私は、大学四年の夏休みに車の免許を取得した。すぐに乗る事はなく六か月間はペーパードライバーとして過ごしていた。卒業後、私に待っていたのは、車で通勤と言う何とも不安な日々であった。と言うのも、職場ときたら車一台がようやく通れる一本道を随分走らなければたどり着かない山の中腹にあるのだ。これは参った。若葉マークの私に、そんな器用な運転はまだできない。中古のコンパクトカーで音楽でも聞きながら楽しく通勤。それは、私にとって夢のまた夢。何せ、緊張のあまり、ハンドルを握る手は固まり、目はひたすらまっすぐ前をにらんだままでいる。対向車来るな、対向車来るなと心の中で強く念じているのだ。今から考えると危なっかしくて仕方がない運転スタイル。
ある日の夕食時、母が尋ねてきた、「あんた車の運転大丈夫か。お父さんが、あんたの後ろを朝、車でついて行っとることしっとる?」「ええ!」私は驚いた。通勤時、私の車の後ろをついてきていたぁ!まったくもって知らなかった。何という事だ。父はそんなに私の事が心配だったのか・・・。その時の感謝の気持ちは二十年経った今でも忘れない。
あれから二十年、私の運転歴も二十年。今は、私の車の助手席に父を乗せ走っている。病気で両目が見えなくなってしまった父を乗せドライブしている今日この頃だ。助手席で父は言う、「安全運転でなあ。」耳にタコが出来るくらい、乗るたびに乗るたびに横で言う。ありがとう。今でも心配してくれる父の気持ちがありがたい。今は、私が後ろをついて歩いている。目が不自由だから、溝に落ちないか、車にひかれないかと心配して。これからは、私の出番だ。