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山へ帰りゆく父(1)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:山へ帰りゆく父小川未明父親ちちおやは、遠とおい街まちに住すんでいる息子むすこが、どんな暮くらしをしているかと思おもいまし
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山へ帰りゆく父

小川未明


 

父親ちちおやは、遠とおい街まちに住すんでいる息子むすこが、どんな暮くらしをしているかと思おもいました。そして、どうか一度どいってみたいものだと思おもっていました。
しかし、年としを取とると、なかなか知しらぬところへ出でかけるのはおっくうなものです。そして、自分じぶんの長ながらく住すんでいたところがいちばんいいのであります。
「私わたしは、こんなに年としをとったのに、せがれはどんな暮くらしをしているか心配しんぱいでならない。今年ことしこそはいってみよう。」
父親ちちおやは、遠とおい旅たびをして、息子むすこの住すんでいる街まちにやってきました。それは、にぎやかな都会とかいでありました。
静しずかな、夜よるなどは、物音ものおとひとつ聞きこえず、まったくさびしい田舎いなかに住すんでいました人ひとが、停車場ていしゃばに降おりると、あたりが明あかるく、夜よるでも昼間ひるまのようであり、馬車ばしゃや、電車でんしゃや、自動車じどうしゃが、往来おうらいしているにぎやかな有あり进入日语论坛
核心提示:山へ帰りゆく父小川未明父親ちちおやは、遠とおい街まちに住すんでいる息子むすこが、どんな暮くらしをしているかと思おもいまし
(单词翻译:双击或拖选)
 

山へ帰りゆく父

小川未明


 

