メフィスト
じいさんには、すぐにうちへかえるように見せかけて、まわり道をして、おばけやしきへ、ちかづいていきました。
そのとちゅうで、小林君は、赤電話で、明智探偵事務所をよびだし、明智先生に、これから、あやしいおばけやしきを探検することをつたえ、その場所を、くわしく、しらせておいたのです。
おばけやしきの洋館の鉄の門を、おしてみますと、しまりもしてないとみえて、なんなくひらきました。ふたりはその中へしのびこんでいきました。じゃりをしいた道を、二十メートルほどすすみますと、がんじょうなドアのついた、玄関があります。小林君たちは、そのドアを、そっとおしました。すると、これもまた、スーッと、音もなくひらいたではありませんか。
「ごめんください。」
小林君が、大きな声で、どなりました。
「ごめんください。」
しかし、いくらよんでも、ひろい家の中は、シーンとしずまりかえっていて、だれもでてきません。空家みたいなかんじです。
「はいってみようか。」
「うん、そうしよう。」
ふたりは、うなずきあって、くつをぬいで、上にあがっていきました。
玄関に、ひろいホールがあって、それから、廊下が、おくのほうへつづいています。ふたりは、かまわず、そこの廊下へ、はいっていきました。
廊下の両がわには、いくつもドアがならんでいますが、みんなピッタリとしまっているのです。どれも中に人がいるようすはありません。
なおも、おくのほうへ、すすんでいきますと、ドアがひらきっぱなしになった、大きな部屋の前に出ました。のぞいてみると、まんなかに大テーブルがすえてあって、それをかこんで、アームチェアがならべてありますが、人の姿はありません。
「はいってみようか。」
小林君が、ささやき声でいいますと、井上君もうなずきました。
ふたりは、ひろい部屋にはいって、その中を、グルグルあるきまわりました。
窓には、あついカーテンが、しめきってあるので、太陽の光はすこしもはいりませんが、てんじょうからさがった、りっぱなシャンデリアに、電灯がついているのでこの部屋だけが、夜のようなかんじです。
ふたりは、アームチェアにこしかけて、顔を見あわせました。
「なんだかへんだね。夜みたいに電灯がついていて。」
「おばけがでるのかもしれないよ。」
そのときです。部屋のすみに、シューッという、みょうな音がしたかとおもうと、モヤモヤと白い煙がたちのぼりました。
二少年は「さては。」とおもって、その煙を見つめました。
白い煙は、ますますこくなって、むこうの壁が見えなくなりましたが、しばらくすると、こんどは、煙が、だんだん、うすくなり、その煙のおくから、もうろうとして、人の姿があらわれました。
四十歳ぐらいの、やせて、背の高い男です。
ツバメのようなしっぽのある黒いイブニングをきて、メフィスト(西洋悪魔)のような顔をしています。さきの二つにわかれたあごひげ、ピンとはねあがった口ひげ、頭の毛は、みょうな形に、チックでかためてあって、まるで二本のツノのように見えます。
ふといまゆ毛の下に、四角なふちなしめがねがひかっています。度のつよい
うすくなった煙を、はらいのけるようにしながら、そのあやしい男は、ゆっくりと、こちらへあるいてきます。
「アハハハハ……、とうとう、やってきたね。おおいに歓迎するよ。まあ、ゆっくりあそんでいきたまえ。」
男はひくいバスの声でそういいながら小林君たちのむこうがわのアームチェアに、ゆったりと、腰をおろしました。
「じゃあ、ぼくたちのくるのを、まっていたんですか。」
小林君があいてにまけないくらい、おちついた声でいいました。
「そうだよ。きみたちは、あのカニの目じるしに、みちびかれて、ここへやってきたんだろう。え、小林君。そちらは、たしか井上君だったね。」
「あっ、ぼくたちの名まえもしっているんですか。」
「そうとも、きみたちには、いろいろ、おせわになったから、お礼をしなくちゃならないとおもっているんだよ。」
「あなたは、だれです。もしや……。」
小林君が、身がまえをして、あいてをにらみつけました。
「アハハハハ……、そうだよ。おさっしのとおり、おれは二十面相さ。だが、しんぱいすることはない。お礼といっても、きみたちをどうこうしようというわけじゃない。おれはけっして、人をきずつけたり、ころしたりしないのだからね。
ひどいめにあわせるのではなくて、おもしろいものを見せてあげるのだ。
きみたちは、タバコ屋のじいさんに、このうちがおばけやしきだときいても、こわがらないで、はいってきた。さすがは少年探偵団だよ。だから、おれが、おもしろいものを見せてやるといっても、けっして、しりごみなんかしないだろうね。」
二十面相のいうとおりです。小林君たちは、いまさら、にげだす気はありません。
「おもしろいものって、なんです。」
「アハハハハ……、いままで、きみたちの一度も見たことのないものさ。ひじょうにめずらしいものだ。さすがのきみたちも、あっとおったまげて、腰をぬかすような、ふしぎなものだ。」
「それは、どこにあるのです。」
「ここにあるんだよ。いいかい。ほらあれだ。」
メフィストの姿をした二十面相は、てんじょうを見あげて、手まねきをしました。
すると、てんじょうから、チカチカひかった、直径十センチぐらいの玉が、スーッと、テーブルの上へおりてきたのです。
玉には、ほそいひもがついていて、たぶん、機械じかけで、てんじょうからさがってきたのです。
玉はテーブルの上、二十センチぐらいのところでとまって、宙にさがったまま、グルグルと、まわっています。
小さい鏡を、何百個も、よせあつめたような玉で、それがシャンデリアの光をうけて、宝石のようにうつくしく、キラキラとひかっているのです。
「きみたちは、妖星人Rなんて、おれがつくりだした、うそっぱちだとおもっているだろうね。カニ怪人は、もう正体を見あらわされて、どっかへ、きえてなくなってしまったと、おもっているだろうね。
だが、そうきめてしまうのは、まだはやいよ。二十面相のいたずらだとわかって、世界じゅうの人が、大笑いをした。しかし、あれは、ほんとうに、おれのいたずらだったのだろうか。もっとふかいいみがあったのじゃないだろうか。いまにわかるよ。いまにそのわけがわかるよ。
じゃあ、いよいよ、おもしろいものを見せてやる。いいかい。きみたちふたりとも、ここにさがっている、ひかる玉を見つめるのだ。ジーッといつまでも見つめているのだ。」
メフィストの二十面相は、にやにやとうすきみわるい笑いをうかべながら、まるで音楽のコンダクターのように、両手をあげて、それをしずかにゆりうごかすのでした。
小林君と井上君は、いわれるままに、ひかる玉を見つめていました。
どこからか、ひくいピアノの音がしずかにきこえてきました。ねむくなるようなリズムです。
ふたりの目は、ひかる玉に、くぎづけになっていますけれど、そのむこうがわに、メフィストの両方の手がゆるやかに、あがったり、さがったりするのが見えています。
なんともいえないへんな気持になってきました。
ひかる玉が頭のしんまで、とびこんでくるようなかんじです。そして、頭の中が、ギラギラする光でいっぱいになり、ほかのものは、なんにも見えなくなってしまいました。