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三 アンドーバー_ABC殺人事件(ABC谋杀案)_阿加莎·克里斯蒂作品集_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:  三 アンドーバー  わたしは、かれが受けとった差出人不明の手紙に対する、ポワロの不吉な予感を聞いた時、強い印象を受け
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  三 アンドーバー
 
  わたしは、かれが受けとった差出人不明の手紙に対する、ポワロの不吉な予感を聞いた時、強い印象を受けた。しかし、二十一日という日が実際にやって来て、スコットランド?
  ヤードの警部長のジャップが、わたしの友人を訪たず ねて来て、はじめて思い出すまで、そのことが、すっかりわたしの頭から消えてしまっていたといわなければならない。この犯罪捜査課の警部は、長年の知り合いだったので、わたしを見ると、かれは、心から懐しそうに声をかけた。
  「やあ、これはこれは」と、かれは、大声でいった。「ヘイスティングズ大尉じゃありませんか、あなたのおっしゃる蛮地とやらからお帰りになったのですね! こうして、ムッシュー?ポワロとごいっしょのあなたにお目にかかるなんて、まったく昔のようじゃありませんか。それにまた、お元気そうですね。ほんのちょっと、てっぺんが薄くなったようですかな? そうですよ、誰でもそうなるもんですよ。わたしだって、ご同様ですよ」わたしは、いささか忸怩じくじ とした。わたしは、注意深く、頭のてっぺんに髪がかかるようにブラッシをかけておいたので、ジャップのいう薄いところが、うまく誰の目にもつかないだろうと思っていたのだ。しかし、ジャップは、わたしが気づかっているほど、その点について気のきくほうではなかったから、わたしは、うわべを取り繕って、われわれは、誰だって若くなる者はないのだからと、愛想よくいった。
  「この、ムッシュー?ポワロだけは別ですよ」と、ジャップはいった。「まったく、ヘヤー?トニックのいい広告になりますよ。顔のきのこ類が、前よりもずっと見事に芽を出してきましたからね。老年になるといっしょに、脚光を浴びてきたというわけですよ。現代の有名な事件には、すべて、首を突っこんでおられます。列車事件、空の事件、社交界の殺人事件――そうですよ、ここにいられるかと思えば、あちらにいられる、いや、どこにもかしこにも顔を出しておいでです。引退してからほど、以前は有名ではなかったと思うくらいです」
  「この間もヘイスティングズ君にいったところなんだけど、わたしは、いつでも、もう一度、最後の舞台に登場するプリマ?ドンナというところですよ」と、微笑を浮かべながら、ポワロがいった。
  「ご自分の死を探偵しておわりということになっても、おかしくはありませんね」と、ジャップはいって、心からおもしろそうに、大声で笑った。「こいつは、いい思いつきだ、まったく、本に書いておくべきですね」
  「それをしなければならないのは、ヘイスティングズ君ということだな」といいながら、ポワロは、おもしろがっているような目を、ちらっと、わたしに向けた。
  「は、は! 冗談ですよ、冗談ですよ」と、ジャップも声をたてて笑った。
  そんな考えが、どうしてそんなにおもしろいのか、わたしにはわからなかった。そして、どんな場合でも、冗談なんてくだらない趣味だと、わたしは思った。かわいそうな老人、ポワロもだんだん年をとってゆくのだ。その死期が近づくことについての冗談など、かれに愉快なはずがないではないか。
  おそらく、わたしの態度に、わたしの気持ちがあらわれたのだろう。ジャップは、話題を変えた。
  「ムッシュー?ポワロが受けとった匿名の手紙のことをお聞きになりましたか?」と、かれはたずねた。
  「この間、ヘイスティングズ君に見せましたよ」と、友人はいった。
  「もちろんだが」と、わたしは叫ぶようにいった。「すっかり忘れてしまっていたよ。待ってくれよ、何日と書いてあったのだっけな?」「二十一日です」と、ジャップがいった。「だから、不意にお訪ねしたんです。きのうが二十一日でしたので、好奇心にかられて、ゆうべ、アンドーバーへ電話をしてみたんです。
  やっぱり、いたずらでしたよ。なんにも事件などなしです。ショー?ウィンドーが一つこわされたのと――子供が石を投げたんだそうです――それと、酔っぱらっての乱暴が二つです。だから、こんどだけは、われわれのベルギーの友人も、見当ちがいをなすったというわけでした」
  「それで、ほっとしました、正直なところ」と、ポワロも認めた。
