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一 手紙

时间: 2024-04-10    进入日语论坛
核心提示:  一 手紙  一九三五年の六月のことであったが、わたしは、南アメリカの自分の農場から、約六か月の滞在の予定で、故郷に帰
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  一 手紙
  一九三五年の六月のことであったが、わたしは、南アメリカの自分の農場から、約六か月の滞在の予定で、故郷に帰って来た。当時は、南アメリカでも、わたしたちには、困難な時代だった。ほかのどの人たちとも同じように、わたしたちも世界的な不況に悩まされていた。イギリスには、わたし自身が手をつけなければ、うまくゆきそうにもないと思う用事が、いろいろとあった。農場の管理のためには、妻が残ることになった。
  イギリスに着いて、最初に、わたしがしたことのひとつは、旧友のエルキュール?ポワロを訪たず ねることであったということは、ことさら、いう必要もないだろう。
  かれは、ロンドンの、最新型のアパートのひとつにおさまっていた。わたしは、非難めかしく、(いや、かれもその事実を認めたが)この特別な建物をえらんだのは、まったく、この建物の厳密な幾何学的な外観と、大きさの比率のせいだろう、といった。
  「だけどね、うん、きみ、じつに気持ちよく均斉きんせい がとれている、とは思わないかい?」
  わたしは、どうもすこし四角張りすぎているように思うといった。そして、それとなく古い洒落しゃれ を持ち出して、この超モダーンな邸宅では、牝鶏めんどり に四角な卵をうませられそうじゃないか、といった。
  ポワロは、心からおもしろそうに、大声で笑った。
  「ああ、きみは、まだあんなことをおぼえているんだね? やれやれ! とんでもない――科学は、まだ牝鶏を現代の趣味に適合させることに成功してはいないのさ。あいもかわらず、牝鶏どもは、大きさや色のちがう卵をうんでいるよ!」わたしは、親愛の気持ちをこめた目で、じっと旧友を見た。かれは、すばらしく元気そうな様子で――ほとんど、この前に会った時から、すこしも年をとっていないように見えた。
  「きみは、まったく元気いっぱいらしいね、ポワロ」と、わたしはいった。「ほとんど、すこしも年をとっていないじゃないか。まったくのところ、そういうことがありうるとしての話だが、この前に会った時よりも、白髪しらが がすくなくなったといってもいいくらいだね」
  ポワロは、にっこり、わたしを見て笑った。
  「しかし、どうして、そんなことがありうることじゃないというのかね? まったく、ほんとうなんだよ」
  「というと、きみの髪が黒から灰色に変わらないで、灰色から黒に変わったというのかい?」
  「まさに、そのとおりだよ」
  「だけど、そんなことは、まったく科学的に不可能だよ!」「どういたしまして」
  「しかし、そりゃ、ひどく妙だね。自然の法則に反しているようじゃないか」「あいかわらず、ヘイスティングズ、きみは、人を疑わない、美しい心を持っているんだね。年月も、きみのその心を変えないんだね! きみは、自分では、そんなことをしているとは気がつかずに、一つの事実を見ると、ほとんど同時に、その解答を口にするんだね!」わたしは、すっかりとほうにくれて、かれを見つめた。
  ひと言もいわずに、かれは、寝室へ足を運んで行ったと思うと、瓶びん を一つ、手にしてもどって来て、わたしに渡した。
  わたしは、なんのことやらわからないまま、その瓶を受けとった。
  瓶には、こう書いてあった。
  ルヴィヴィ――毛髪に自然の色合いろあい を持ち来たす。ルヴィヴィは、染料にあらず。
  灰色、栗色くりいろ 、赤黄色チチアン 、褐色かっしょく 、黒色の、五種の色調に生かす。
  「ポワロ」と、わたしは、叫ぶようにいった。「きみは、髪を染めているんだね!」「ああ、やっと、きみにもわかったようだね!」「すると、それで、この前に、ぼくが帰って来た時よりも、きみの髪がずっと黒く見えるというわけなんだね」
  「まったく、そのとおり」
  「やれやれ」と、わたしは、驚きから立ちなおって、いった。「じゃ、このつぎ帰って来たら、つけひげをつけているきみにお目にかかるのじゃないかな――それとも、もうつけているのじゃないのかい?」
  ポワロは、がっかりした顔をした。かれの口ひげは、いつも、かれが気にしている急所で、おそろしく自慢にしていた。つまり、わたしの言葉が、その痛いところに触れたわけだ。
  「いや、いや、とんでもない、あなたモナミ 。そんな日は、まだまだ、ずっと先のことに願いたいですね。つけひげなんて! なんて恐ろしいことを!」かれは、本物だということを示すために、勢いよく、そのひげを引っぱってみせた。
