土の中から
それからしばらくして、忠雄君はしんぱいでしかたがないものですから、うらの書庫へいってみました。
書庫は、
「やっぱり、パパのいうとおりかもしれない。もし、推古仏がほしいのなら、あんないたずら書きをするひまに、書庫にはいればいいんだ。R怪人には錠前をやぶるぐらい、なんでもないだろうからな。」
そうおもって、なにげなく庭のほうに目をやりましたが、ふしぎなものをみたので、おもわず、「おやっ。」と、声をたてました。
もう夕方であたりはうすぐらくなっていましたが、庭のおくの木の下の地面が、なんだかモゾモゾと、うごいているようなかんじがするのです。
「へんだな、土がうごくはずはないのだが、モグラかしら。」
おもわず、そのほうへ近づいていきました。木がしげっているので、そのへんは、ひどくくらいのです。そのくらい地面に、ウジャウジャとたくさんのものが、うごめいていました。
カニです。大きいのや、小さいのや、何十ぴきというカニの一連隊が、こちらへ進んでくるのです。
忠雄君は、ギョッとしました。新聞の記事をおもいだしたからです。R怪人が海からあらわれるまえに、たくさんのカニが、がけをのぼってきたと書いてありました。
町の中に、こんなにたくさんのカニがいるはずはありません。このカニどもは、R怪人といっしょに、どこからか、やってきたのではないでしょうか。
忠雄君は、ゾーッとしました。にげだしたくなりました。しかし、にげるよりもはやく、そのことがおこったのです。
カニのはっているむこうの地面が、ムクムクと、うごきはじめたではありませんか。こんどこそモグラかもしれないとおもいました。
土がひびわれてきました。そして、その下から、なんだか黒っぽいものが、ヌーッとあらわれてくるのです。
ひびわれが、いっそう大きくなりました。そこからでてきたのは、びっくりするほど大きなものでした。モグラではありません。モグラの何十倍もあるものです。
それは大ガメのこうらのようにみえました。黒っぽい大きなかさのようなものが、すっかりでてしまうと、パッと目をいるように光る、二つのまるいものが、あらわれました。あっ、目です。カニ怪人の目です。
「ワーッ、たすけてえー。」
忠雄君は、さけびながら、いちもくさんに、かけだしました。そして、うちの中にとびこむと、
「パパ、パパ、たいへんだ。あいつが、あいつが……。」
おとうさんの古山博士と、書生さんとが、おどろいてでてきました。
「どうしたんだ、忠雄。」
「あいつだ。カニ怪人が、土の中から……。」
息をきらせて、庭のほうをゆびさすのです。
「えっ、カニ怪人だって。ほんとか。」
「モグラみたいに、土の中からでてきたんだ。いまに、こっちへやってくる。」
博士は書生さんにいいつけました。
「きみ、いってみよう。懐中電灯を。」
書生さんはとんでいって、懐中電灯をもってきました。そして、ふたりは、えんがわの下のサンダルをつっかけて庭へかけだしました。
「忠雄、どのへんだ。」
忠雄君は、ふたりについて庭にでましたが、その場所までいく元気がありません。「あそこ、あそこ。」と、ゆびさすばかりです。
博士と書生とは、それとおもわれる場所へいって、懐中電灯をふりてらしました。しかし、なにもありません。
「忠雄、きてごらん。なにもいやしないじゃないか。」
忠雄君は、おずおずと、そこへ近づきました。
「おや、へんだなあ、たしかに、ここだったのに。」
あのたくさんのカニは、どこへいったのか、一ぴきも姿がみえません。そして、カニ怪人も、どこかへきえてしまったのです。
「おまえ、まぼろしでもみたんじゃないのかい。」
博士が、にがわらいをして、いいました。
忠雄君はキョロキョロと地面をみまわしていましたが、やがて、あっと、声をたてました。
「パパ、みてごらん。あれだよ。ほら……。」
そこには、なにかがぬけだしたような、大きな穴があいていました。懐中電灯でてらしてみると、その穴は、ふかさ二メートルもあって、その下のほうに、よこ穴がつうじているらしいことがわかりました。なにものかが、地の底をもぐって、ここからでてきたのにちがいありません。
「うん、モグラなんかじゃないよ。よほど大きなやつだ。すると、やっぱり……。」
博士も、忠雄君のことばを信じないわけにはいきません。
それから、三人がかりで、庭じゅうを、すみからすみまで、しらべましたが、怪物の姿はどこにもありません。
うちの中へ、はいったのではないかと、こんどは、うちじゅうをしらべましたが、やっぱり、なにも発見できません。
しかし、こうなっては、もうほっておけないというので、博士は、すぐに警察に電話をかけて、知りあいの署長さんに、みはりの刑事さんをよこしてくれるようにたのみました。