父親ちちおやは、遠とおい街まちに住すんでいる息子むすこが、どんな暮くらしをしているかと思おもいました。そして、どうか一度どいってみたいものだと思おもっていました。
しかし、年としを取とると、なかなか知しらぬところへ出でかけるのはおっくうなものです。そして、自分じぶんの長ながらく住すんでいたところがいちばんいいのであります。
「私わたしは、こんなに年としをとったのに、せがれはどんな暮くらしをしているか心配しんぱいでならない。今年ことしこそはいってみよう。」
父親ちちおやは、遠とおい旅たびをして、息子むすこの住すんでいる街まちにやってきました。それは、にぎやかな都会とかいでありました。
静しずかな、夜よるなどは、物音ものおとひとつ聞きこえず、まったくさびしい田舎いなかに住すんでいました人ひとが、停車場ていしゃばに降おりると、あたりが明あかるく、夜よるでも昼間ひるまのようであり、馬車ばしゃや、電車でんしゃや、自動車じどうしゃが、往来おうらいしているにぎやかな有あり様さまを見みて、びっくりするのは無理むりのないことです。父親ちちおやも、やはりその一人ひとりでした。
「お父とうさん、よくおいでくださいました。」といって、息子むすこはどんなに喜よろこんで迎むかえたかしれません。
息子むすこはいまでは、この都みやこでなに不自由じゆうなく暮くらしていられる身柄みがらでありましたから、父親ちちおやに、なんでも珍めずらしそうなものを持もってきて、もてなしました。また、方々ほうぼうへ見物けんぶつにもつれていったりいたしました。
父親ちちおやは、はじめのうちは、どこへいってもにぎやかなので驚おどろいていました。また、いままで口くちにいれたことのないようなものを食たべたりして、こうして、人間にんげんが暮くらしてゆかれたら、しあわせなものだとも考かんがえられたのでした。
五日いつか、六日むいかというふうに同おなじことがつづきますと、そのにぎやかさが、ただそうぞうしいものになり、また、毎日まいにちごちそうを食たべることも、これが人間にんげんの幸福こうふくであるとは、思おもわれなくなりました。
「お父とうさん、おもしろい芝居しばいが、はじまりましたから、いってごらんになりませんか。」
「いいや、見みたくない。」
「お父とうさん、これから、なにかうまいものを食たべに出でかけましょう。」
「いいや、なにも食たべたくない。」
父親ちちおやは、じっとして、家うちの中なかに、すわっていました。
「どうしたのですか? お父とうさん。」と、息子むすこは、なにをいっても、父親ちちおやが気乗きのりをしないので、心配しんぱいして問とうたのでありました。
「私わたしは、国くにへ帰かえりたくなった。」と、父親ちちおやは答こたえました。
息子むすこは、これを聞きくと、目めを円まるくして、
「あんなさびしい山やまの中なかへ帰かえってもしかたがないではありませんか。どうして、あの不便ふべんなところがいいのですか?」と、息子むすこは、父親ちちおやの心こころをはかりかねて、たずねました。
「私わたしは、国くにへ帰かえりたい。」と、父親ちちおやは答こたえました。
「お父とうさん、なにかいけないところがあったら、いってください。また私わたしたちが、気きのつかないところがあったら、これから気きをつけるようにしますから、もっと、こちらにいてくださいまし。そのうちに、お父とうさんは、この街まちの生活せいかつにも、おなれでありましょうから……。」と、息子むすこは、ひたすら真心まごころをあらわしていいました。
すると、父親ちちおやは、頭あたまを振ふって、
「いや、私わたしは、かえっておまえが国くにに帰かえるように、つれにきたのだが、おまえは、帰かえらないか?」といいました。
「どうして、お父とうさん、私わたしが、帰かえることができましょう?」
息子むすこは、父親ちちおやの顔かおを見みつめて、あきれた顔かおつきをしました。
それから、日ひならずして、老人ろうじんの故郷こきょうに向むかって旅立たびだってゆく、姿すがたが見みられたのであります。
その日ひは、一日にち、息子むすこは、家うちにいて、父親ちちおやのことを案あんじていました。
「あんなに、お年としをとっていられるから、道中どうちゅうなにか変かわったことがなければいいが……。」
「いまごろ、汽車きしゃはどのあたりを通とおっているだろうか……。」
いろいろと息子むすこは、思おもいました。そして、道みちすがらの景色けしきなどを思おもい出だしては、目めに描えがいていたのであります。
汽車きしゃは、高たかい山々やまやまのふもとを通とおりました。大おおきな河かわにかかっている鉄橋てっきょうを渡わたりました。また、黒くろいこんもりとした林はやしに添そって走はしりました。白壁しらかべの土蔵どぞうがあったり、高たかい火ひの見みやぐらの建たっている村むらをも過すぎました。そして、翌日よくじつの昼過ひるすぎには、故郷こきょうに近ちかい停車場ていしゃばに着つくのでありました。
「いまごろは、お父とうさんは、あの街道かいどうの松並木まつなみきの下したを歩あるいていなさるだろう……。」と、息子むすこは、都みやこにいて思おもっていました。
