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十四 第三の手紙_ABC殺人事件(ABC谋杀案)_阿加莎·克里斯蒂作品集_日语阅读_日语学习网

时间: 2024-10-24    作者: destoon    进入日语论坛
核心提示:十四 第三の手紙  わたしは、ABCの第三の手紙が着いた時のことを、ようくおぼえている。  ABCが再び動きはじめた時に
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十四 第三の手紙
  わたしは、ABCの第三の手紙が着いた時のことを、ようくおぼえている。
  ABCが再び動きはじめた時に、不必要なことに手間どらないように、あらゆる警戒の手が打たれていたといっていい。この家にも、スコットランド·ヤードから若い警官が一人配置されていて、もし、ポワロもわたしもいない時に届いたものは、どんなものでも開封して、時を移さず捜査本部に報告するのが、その警官の任務になっていた。
  幾日か日がたつにつれて、わたしたちは、みんな、だんだんといらいらしてきた。クローム警部のひややかで、高慢な態度は、かれが有望だとにらんだ手がかりが一つ一つ消えてゆくにつれて、ますますひややかで、高慢になってきた。ベッティ·バーナードといっしょにいるところを見たといわれる、漠然ばくぜん とした男たちの話も、なんの役にも立たないことが判明した。ベクスヒルとクーデンの付近で、人の目についたいくつかの自動車も、アリバイがあるか、でなければ、見つけることができないかどちらかで、だめだった。ABC鉄道案内を買った者の調査は、多くの無実の人たちに、迷惑と騒ぎとをもたらしただけだった。
  わたしたちはというと、郵便配達の聞きなれた、かたっという音を戸口に聞くと、不安から、とたんに心臓の動悸どうき が早くなるというありさまだった。すくなくとも、わたしは、そうだった。それで、ポワロも同じ気持ちを味わっていると思わないわけにはいかなかった。
  かれがこの事件について深く苦慮しているのを、わたしは知っていた。かれは、いざという場合、その場にいられるようにというので、ロンドンを離れようともしなかった。この夏の暑い盛りの何日かの間、かれの自慢の口ひげさえ、だらんと垂れ下がってしまった――はじめて、そのひげは持ち主に無視されてしまったのだ。
  ABCの三番目の手紙が来たのは、金曜日だった。十時ごろに、夜の配達が着いた。
  聞きなれた足音と、威勢のいい、かたっという音を耳にすると、わたしは立ちあがって、郵便受けのところへ飛んで行った。四、五通の手紙があったようにおぼえている。一番最後に見たのが、活字体で宛名あてな が書いてあった。
  「ポワロ」と、わたしは、叫ぶようにしていった……わたしの声は、後が消えた。
  「来たんだろう? あけたまえ、へイスティングズ。急いで。一瞬も大事だぞ。計画も立てなくちゃならん」わたしは、封筒をひき破って(ポワロも、この時ばかりは、わたしの乱暴さをとがめなかった)、活字体で書いた紙片をぬき出した。
  「読んでください」と、ポワロがいった。
  わたしは、声を大きくして読みあげた。
  あわれなポワロ氏よ――このささやかな犯罪事件は、きみが思ったほどには、うまくいかないようだね? それとも、おそらく、きみの全盛は、もうすぎてしまった の だ ろ うか? こんどこそ、もっと腕のすごいところを見せてもらいたいものだね。こんどのは、やさしいやつだ。所はチャーストン、日は三十日だ。ひとつ、やってくれたまえ! どうも、いつも独ひと り相撲ずもう では、いささかやりきれんからね!
  ご健闘を祈る。草々
  A·B·C
  「チャーストンだ」といいながら、わたしは、自分のABC鉄道案内に飛びついた。「いったい、どこなんだ」「へイスティングズ」ポワロの声が鋭くひびいて、わたしをさえぎった。「いつ書 い た手紙だ? 日付があるかい?」わたしは、ちらっと、手の中の手紙を見た。
  「二十七日に書いたものだ」と、わたしはいった。
  「間違いないだろうね、へイスティングズ? かれの指定した殺人の日は、三十日だったろう?」「そうだよ。ちょっと待ってくれ、ええと――」「なんてことだ、ヘイスティングズ――わからないのか? きょうが三十日だよ」かれの表情たっぷりな手が、壁のカレンダーをさした。わたしは、新聞を取りあげて、それを確かめてみた。
  「だけど、なんだって――どうして――」と、わたしは、どもった。
  ポワロは、床ゆか からやぶれた封筒をひろいあげた。なにか、宛名がいつものとは違っているという気が、漠然とは胸にしたのだが、なにしろ、早く手紙の内容が知りたかったので、ちらっとしかその方に注意をはらわなかったのだ。
  その時、ポワロは、ホワイトヘーブン荘に住んでいた。ところが、手紙の宛名は、ホワイトホース荘、エルキュール·ポワロ様となっていて、隅すみ の方になぐり書きで、「ホワイトホース荘にも、ホワイトホース通りにも、名宛人なし――ホワイトヘーブン荘を問い合わせのこと。東中央第一局」と書いてあった。
  「なんてことだ!」と、ポワロは、口の中でいった。「機会までが、この気ちがいに味方するというのか? 早く――早く――スコットランド·ヤードに知らせなくちゃ」一、二分の後、わたしたちは、クローム警部と電話で話していた。こんどというこんどは、あの自制心の強い警部も、「はあ、そうですか?」とはいわなかった。それどころか、早口の、息をつめたような呪のろ いの言葉が、かれの唇くちびる をついて出た。かれは、わたしたちの話を聞いてしまうと、できるだけ早く、チャーストンに連絡をつけるために、電話を切ってしまった。
