その夏、わたしは恋をしていた。
それはどうしようもないくらい本気でやりきれない絶望的な恋だった。
一つ年下の彼女はその夏の終わり、遠い遠い所へ転校することになっていたのだ。わたしはいずれ引き裂かれる恋を恐れて、彼女との距離を置き、彼女の存在を必死で忘れようとしていた。始まりはその春、駅のホームでのことだった。電車を待つ彼女とわたしはベンチで隣り合わせになった。いつも同じ電車に乗っていたので、彼女の顔はよく知っていたが、話をしたことも無ければ、意識をしたことも無かった。その日、部活動をサボったわたしと彼女のほかに駅に人は無く、プラットホームは静寂があるだけだった。すると突然、ぶらりとベンチに垂らした右手に暖かいものが触れた。はっと見ると、彼女の左手だった。彼女を見ると、まっすぐ前を見ているが、その左手を退かそうとしない、わたしは彼女の顔をしばらく見つめ、何か言葉を出そうとしたが、結局電車が来るまで、言葉が出てこなかった。
それからというもの、わたしは彼女の姿を見るたびに声を掛けるようにした。相手はわたしに恋を持っている。あの時彼女が精一杯の度胸を持って、わたしの手を握ったことを思うと、わたしは何らかのリアクションをせずにはいられなかったのだ。今思えば、それが辛い恋の始まりだった。
幾度となく、言葉を交わすうちに、わたしは彼女を愛してることを気づき始めていた。いつしかそれは生活のすべてを支配するようになっていた。彼女の名前を口ずさむだけで幸福を感じ、隣で笑う彼女の横顔を見るだけで世界は平和であると感じていた。そして彼女がほかの男と話をしているだけで嫉妬し、彼女がわたしと視線を合わさないことだけで死にたい気分になっていた。なぜ自分の気持ちを彼女に伝えなかったのか、なぜ彼女のあの時の勇気にわたしは答えてあげられなかったのか、後悔は常に後の祭りである。
当時わたしは会話の中で彼女が夏の終わりに転校することを知っていた。夏が終わると同時にわたしの恋も終わってしまうことを知っていた。これ以上別れを辛いものにしたくないという思いの中で、わたしはその恋から逃れようとしていた。結局わたしが本気で好きだったということを彼女は知らないままに終わった。今はもう他の誰かに肩を抱かれていることだろう。もしかしたら結婚もしているかもしれない。わたしもあれからたくさんの恋をして、たくさんの別れも経験した。すべてはもうはるか遠い昔のことなのだ。われわれはいやがおうにもこうした甘く苦い経験を積み重ねて、大人になっていかなければならないのだ。
夏休み最後の日、彼女とわたしは学校の校門で会った。わたしは口に出す言葉が見つからなかった。なぜならそれが永遠の別れであることを感じていたからだ。夕暮れに染まる夏の終わりヒグラシの鳴き声がやたら耳についた。沈黙の後、やがて彼女は満面の笑みを浮かべ、そして「ありがとう」といった。驚くほど華やかな、そして綺麗な笑顔だった。何に対するありがとうの言葉なのか、わたしが考えるうちに、彼女は夕日に向かって歩き出した。
勘違いしないでほしい、僕も恋をしていたのだ、心の中でひたすら叫んだ。わたしのまぶたに映っていたのは夏の大きな夕焼けと綺麗な笑顔の瞳に浮かぶ彼女の涙だった。
それはどうしようもないくらい本気でやりきれない絶望的な恋だった。
一つ年下の彼女はその夏の終わり、遠い遠い所へ転校することになっていたのだ。わたしはいずれ引き裂かれる恋を恐れて、彼女との距離を置き、彼女の存在を必死で忘れようとしていた。始まりはその春、駅のホームでのことだった。電車を待つ彼女とわたしはベンチで隣り合わせになった。いつも同じ電車に乗っていたので、彼女の顔はよく知っていたが、話をしたことも無ければ、意識をしたことも無かった。その日、部活動をサボったわたしと彼女のほかに駅に人は無く、プラットホームは静寂があるだけだった。すると突然、ぶらりとベンチに垂らした右手に暖かいものが触れた。はっと見ると、彼女の左手だった。彼女を見ると、まっすぐ前を見ているが、その左手を退かそうとしない、わたしは彼女の顔をしばらく見つめ、何か言葉を出そうとしたが、結局電車が来るまで、言葉が出てこなかった。
それからというもの、わたしは彼女の姿を見るたびに声を掛けるようにした。相手はわたしに恋を持っている。あの時彼女が精一杯の度胸を持って、わたしの手を握ったことを思うと、わたしは何らかのリアクションをせずにはいられなかったのだ。今思えば、それが辛い恋の始まりだった。
幾度となく、言葉を交わすうちに、わたしは彼女を愛してることを気づき始めていた。いつしかそれは生活のすべてを支配するようになっていた。彼女の名前を口ずさむだけで幸福を感じ、隣で笑う彼女の横顔を見るだけで世界は平和であると感じていた。そして彼女がほかの男と話をしているだけで嫉妬し、彼女がわたしと視線を合わさないことだけで死にたい気分になっていた。なぜ自分の気持ちを彼女に伝えなかったのか、なぜ彼女のあの時の勇気にわたしは答えてあげられなかったのか、後悔は常に後の祭りである。
当時わたしは会話の中で彼女が夏の終わりに転校することを知っていた。夏が終わると同時にわたしの恋も終わってしまうことを知っていた。これ以上別れを辛いものにしたくないという思いの中で、わたしはその恋から逃れようとしていた。結局わたしが本気で好きだったということを彼女は知らないままに終わった。今はもう他の誰かに肩を抱かれていることだろう。もしかしたら結婚もしているかもしれない。わたしもあれからたくさんの恋をして、たくさんの別れも経験した。すべてはもうはるか遠い昔のことなのだ。われわれはいやがおうにもこうした甘く苦い経験を積み重ねて、大人になっていかなければならないのだ。
夏休み最後の日、彼女とわたしは学校の校門で会った。わたしは口に出す言葉が見つからなかった。なぜならそれが永遠の別れであることを感じていたからだ。夕暮れに染まる夏の終わりヒグラシの鳴き声がやたら耳についた。沈黙の後、やがて彼女は満面の笑みを浮かべ、そして「ありがとう」といった。驚くほど華やかな、そして綺麗な笑顔だった。何に対するありがとうの言葉なのか、わたしが考えるうちに、彼女は夕日に向かって歩き出した。
勘違いしないでほしい、僕も恋をしていたのだ、心の中でひたすら叫んだ。わたしのまぶたに映っていたのは夏の大きな夕焼けと綺麗な笑顔の瞳に浮かぶ彼女の涙だった。