  「ほんとに緊張しておられたようでしたね?」と、同情したような口振りで、ジャップはいった。「ありがたいことに、われわれは、あんなのは、毎日、何十通となく受けとるんですからね! ほかに気のきいたことをすることもなくて、頭のてっぺんの働きのすこし弱い連中が、ぽかんとすわっていると、あんなものを書くんです。べつに害をするつもりはないんです! ただ、一種の興奮状態なんですね」「それを、あんなに真剣に取りあげるなんて、まったく、わたしもばかでしたな」と、ポワロはいった。「わたしがかぎまわっていたのは、馬の巣だったというわけですね」「馬と蜂はち とをごちゃまぜにしていらしたんですよ」と、ジャップがいった。
  「なんですって?」
  「ただの諺ことわざ ですよ。さて、もう出かけなくちゃなりません。隣りの町に、ちょっと用事があったものですからね――盗品の宝石を受けとりにね。ちょっと途中でお寄りして、安心させてあげようと思ったので。灰色の細胞をむだに働かせるのは、惜しいですからね」そういって、腹いっぱいに笑い声をたてて、ジャップは出て行った。
  「人のいいジャップ、かれもたいして変わっていないだろう?」と、ポワロがたずねた。
  「ずいぶん老ふ けたね」と、わたしはいった。「あなぐまのように灰色になったね」と、仕返しでもするように、つけ加えていった。
  ポワロは、咳せき をしてから、いった。
  「ねえ、ヘイスティングズ、ちょっとした仕掛けがあるんだがね――わたしの床屋は、おそろしく器用な男でね――その仕掛けを頭の地じ にはりつけて、その上に、自分の髪の毛を撫な でつけておくと――かつらじゃないんだ、よく、おわかりだろうが――しかし――」「ポワロ」と、わたしは大声でいった。「はっきりというが、きみのけしからん床屋のいまいましい発明なんかを、どうしようとも思わないよ。わたしの頭のてっぺんが、どうかしたというのかね?」
  「なんでもない――いや、ぜんぜん、なんでもない」「わたしが禿は げてきたというつもりじゃないだろうね」「むろんさ! むろん、そんなことはないよ!」「向こうの暑い夏が、いくらか髪をうすくするのは当然だがね。ほんとうの上等なヘヤー?
  トニックを持って帰ることにするよ」
  「まったくそうだ」
  「それにしたところで、とにかく、ジャップとどういう関係があるというんだ? あの男は、いつだって、いやな、癪しゃく にさわる奴だった。それに、ユーモアのセンスもない。
  人がすわろうとしている時に、椅子いす が引っぱりのけられると、大声で笑うようなたちの男だ」
  「たいていの人間が、それには笑うだろうね」「まったくセンスのないことだ」
  「すわろうとしている人間の立場からいえば、確かに、そうだね」「そうそう」と、いくぶん機嫌きげん をなおして、わたしはいった。(髪の毛が薄いことについて、過敏になっているということは、わたしも認める)「匿名の手紙がなんでもないことになったのは、残念だったね」
  「あれは、まったく、わたしの間違いだった。あの手紙には、どうも生なま ぐさい匂にお いがしたように思ったんだがね。ところが、ただの間抜けだけだった。ああ、わたしももうろくして、なんでもないのに吠ほ えつく、めくらの番犬みたいに、疑い深くなってしまった」「わたしが協力するとしたら、なんかほかの『粋の粋なる犯罪』というのに、目をつけなくちゃいけないね」といいながら、わたしは、声をたてて笑った。
  「きみはおぼえているだろう、いつか、いったことを? もし、晩めしを注文するように、犯罪を注文できるとしたら、どんなのを、きみは選ぶね?」わたしは、かれの気まぐれにまきこまれてしまった。
  「さて、待ってくれたまえよ。まず、メニューをよく見ようじゃないか。強盗かな? 貨幣の偽造か? いやいや、こんなものじゃいけないと思うな。ちょっと精進しょうじん 料理すぎる。やっぱり、人殺しでなくちゃいけない――まっ赤か な血の出る殺人事件だ――添そ え物のついたね、もちろん」
  「むろん。オードーブルをね」
  「被害者は、誰にしよう――男か、女か? やっぱり、男がいいな。誰か大立物おおだてもの で、アメリカの百万長者とか、総理大臣とか、新聞社の社長だな。凶行の現場は――立派な、古風な図書室なんかはどうだろう? 雰囲気ふんいき として、これに越したものはないね。凶器はといえば――そう、妙な形に曲がった短刀か――でなけりゃ、なにか鈍器のようなものか――彫刻した石像とか――」
  ポワロは、大きなため息をついた。
  「でなけりゃ、もちろん」と、わたしはつづけて、「毒薬だが――しかし、こいつは、常に専門的すぎるからね。それとも、深夜にこだまするレボルバーの一撃だな。それから、若い美人が、一人か二人、いなくちゃいけないな――」「赤毛のね」と、友人は、口の中でいった。
  「お得意の古い冗談だね。美人の娘の一人には、むろん、不法な嫌疑けんぎ がかけられなくちゃいけない――そして、かの女と青年との間には、誤解がある。それから、むろん、ほかにも何人か嫌疑者がいなくちゃいけない――一人は、年のいった女だ――色の黒い、危険なタイプのね――それから、殺された男の、友人か、競争相手――それから、おとなしい秘書――思いがけない嫌疑者だ――それから、ぶっきらぼうな態度だが、心は親切な男――それから、解雇された召使いとか、猟場の番人とかなんとかいうのが幾たりか――それから、ちょっとジャップそっくりの大間抜けの探偵――それから、そう――まあ、それくらいだな」
