そんな父と違い、私の方はと言えば…。中学入学時、俊足を見込まれ陸上部に誘われたのにもかかわらず、朝の練習がないということだけで卓球部に入部するような、お気楽な子供だった。中学時代の恩師からも「もう少しやる気を出さないと、いざと言う時に苦労するぞ」と言われたが、その言葉は後々現実となった。例えば高校時代の卓球大会。あと一人勝てば全国大会進出という試合で大逆転負けをしてしまった。就職活動時には、大本命の会社の筆記試験で日付を書き間違えるミスをした。何事にも一生懸命になれない私は、土壇場の緊張する場面で、力を発揮できない人間だった。
そんな私も社会人となり、結婚して家庭を持った。しかし2年ほど前、46歳で突如リストラされた。そこで、家族のためにと一念発起して飲料メーカーの工場に再就職したが、すぐに腰の痛みに襲われ動けなくなった。病院に行くと、椎間板ヘルニアと診断され、もう力仕事は無理だと言われてしまった。これも、今まで一生懸命に生きて来なかった報いなのかもしれない。そう考えて、がっかりとしてしまった。
そして今、派遣で働きながら再就職先を探している。
そんな時、父が我が家を訪ねてきて、「少しだけど使ってくれ」と封筒を手渡してくれた。中には、かなりの額のお金が入っていた。
「ごめん、父さん。一生懸命働いていつかお金を返すから」
私は頭を下げた。すると父から一言。
「お前が一生懸命やっているのは分かっている。腰を大事にしろ」。
果たして私は一生懸命にやっているのだろうか?自問自答した。ただ、父がそう言ってくれたのだ。たぶん、今の私は一生懸命にやっているのだと思った。
その日、駅まで見送った父の背中。かなり小さくなってはいたが、子供の頃と同じ偉大な背中だった。
これから、どのような未来が待っているのか、正直、分からない。不安ばかりが胸をよぎる。だが、父の偉大な背中を一生懸命に追い続けようと思う。それこそが、私の未来に繋がっていると信じている。