雪の降った日（2）

 
その翌日よくじつのことです。年としちゃんが、学校がっこうから帰かえってくると、汚きたならしいふうをした女おんなの人ひとが、お母かあさんと話はなしをしていました。年としちゃんは、見みたことのある人ひとのような気きがしたが、思おもい出だせませんでした。
「どうして、こんな人ひとが、お母かあさんとお話はなしをしているのだろう。」と、年としちゃんは、不思議ふしぎに考かんがえました。女おんなの人ひとは、お母かあさんの方ほうを見みて、
「私わたしにも、今年ことし十四になる男おとこの子こがあります。学校がっこうを出でると、すぐに奉公ほうこうをさせたのですが、手紙てがみのたびに、弟おとうとはどうしているかと、いってきます。」と、いっていました。
お母かあさんは、いちいちうなずきなされて、
「ほんとうに、感心かんしんですね。それもあなたが、そうしたりっぱなお心こころがけだからです。きっといい子こにおなりですよ。」と、おっしゃいました。
「ただ、子供こどもの大おおきくなるのを楽たのしみにしています。」
「そうですとも。」と、お母かあさんは、頭あたまをば、こくりとなさった。
「おじゃまいたしました。」
「女中じょちゅうが帰かえりましたら、どんなに喜よろこぶことでしょうか。すぐにお礼れいに上あがらせますから。」と、お母かあさんが、おっしゃると、
「いいえ、お礼れいなんかいるもんですか。」と、女おんなは、そうそうにして、帰かえっていきました。
「お母かあさん、いまの人ひとだれなの？」と、年としちゃんが聞ききました。
「あの人ひとですか、くず屋やさんです。」
「なにしにきたの。」
「このあいだ、きよが、弟おとうとに送おくる為替かわせのはいった手紙てがみを落おとしたといっていたでしょう。あの人ひとがごみ捨すて場ばにあったのを拾ひろって、とどけてくださったのですよ。なんと正直しょうじきなくず屋やさんではありませんか。」と、お母かあさんは、いわれました。
「そうだったか。」と、年としちゃんは、思おもい当あたると、ため息いきをつきました。いつか、原はらっぱのごみ捨すて場ばで、紙かみくずや、菜なっ葉ぱを拾ひろっていた女おんなの人ひとだ。あのとき、自分じぶんは、乞食こじきかと思おもったが、そんなに正直しょうじきな感心かんしんな人ひとであったのかと、さげすんだことが、かえって恥はずかしくなりました。
きよが、田舎いなかから帰かえると、お母かあさんは、くず屋やさんがとどけてくれた手紙てがみをお渡わたしになりました。きよは、驚おどろいて、
「まあ、どこにございましたか。」と、きよは、目めをまるくしたのです。そして、土つちに汚よごれた自分じぶんの手紙てがみをいただいて、封筒ふうとうを開あけると、中なかからしわくちゃになった為替券かわせけんが出でてまいりました。
「女おんなのくず屋やさんが、とどけてくれたのです。きっと、おまえが、紙かみくずや、すえぶろの灰はいを原はらっぱへ捨すてるときに、いっしょにまちがって捨すてたのです。話はなしをきくと、そのくず屋やさんは、夫おっとに死しなれてから、二人ふたりの子供こどもを育そだててきたのだそうです。貧乏びんぼうしていても、正直しょうじきで、感心かんしんじゃありませんか。」と、お母かあさんは、おっしゃいました。きよも、ほんとうに、そう感かんじたし、またありがたく思おもいました。
「お礼れいにいっていらっしゃい。」
「はい、いってまいります。」
お母かあさんが、くず屋やさんのお家うちをきいておいてくださったので、きよは、お礼れいにいくのに、そう捜さがして歩あるかなくともよかったのです。
きよは、電車でんしゃを降おりてから、小ちいさな家いえのごちゃごちゃとたてこんだ、路次ろじを入はいっていきました。すると、くず屋やさんの家いえはじきわかったが、表おもての戸とが閉しまっていました。
「おや、働はたらきに出でかけて、お留守るすなんだろうか。」と、思おもったが、ふと、わきについている、小ちいさな窓まどを見みると、その内うちで、コトッ、コトッ、コトッと、なにかおもちゃの動うごくような音おとが、きこえました。やはり、いるのかしら、と考かんがえて、
「ごめんください。」と、きよは、いいました。しかし、返事へんじがありません。もう一度ど、
「ごめんください。」といいました。
すると、子供こどもの声こえで、
「お母かあさんは、いない。」と、答こたえました。
きよは、お礼れいに持もっていった、品物しなものだけなりと置おいていこうと思おもって、
「もし、もし、ちょっと、ここをあけてくださいな。」といいました。けれど、子供こどもは、窓まどを開あけるようすがありませんでした。
きよは、困こまってしまいました。障子しょうじの破やぶれからのぞくと、子供こどもは、病気びょうきとみえて、床とこについて、ねていました。そのまくらもとには、片方かたほうの車くるまのとれたタンクが、ころがっていました。さっき、これがびっこを引ひきながら、動うごいていたのでありましょう。
きよは、しかたなく、自分じぶんで障子しょうじを開あけたのです。
「お母かあさんは、おかせぎにいらしたの？」と聞きくと、子供こどもは、だまって、上うえを向むきながら、うなずきました。
「ひとりで、おるすい？」
「僕ぼく、かぜをひいたので、ついていかなかったの。」と、子供こどもは、答こたえました。
さびしい家いえのようすを見みると、火ひの気けもない三畳じょうの間まに、子供こどもは、独ひとりでねているのでした。きよは、かわいそうになりました。
「こんどくるときに、いいおもちゃを持もってきてあげますよ。」というと、子供こどもは、このまったく知しらぬお姉ねえさんの顔かおを、不思議ふしぎそうにながめていました。それでも、やさしくいわれたので、なつかしく感かんじたのか、さびしく笑わらっていました。
「奥おくさま、ただいま。」と、きよは、お家うちへ帰かえると、お母かあさんの前まえで頭あたまを下さげました。そして、自分じぶんの見みたことを、話はなしたのでありました。そばでこの話はなしをきいた年としちゃんには、――いつか、雪ゆきの降ふった日ひに、くつ下したをはかずに、破やぶれたくつをはいて、車くるまのそばに立たっていた、子供こどもの姿すがたが、目めに、ありありと浮うかんだのであります。そして、寒さむいのに、くつ下したもはかずにいたので、かぜをひいたのだろうと思おもわれました。
「お母かあさん、あのくず屋やさんがきたら、僕ぼくのいらないおもちゃと、絵本えほんをやってね。」と、年としちゃんがいいました。
「ええ、ねている子供こどもさんに持もっていってもらいますよ。そんなに不自由ふじゆうをしていても、まちがったことをしない、ほんとうに感心かんしんな人ひとですものね。」と、お母かあさんは、しみじみとおっしゃいました。