  「それが、きみの粋の粋なるという趣向だね?」「きみは、賛成しないだろうとは思うがね」
  ポワロは、なさけなさそうに、わたしを見た。
  「きみは、これまでに書かれた、ほとんどすべての探偵小説の、ひどくすてきな梗概こうがい をつくってくれたね」
  「じゃ」と、わたしはいった。「きみなら、どんな注文をするというんだね?」ポワロは、目をとじて、ぐっと椅子によっかかった。その声は、唇くちびる の間から、いかにも悦に入っているように流れてきた。
  「ごく単純な犯罪だな。複雑なところのすこしもない犯罪だ。静かな家庭生活の犯罪……ひどく激したところのない――ごくうちわなね」「どうして、犯罪にうちわなんてことが、ありうるんだね?」「こうなんだ」と、ポワロはつぶやくように、「四人の人間がすわって、ブリッジをしていて、一人、仲間はずれになっているのが、暖炉のそばの椅子にかけているんだ。夜が更ふ けたころになって、気がついてみると、火のそばの男が死んでいる。四人のうちの一人が、ダミーで手札をさらして宣言者にやらせている間に、その男のそばへ行って殺してしまったのが、ほかの三人は、勝負に熱中していて、気がつかなかったんだ。さあ、犯罪だよ、きみ! 四人のうちの誰だ、犯人は?」
  「ふん」と、わたしはいった。「ぼくは、そんなものに、ちっとも興奮を感じないね!」ポワロは、ちらっと非難するような目を、わたしに向けた。
  「そうだ、妙な恰好に曲がった短刀もなければ、脅迫きょうはく もないし、神像の目から盗んで来たエメラルドもないし、由来のわからない東洋の毒薬もないからね。きみは、メロドラマの愛好者だね、ヘイスティングズ。きみは、一つの殺人なんかじゃなくて、つぎからつぎとつづく殺人事件の方が気に入るんだろう」「そうだ」と、わたしはうなずきながら、「本の中で、二度目の殺人が出てくると、しばしば、いろいろなことを活気づけるからね。第一章で殺人が起こって、最後のページの一つ前まで、みんなのアリバイをどこまでも追って行かなくちゃいけないなんてのは――そう、ちょっと退屈になるよ」
  その時、電話のベルが鳴ったので、ポワロは立って行った。
  「もしもし」と、かれはいった。「もしもし。そうです。エルキュール?ポワロです」かれは、一分か二分、じっと耳をすましていた。そのとき、かれの顔色の変わったのが、わたしにはわかった。
  かれの方の返事は、短かくて、きれぎれだった。
  「そうですとも……」
  「そう、もちろん……」
  「しかし、そう、行きましょう……」
  「当然だね……」
  「きみのいうとおりかもしれないね……」
  「そう、持って行こう。じゃ、じきに」
  かれは、受話器をおくと、部屋を突っ切って、わたしのそばへもどって来た。
  「ジャップからだ、ヘイスティングズ」
  「それで?」
  「警視庁へ帰ったばかりなんだが、連絡があったというんだ、アンドーバーから……」「アンドーバー?」と、わたしは、興奮して、叫ぶようにいった。
  ポワロは、ゆっくりといった。
  「アッシャーという名の、小さな煙草と新聞を売る店をやっていた老婆が、殺されたというんだ」
  わたしは、ちょっとがっかりしたような気がしたと思う。アンドーバーという声でかきたてられたわたしの興味は、いささかたじたじとなった。わたしは、なにか空想的な――なみはずれた事件を期待していたのだ! 小さな煙草店をやっていた老婆殺しなんていうのは、どうも、けちけちして、おもしろくもないような気がした。
  ポワロは、同じように、ゆっくりとした、重々しい声でつづけた。
  「アンドーバーの警察では、加害者を逮捕できると思っているらしい――」わたしは、もう一度、がっかりした。
  「女は、その夫と仲が悪かったらしい。夫というのは酒飲みで、いやな奴だったらしい。一度ならず、殺すといって、女をおどしていたというのだ」「だけど」と、ポワロは言葉をつづけて、「事件の性質から考えて、向こうの警察では、わたしが受けとった匿名の手紙を、もう一度見たいというのだ。それで、わたしは、すぐに、きみといっしょにアンドーバーに行くといっておいたのさ」わたしの気持ちは、いくらか活気づいた。とにかく、けちな犯罪のような気はするが、犯罪は犯罪だ。わたしが犯罪とか犯人とかいうものとつき合い出してから、もうかなり長いことになる。
  わたしは、ポワロがいったつぎの言葉を、ほとんど聞いていなかった。しかし、後になって、重要な意味をもって、わたしの胸によみがえってきた。
  「これが、はじまりだ」と、エルキュール?ポワロはいった。
 
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