それは、広々ひろびろとした、野中のなかを通とおっている、昔むかしながらの道筋みちすじでありました。年としとった松まつが道みちの両側りょうがわに生おい立たっていました。野のの面おもてを見みわたすと、だんだん北きたの海うみの方ほうに伸のびるに従したがって、低ひくくなっていました。そして、その方ほうの地平線ちへいせんは、夕暮ゆうぐれ方がたになっても、明あかるくありました。
山やまには、せみやひぐらしが鳴ないていました。老人ろうじんは、もう多年たねんこの山やまの中なかに生活せいかつをしています。道みちすがらの木きも、草くさも、石いしも、またこの山やまにすんでいる小鳥ことりや、せみや、ひぐらしにいたるまで、毎日まいにちのように、この山道やまみちを歩あるく老人ろうじんの咳せきばらいや、足音あしおとや、姿すがたを知しらぬものはありません。
父親ちちおやが、街道かいどうを歩あるいていますと、電信柱でんしんばしらの付近ふきんに鳴ないているつばめは、「いま、お帰かえりですか。」と、いうように聞きこえました。
夕焼ゆうやけの空そらは、昔むかしも、今いまも、この赤あかい、悲かなしい色いろに変かわりがありません。父親ちちおやは、夕焼ゆうやけの空そらをながめました。
「よく、自分じぶんは、せがれの手てを引ひいて、夕暮ゆうぐれ方がた、町まちから帰かえったものだ。あの時分じぶんのせがれは、どんなに無邪気むじゃきで、かわいらしかったか。あのせがれがいまでは、りっぱな人間にんげんになったのだ。私わたしが、こんなに年としをとったのも、無理むりはない……。」と、考かんがえにふけったのでした。
そして、老人ろうじんは、いよいよ山道やまみちにさしかかりますと、山やまの上うえは、まだ、ふもとよりは、もっと明あかるくて、ちょうが飛とんでいました。
「いま、おじいさんお帰かえりですか?」と、いっているように、人ひとなつかしげに、老人ろうじんの身みのまわりを飛とんでいました。せみも、ひぐらしも、このとき、みんな声こえをそろえて鳴なきたてました。
「よう帰かえっておいでなさいました。あなたのお山やまは、いつでも平和へいわです。おじいさん、あなたは、いつまでもこのお山やまにおいでなさい。そして、けっして、ほかへゆくなどと思おもいなさいますな。」と、みんなしていっているように聞きこえました。
おじいさんは、にこにこしていました。
「なんで、こんないいところを捨すてて、他国たこくへなどゆけるものか。」
いつまでも、いつまでも、この山やまの中なかの自分じぶんの家いえに、暮くらそうものと思おもいました。そして、その憐あわれげな、小ちいさな影かげを道みちの上うえに落おとしながら、一歩ぽ、一歩ぽ、登のぼってゆきました。
こうして、父親ちちおやは、また、故郷こきょうの人ひととなったのであります。
こんどは、息子むすこが、毎日まいにちのように父親ちちおやの身みの上うえを心配しんぱいしました。
「お父とうさんは、ほんとうに年としをとられた。」と、彼かれは父親ちちおやの姿すがたを目めに思おもい浮うかべました。自分じぶんが子供こどものとき、父親ちちおやの後あとからついて町まちへゆき、また山やまに帰かえったときは、父親ちちおやは、まだ若わかく、力ちからが強つよく、達者たっしゃであったのです。そう考かんがえると、なぜ早はやく、この都みやこへ越こしてこられないものかと案あんじていました。
「あのさびしい、不便ふべんな、田舎いなかがなんでいいことがあろう。ぜひ、今年ことしの中うちに、迎むかえにいってつれてこなければならない。」と、息子むすこは毎日まいにちのように思おもっていました。
それに、秋あきから、冬ふゆにかけて、山やまの中なかは、風かぜが寒さむく、吹雪ふぶきがすさまじいのでありました。息子むすこは、故郷こきょうにいた時分じぶんの記憶きおくをけっして、忘わすれることができません。
「雪ゆきの積つもる冬ふゆは、お父とうさんは、どうしてあんなところで暮くらされよう。」
息子むすこは、とうとうお父とうさんを、自分じぶんの住すんでいるにぎやかな街まちへ迎むかえるために、久ひさしぶりで故郷こきょうへ帰かえったのであります。
息子むすこは、自分じぶんの生うまれた、古ふるい家いえの中なかへはいりました。すると、いろいろの思おもい出でが、そのままよみがえってくるのでした。壁板かべいたに書かいた、子供こどもの時分じぶんの楽器がっきが、なおうすく残のこっています。よく鳥とりかごをかけた、戸口とぐちの柱はしらの小刀こがたなの削けずり痕あともそのままであります。雨あめの降ふる日ひには、土間どまで独楽こまをまわした。そして、よく、かち当あてた敷石しきいしもちゃんとしていました。なにもかも、昔むかしのままであったのであります。
息子むすこは、ぼんやりとした気持きもちで、二、三日にちは過すごしてしまいました。
「お父とうさんは、都みやこへおいでになりませんか。」と、息子むすこは、いいました。
「いや、どうして、この長ながく住すみ慣なれた家うちを、捨すててゆけよう。」と、父親ちちおやは、頭あたまを振ふりました。
「おまえこそ、ここへ帰かえってきて、いっしょに暮くらしたがいい。」と、父親ちちおやは、息子むすこに向むかっていいました。
息子むすこは、都みやこに残のこしてきた、仕事しごとのことを思おもい出だしました。そして、どうしても都みやこに帰かえらなければなりませんでした。
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