心身堂では、東横大学と協同で新素材容器の開発を行っている。基礎的な研究開発を大学が行い、心身堂が商品化するというものである。
(心身堂開発部の福山が、東横大学の松下教授の研究室に顔を出す)
福山:先生、その後、進捗状況はいかがでしょうか。
松下:うーん、順調と言いたいところだけど、一向に進まなくて、正直、頭が痛いですよ。
福山:(申し訳なさそうに)すみません。
松下:いやあ、とにかくお宅から出された課題が、「冷蔵庫から出しても水滴が出ない」「いつまでも冷たいまま」ですからね。1つだけならまだしも。
福山:無理は承知のうえです。でも、その点を改良できれば、新素材のペットボトルとしては画期的だと思うんですが…。
松下:確かにそうですが…。(ふざけて)この分だと、商品化までの道のりは遠いかもね。
福山:そうおっしゃらずに、先生、そこを何とか。(気を取り直して)それに、もしそんな素材が開発できれば、ペットボトル以外にも用途を広げられると思うんです。
松下:ええ。
(助教の向井に声をかける)向井さん、例のやつを持ってきて。
向井:はい。あれですね。分かりました。
(向井が開発中の素材が入った箱を持ってくる)
松下:(福山に向かって)ちょっと触ってみてください。
福山:(箱の中の物質を触って)何ですか、これ。何かの粉のようですが…。
向井:開発中の合成樹脂です。原料はイグサ。
福山:イグサ?あの畳表を作る。
松下:そう。イグサには、吸湿性、つまり水分を吸収するという性質があって、それを利用して新しい素材ができないかと思いついたんですよ。
福山:へえ。イグサとは思いもよりませんでした。
松下:そう。しかも、イグサには保温性もありますし。
福山:保温性ですか?
向井:はい。スポンジ状の織維がたくさんあって、それが中に空気を含み、外に逃さないんです。
②お披露目
産学協同で開発した新素材の容器が完成し、関係部署の担当者にお披露目される。
(本社会議室。試作品が並んでいる)
高島:(試作品を手に取って)普通の発泡スチロールの容器みたいですが。
福山:ふたを開けてみてください。
高島:(ふたを開けて手を入れてみる)あーっ、ひんやりしてる。(中を確認して)あれ?保冷剤が入っていないのに?何で?
福山:不思議でしょう?実は、それが、この容器の秘密なんです。
山田:どういうことですか。ずっと冷蔵庫に入れておいたということ?
高島:でも、外側は冷たくない。冷蔵庫に入っていたなら、中だけ冷たいというのはおかしいし。
福山:実は、3時間ほど前に氷を入れておいたんです。
山田:なんだ。氷ですか。3時間経ったから、すっかり溶けているというわけですね。
高島:でも、溶けた水は入ってませんよ。どうしてですか。
(福山が吸湿性と保温性について説明する)
福山:容器の内側には、肉眼では確認できないほど細かいスポンジ状の突起が付いています。
高島:(内側を触って)ああ、なんかざらざらしています。これですね。
福山:そうです。その突起が氷の水分を吸収して、冷気を中に閉じ込めます。これが吸湿性です。そして、ふたをして密封しておけば、中の温度は一定に保たれます。つまり、保温性ですね。
山田:なるほど。吸湿性と保温性を兼ね備えた素材ということですか。
福山:ええ。ですから、氷を入れっぱなしにしておいても、水分は残らないというわけです。
高島:あのう、その保温性って、どのくらい持続するんですか。
福山:そうですね…。例えば、1Lの容器なら、氷1個でおよそ8時間保冷が可能です。
高島:はあ。でも、必ず氷が必要なんですか。
福山:いいえ。ふたをせずに容器ごと冷蔵庫で冷やして、外に出した時にふたをすれば、冷気が閉じ込められるので、同じような効果があります。
山田:それと、保温性ってことは、当然、温かいものは温かいままになりますよね。
福山:もちろんです。例えば、たこ焼きを入れたとしますね。その場合でも、熱気を吸収して保温しますので、水分が出ません。
高島:ということは、あの、べちゃっとした感じがなくなるわけですね。
福山:ええ、そうです。結果的に、食感も保たれるということです。