というか父はほとんど家族内ではAIBOとしか口を利かない。毎晩、AIBOと晩酌をしているし大好きな野球中継もAIBOと見ている。
仕事の愚痴も家族には一言も漏らさない。かわりにAIBOに聞いてもらっている。
出かけるときも、AIBOといつも一緒だ。近所の買い物はもちろん、家族のキャンプだって父はお気に入りのAIBOを連れてきていた。
そのキャンプでの出来事。
父がいつものようにAIBOと遊んでいると、突然AIBOが動くかなくなった。電池がなくなったのだ。相棒が突然動かなくなったことに動揺する父。
家族が心配して、電池を交換しようとしたらAIBOは専用バッテリーで動いていて普通の電池では動かない。バッテリーを充電しようにも、キャンプ場はなにぶん山の中。電気は来ておらず充電することができない。
大好きなAIBOが動かなくなって、ふさぎ込んでしまった父。
いつから父と家族はこんなにも距離が離れてしまったのだろう。昔は家族の距離はそこまで離れてはいなかった。
父はバリバリの商社マンで、出張が多かった。そのほとんどは単身赴任で家族とは離れ離れでいることが多かった。家族がいない寂しさを埋めるために父が購入したAIBO。これは本当に良い買い物だった。家族がついていけないどんな場所にもついていくことができた。ペット禁止のところだってなんてことはない。何よりAIBOはどんな人にだってなつくし決して裏切ることはない。父は家族のために懸命に働いていたはずなのに、いつの間にか出張先についてこなくなった母や私たちに裏切られたと心のどこかで思っていたのだろうか。そんな父が家に帰ってきたときには随分と時が経ち既に私と 兄は家を出ていた。まずます溝は深まった。それからいち早く所帯を持った兄が家族仲を深めようと言い出したこのキャンプ。改めて家族の溝を浮かび上がらせた。最初は黙々と釣りばかりしていた父も、大自然の中私たちや兄の子供たちと一緒に暮らしているうちに段々と笑顔が戻ってきた。なんだかんだで私たちは家族なのだ。キャンプの終わりには私たち兄弟と笑って酒を酌み交わせるまでになった。
今では父のAIBOの電源は入れられることはない。AIBOは無事に役割を果たし終えたのだ。