  「なるほど、まだなかなかたっぷりしているね」と、わたしはいった。
  「だろう? ロンドンじゅうを捜したって、わたしのに匹敵するほどの口ひげには、お目にかかったことがないんですからね」
  そいつはまた、いい気なもんだ、と、わたしは、ひそかに思った。しかし、そんなことをいって、ポワロの気持ちを傷つけようなどと、けっして、わたしは思わなかった。
  その代りに、いまでもまだ、時々は、元の仕事をしているのかとたずねてみた。
  「そうだったね」と、わたしは、「きみは、何年か前に、まったく引退して――」「そうさ。カボチャをつくるためにね! ところが、たちまち殺人事件が起こってね――おかげで、カボチャどもには滅亡への行進をさせてしまったというわけさ。それで、それからというものは――きみがなんというか、よくわかるがね――わたしは、確かに引退興行をやっているプリマ?ドンナのようなものでね! その引退興行ときたら、何度でも無限に繰り返されるんだ!」
  わたしは、大声で笑った。
  「実際、まったくそのとおりなんだから。そのたびに、わたしはいうんだ、これが最後だ、と。ところが、だめ、ほかのやつが起こるんだ! だからね、わたしは認めるよ、きみ、わたしは、まるきり引退なんてことを望んでいないんだ、と。もしも、この小さな灰色の細胞を働かせていないと、錆さ びついてしまうからね」「なるほど」と、わたしはいった。「適当に、運動させるというわけだね」「そのとおり。なんでもいいというわけじゃない。より好みをするのさ。このごろのエルキュール?ポワロには、犯罪の精髄ともいうべきものだけしか、意味はないのさ」「その精髄というやつが、たくさんあったのかね?」「かなりあったね。ついこの間なんか、きわどいところで命びろいをしたよ」「しくじったのかい?」
  「いや、とんでもない」ポワロは、ぞっとした顔つきで、「しかし、わたしが――この、エルキュール?ポワロが、あやうく完全にやっつけられるところだったよ」わたしは、ひゅうと口笛をならした。
  「大胆な犯人だね!」
  「それほどひどく大胆というのじゃない、無謀なんだな」と、ポワロはいった。「まったく、そう、――無謀だ。だが、その話はよそう。それよりも、ねえ、ヘイスティングズ、いろいろな点で、わたしは、きみを、わたしのマスコットと思っているんだぜ」「ほんとかい?」と、わたしはいった。「どんな点で?」ポワロは、直接には、わたしの問いにはこたえなかった。かれは、話をつづけた。
  「きみが帰って来るということを聞くとすぐに、わたしは、ひとり言をいったものだ。なにか起こるんだな、と。また以前のように、いっしょに捜査しようじゃないか、われわれ二人で。しかし、やるのなら、平凡な事件じゃいけない。なにか、ぜひ」――かれは、興奮して、両手を振りながら――「なにか、趣向をこらした――微妙な――手のこんだフイーヌ やつでないと……」と、このフイーヌという、最後の翻訳しにくい言葉に、いっぱいに味をつけるようにして、いった。
  「これはこれは、驚いたね、ポワロ」と、わたしはいった。「人が聞いたら、まるで、リッツで晩めしを注文でもしていると思うだろうね」「犯罪というものは、注文するわけにはいかないのにか? まったく、そのとおりだ」かれは、ため息をついて、「しかし、わたしは、運を信じるよ――運命といってもいいがね。わたしのそばについていて、わたしが許しがたい誤りを犯さないようにしてくれるのが、きみの運命なのだ」
  「いったい、許しがたい誤りというのは、なにをいうんだね?」「明白なものを見のがすことさ」
  わたしは、それを胸の中で繰り返してみたが、その要点はわからなかった。
  「ところで」と、やがて、わたしは、にっこりしながら、「そのとびきりの犯罪というやつは、もうはじまってるのかい?」
  「まだだ。すくなくとも――というのは――」かれは、口をつぐんだ。その額ひたい には、困ったような皺しわ が深くなった。その両手は、わたしがうっかりして押しまげた物を、ただ機械的に伸ばしているようだった。
  「はっきり、わからないんだ」と、かれは、ゆっくりといった。
  その調子には、ひどく妙な響きがあったので、わたしは、驚いて、かれの顔を見た。
  皺は、まだ消えてはいなかった。
  と、いきなり決心したように軽くうなずいて、かれは、部屋へや を突っ切って、窓ぎわの机のところへ行った。机の中の物は、みんな、きちんと整理して、それぞれ一括されていたから、すぐに、必要な物が取り出せるようになっていたなどとは、いまさら事新しく、いう必要もないだろう。
  かれは、一通の開封した手紙を片手にして、ゆっくり、わたしのところへもどって来た。
  かれは、もう一度、それを読み返してから、わたしに手渡した。
  「ねえ、あなたモナミ 」と、かれはいった。「きみは、これをどう思うかね?」わたしは、ある興味を持って、それを受けとった。
  それは、厚手の白い便箋びんせん に、活字体で書かれていた。
