屋とんやへ引ひきかえしたんだよ。」
「かわいそうにな、問屋とんやは貸かさなかったんでしょう。」
「そうだな。おつるさんは、はたらいて返かえすから、どうかお金かねを貸かしてくださいと、主人しゅじんに頼たのんだのだよ。思おもいやりも、情なさけもない主人しゅじんは、すげなく断ことわったのです。」
「なんといって。」と、万まんは、顔かおを赤あかくしながら、こみ上あがってくる感情かんじょうを、押おさえきれませんでした。
「あんまり、あんたは虫むしがよすぎる、この金かねの出入でいりのせわしい暮くれに、自分じぶんの不注意ふちゅういから金かねをなくしたといって、また貸かせというのは。こちらもいそがしいので、いちいちたのみをきいていられない。なんとおっしゃっても、今日きょうはだめです、ってね。」
「困こまるからたのむんじゃないか! それから、どうしたの?」
「いつまでも、家いえでは、おつるさんが帰かえらないので大騒おおさわぎとなり、いつしか村むらじゅうのものが飛とび出だして、夜中よなかまで方々ほうぼうを探さがしたがわからなかった。二、三日にちすると、死骸しがいが川下かわしもの方ほうへ浮うかんだのだ。その当座とうざは、みんなが、問屋とんやの主人しゅじんをわるくいわないものはなかったよ。」と、母ははは、またつづけて、
「しかし、金持かねもちにはかなわないんだね。仕事しごとをさせてもらわなければならぬし、いつしかぺこぺこ頭あたまを下さげていくようになったよ。」
「問屋とんやって、あの町まちの袋物屋ふくろものやですか。大おおきい店みせなのに、そんな金かねがないわけでなし、どうしてだろうな。」と、万まんが聞ききました。
「どうして。大金持おおがねもちだというけれど、もとは、みんな貧乏びんぼうな人ひとたちをできるだけ安やすく働はたらかして、もうけた金かねなのだから、考かんがえれば、私わたしどもは、ちっともうらやましいことはないのさ。」と、母親ははおやは、針はりを燈火あかりに近ちかづけて、指ゆびをはたらかしながら、いいました。このとき、万まんの目めには、涙なみだが光ひかっていました。
その後ご、万まんは、いくたびも町まちへ出でて、袋物屋ふくろものやの前まえを通とおりました。そのたびに、ここの家いえだなと、思おもって、中なかをのぞきました。たいてい、客きゃくが入はいっていてなにか見みていました。そして、めったに主人しゅじんの顔かおを見みなかったが、あるとき、四角かくな顔かおをした、それらしい男おとこが、おうへいな言葉ことばつきで、人ひとと話はなしをしていました。よく注意ちゅういすると、昼間ひるまから酒さけを飲のんだとみえて、いい顔色かおいろをしていました。相手あいてを小こばかにするのは、やはり、こちらがなにか頼たのんでいるからでしょう。
万まんは、娘むすめが身みを投なげて死しんだという川かわにかかる橋はしを渡わたるときは、かならず立たちどまって、欄干らんかんによりかかり、じっと水みずを見みて、考かんがえるのであります。あるときは、寒さむい風かぜが、すすり泣なくように、川面かわもを吹ふいているのでした。また、夏なつの晩方ばんがたには、赤あかい雲くもが、さながら血ちを流ながすようにうつっていることもありました。彼かれは、母ははから聞きいた、おつるさんという不幸ふこうな娘むすめのことを思おもい出だしたのでしょう。
「なにより、命いのちが大事だいじなんじゃないか。死しななければよかったのに。だが、おれは、まだ小ちいさくて、なんにもできなかったのだ。」と、ひとりごとをするのでした。
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