——中国映画の音楽やテレビCMのBGMとして使われたこともあって、二胡の人気が高まっています。
10.~こともあって
“小句(简体形式)+こともあって”是表示只举出其中之一加以叙述,暗含还有其他原因的用法。“ことも”的“も”有暗示除此之外还存在的意思(中级第5课)。在课文中,比如尽管还有二胡演奏团体在日本走红、中老年人开始学习二胡的人在增加等原因,但并没有涉及这些,而只举出了二胡用于电影音乐、电视广告的背景音乐。
△試験が近いこともあって、皆遅くまで勉強している。
(因为考试临近,大家都学习到很晩。)
△小さいころに父親が亡くなったこともあって、彼はだいぶ苦労したようだ。
(再加上幼年丧父,他看来吃了很多苦。)
——生で二胡の曲を聞くのは初めてでしたが、本当にすばらしかったです!
11.生(なま)
“生”表示“未经加工的素材”的意思。“生演奏(なまえんそう)”指的是乐队现场演奏而非CD那样的“音乐罐头”。“生放送(なまほうそう)”表示直播(而不是录播)。同样,“生ビール”“生魚”为“没有经过热处理的啤酒”“捕获后未经加工的鱼”的意思。
△わたしは生魚が苦手です。
(我不喜炊吃生鱼。)
——ゆったりと、そして情熱的に奏でられる二胡の響きに心を打たれ、いつのまにか…
12.ゆったりと、そして情熱的に
“そして”是表示时序关系的连词(初级第10课),用于句子之间的连接。但也可以用于连接“ゆったりと”(高级第3课),“情熱的に”这样的意思跳跃很大,本来不好并列在一起的副词或形容词。但不能连接3个以上的词。另外,当某种状态并非同时发生,而是时间错开的情况下,也可以使用“そして”来使其并列。还有,当使用了“そして”时就产生了停顿,这样,就使副词或形容词各自独立,产生了强调“附加特征”的效果。
△この車のデザインは機能的で、そして独創的だ。
(这部车的外形设计既照顾到使用功能,又富于独创性。)
△その指揮者は、静かに、そして激しくタクトを振り続けていた。
(那位指挥安静地,有时是激烈地挥动着手中的指挥棒。)
13.心を打たれる
“心を打たれる”为“心を打つ(打动心灵)”的被动形式,表示“感动”。除了上面的例子以外,日语中还有很多使用了身体部位词语的惯用表达(中级第16课、高级第8课)。
△祖父は、孫からの手紙を首を長くして待っていた。
(爷爷期盼着孙子的来信。)
△「それでは。」と、彼は腰を上げて出ていった。
(他说了句“那我走了。”站起身来离开了那里。)
——これまでにも増して朱さんのファンになりました。
14.~にも増して
“~にも増して”表示“比……更加”的意思,与表示时间的名词一起使用。如“これまでにも増して(比以往更加)”“以前にも増して(比以前更)”。
△急速なグローパル化の進展に伴い、これまでにも増して外国との協力関係が重要になっていくだろう。
(伴随全球化进程的飞速发展,与国外的合作关系将比以往更为重要。)
△60歳を超えてから、以前にも増して登山に出かけるようになった。
(过了60以后,我比以前更多地去登山了。)
——澄みきった音色に心がいやされ、日ごろのストレスを忘れます。
15.~きる
以“动词ます形去掉‘ます’+きる”的形式,表示①某种状态程度很高,即“完全……”“极其……”;②将某种行为进行到底,即“把……做完”。“澄みきる(清澈透明)”是①的例子,此外还有“弱りきる(虚弱之极)”“疲れきる(极其疲劳)”等例子,但可以搭配使用的动词很有限。在做谓语时使用“~きっている。”,修饰名词时用“~きった+名词”的形式。而②则可以跟很多动词搭配使用,如“食べきる(吃光)”“読みきる(读完)”“歩ききる(走完全程)”等。
△父は最近残業が続いて疲れきっている。(①)
(我老爸近来连续加班,累得快爬不起来了。)
△母が野菜を送ってくれたのだが、1人では食べきれないほどたくさんあって困っている。(②)
(妈妈寄来的蔬菜多得一个人吃不完,正在发愁。)
——二胡独特の音色をたっぷりと堪能できるすばらしい作品だと思います。
16.堪能する
“堪能”读作“たんのう”有动词“堪能する”和二类形容词“堪能な”的用法,意思各不相同。“堪能する”一般以“~を堪能する”的形式,表示“充分享受……”之意。而“堪能な”则以“~に堪能だ”的形式表示“在……方面有着出色的技能”,现在主要用于表示外语能力出众。
△劉さん一家は、日光に紅葉狩りに行き、秋の日本を堪能した。
(小刘一家去日光观赏红叶,充分享受了日本的秋日风光。)
△彼は語学に堪能である。
(他在外语方面很擅长。)