  エルキュール?ポワロ氏よ――きみは、哀れむべき鈍物どんぶつ の、わがイギリス警察がもてあますような難事件を解決するのは、自分だと、うぬぼれているのじゃないだろうね? 明敏なるポワロ氏よ、きみの明敏のほどを見せてもらいたいものだ。おそらく、この胡桃くるみ は、くだくには固すぎるということに気がつくにちがいない。今月の二十一日、アンドーバーを警戒したまえ。草々。
  A?B?C
  わたしは、ちらっと封筒に目をやった。それも、活字体で書いてあった。
  「消印は、西中央第一局だ」と、わたしが消印に注意を向けるのを見て、ポワロはいった。
  「ところで、きみの考えは、どうだね?」
  わたしは、肩をすぼめて、かれに手紙を返した。
  「まあ、気ちがいか、なにかだろうね」
  「それだけかい?」
  「ふん――きみには、気ちがいだと思えないのかい?」「そうだね、きみ、そう思われるね」
  かれの声は、ゆゆしい調子を帯びていた。わたしは、好奇心をそそられて、かれを見つめた。
  「きみは、この手紙をひどく真剣にとっているんだね、ポワロ」「気ちがいというものは、あなたモナミ 、真剣に取り扱うべきものなんだ。気ちがいというものは、とても危険な代物しろもの だからね」「そうだ、むろん、それはほんとうだ……その点は、わたしも考えていなかった……しかし、わたしのいうのは、どうもばかげたいたずらのような気がするということなんだ。おそらく、誰だれ か、八つよりも一つ多い、ひどく陽気なばかだろうね」「というわけは? 九つということかい? 九つがどうしたんだ?」「なんでもない――ただのいいまわしだけさ。酔っぱらった奴やつ という意味だよ。いや、ちがう、ひどく酔っぱらった奴という意味だよ」「ありがとう、ヘイスティングズ――その『酔っぱらう』といういいまわしなら、わたしも知っているよ。きみがいうとおり、それ以上、なんにもないかもしれないが……」「ところが、きみは、あると思うんだね?」と、不満足そうな、かれの調子に打たれて、わたしはたずねた。
  ポワロは、どっちともつかず、曖昧あいまい に首を振ったが、ものはいわなかった。
  「きみは、この手紙について、どういう処置をとったのだね?」と、わたしはたずねた。
  「どうできるというのだね? ジャップ警部には見せたがね。かれも、きみと同じ意見だった――ばかげたいたずらだ、と――それが、かれの用いたいいまわしだった。ロンドン警視庁スコットランド?ヤード では、毎日のように、こういったものを受けとるそうだ。わたしも、そのお相伴しょうばん にあずかったというわけさ……」「しかし、きみは、この手紙を真剣に考えているんだろう?」ポワロは、ゆっくりこたえた。
  「どうもこの手紙には、なんかがあるんだよ、ヘイスティングズ、わたしの気に入らないものが……」
  はっと思うほど、かれの調子は、わたしを強く打った。
  「きみは――なんと思うんだね?」
  かれは、首を左右に振って、その手紙を取りあげると、また、元の机の中にしまいこんだ。
  「もしも、ほんとうに真剣に取っているのなら、なんとかしたらどうだね?」と、わたしはたずねた。
  「あいかわらず、行動の人だね、きみは! しかし、いったいどうできるんだね? 地方警察にも手紙を見せたんだが、かれらも、本気になって取りあげはしない。指紋もなければ、差出人の手がかりもないのだからね」
  「実際のところ、きみ自身の勘だけというわけだね?」「勘じゃないよ、ヘイスティングズ。勘というのは、よくない言葉だよ。わたしの知識だよ――わたしの経験だよ――それが、わたしに教えているんだよ、あの手紙には、なんかあるって、おかしなところが――」
  かれは、うまく言葉がいえないで、手まねでいってから、また、首を左右に振った。
  「針のように小さなものを、棒のように大きくいっているのかもしれないがね。いずれにしても、待ってみるしか、どうしようもないんだ」「ふむ、二十一日というのは、金曜日だね。もしも、あっというような凄すご い強盗事件でも、アンドーバーの近くで起こったら、それこそ――」「ああ、そんなことなら、どんなに気楽だか――!」「気楽だって?」と、わたしは、まじまじと見つめた。そんな言葉を使うなんて、とても異常な気がした。
  「強盗は、スリルかもしれないが、気楽とはいえないよ!」と、わたしは文句をいった。
  ポワロは、力をこめて首を振った。
  「きみは、思いちがいをしているよ、きみ。きみには、わたしのいう意味がわからないんだ。強盗なら、わたしの懸念けねん も軽くなるよ。だって、わたしの心を占めているのは、もっとほかの怖おそ ろしいことなんだから」「どんな怖ろしいこと?」
  「殺人だよ」と、エルキュール?ポワロはいった。
 
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