  「遅すぎた」と、ポワロが口の中でいった。
  「そうともいえないさ」と、たいした望みもなしに、わたしはいいはった。
  かれは、ちらっと置時計を見た。
  「十時二十分すぎだね? あと一時間四十分しかない。ABCが、そんなに長く手をひかえているだろうか?」わたしは、棚から取り出していた鉄道案内を開いた。
  「チャーストン、デボンシャーと」と、わたしは、読んでいった。「パディントンから二〇四マイル四分の三。人口五四四。かなり小さなところらしいね。これなら、きっと犯人も人目につかずにはいないだろう」「それにしても、もう一つ生命が奪われてしまうわけだ」と、ポワロは、口の中でいった。
  「汽車は、どうだ? 汽車の方が自動車よりは早いだろうね」「夜行列車がある――ニュートン·アボット行の寝台車で――六時八分、ニュートン·アボット着、チャーストンには、七時十五分だ」「パディントン発だね?」「そう、パディントンだ」
  「それに乗ろう、へイスティングズ」
  「たつまでに、報告は来ないだろうな」
  「悪い知らせを、今晩聞いたって、あすの朝聞いたって、どうということもないだろう?」「それもそうだな」わたしが身のまわりの品をスーツ·ケースにつめている間に、ポワロは、もう一度、スコットランド·ヤードに電話をしていた。
  二、三分して、寝室へもどってきたかれは、とがめるような口振りでたずねた。
  「いったい、なにをしているんです?」
  「きみの物を詰めてやっているんじゃないか。時間が節約できると思ったんでね」「だいぶあがってるようだね、へイスティングズ。手もどうかしているし、頭もどうかしているね。コートをたたむのに、そんなふうにするものかね? それに、わたしのパジャマをどんなにしてしまったか、見てごらんよ。髪洗いの瓶びん がわれたら、どういうことになると思う?」「冗談じゃないよ、ポワロ」と、わたしは叫ぶように、「生きるか死ぬかの問題じゃないか。衣類なんか、どうなったって、どうだというのさ?」「あんたには、物事の割り振りという観念がないんだね、ヘイスティングズ。われわれは、汽車が出る時間より早く行ったって、それに乗るわけにはいかないんだよ。それに、衣類をめちゃめちゃにしてみたところで、人殺しが防げるというわけでもないからね」わたしの手から断乎だんこ としてスーツ·ケースを取りあげると、かれは、自分の手で詰めはじめた。
  かれは、手紙と封筒とをパディントンまで、持って行くことになっているといった。スコットランド·ヤードからの人間が、そこで会うことになっていたからだ。
  わたしたちがプラットフォームに着いて、最初に会った人間は、クローム警部だった。
  かれは、ポワロのもの問いたげな目にこたえて、いった。
  「まだ、なんの情報もありません。出動できる人間はすべて、警戒についています。Cではじまる名前の人にはみんな、できる限り電話で警告を発しました。まだ見込みはあります。
  手紙はお持ちですか?」
  ポワロは、手紙をわたした。
  かれは、それを見ながら、口の中で呪いの言葉をつぶやいた。
  「悪運の強い奴だ。星まわりまでが、奴についてやがる」「どうでしょう」と、わたしが気を引くように、「ことさら、そうしたとは思いませんか?」クロームは、首を横に振って、
  「そうじゃないでしょう。奴は、自分の主義を持っているんです――ばかげた主義ですがね――そいつを固守しているんです。公正な予告です。奴は、その点を強調するんです。奴の誇りは、そこから生まれてきているんです。そうか――間違いなし、奴さんは、ホワイトホースを飲んでいるんだな」「ああ、そりゃ、すばらしい思いつきだ」と、思わず賞讚の気持ちにかられて、ポワロがいった。「かれが活字体で手紙を書いていると、その前に、ウィスキーの瓶があるというわけだ」「そうなんですよ」と、クロームがいった。「われわれも、ちょいちょい、同じようなことをやってますよ。思わず目の前にあるものを写してしまってるなんてことがね。奴さん、ホワイトまで書いたところで、うっかりして、ホースとやっちまったんですね、へーブンとつづけるところを……」警部も、汽車で出かけるところだということに気がついた。
  「かりに、信じられないような幸運のために、なにもなかったとしても、チャーストンは、選ばれたところですからね。犯人は、そこにいるか、いないとしても、きょうは、いたんですからね。なにか事があれば、ぎりぎりの時間までにでも、部下の一人がここに電話をかけてくることになっています」ちょうど列車が駅を離れようとする時、一人の男がプラットフォームを走って来るのが目についた。その男は、警部の窓のところに来て、なにかいっていた。
  列車が駅を出てしまうと、ポワロとわたしとは、急いで通路をぬけて、警部の寝台の戸をたたいた。
  「知らせが来た――でしょう?」と、ポワロがきいた。
  「きわめて悪い報告です。カーマイケル·クラーク卿きょう が頭をなぐられて、死んでいるのが発見されたのです」カーマイケル·クラーク卿というのは、一般には、あまり知られていない名前だが、かなり著名な人物で、かつては、非常に有名な咽喉科いんこうか の専門家であった。財産を残して職業をやめてから、生涯の大きな情熱の一つであった――中国陶器や磁器の蒐集しゅうしゅう に、ふけっていた。数年して、伯父おじ からかなりな遺産を受けてからは、完全に、その情熱に没頭できるようになって、いまでは、中国美術品の著名なコレクションの持ち主となっていた。かれは、結婚していたが、子供はいなかった。デボン海岸の近くに、自分で建てた家に住んでいて、ごくまれに、珍品の売り物がある時だけ、ロンドンに出て来るくらいのものだった。
  若い、美人のべッティ·バーナードのつぎに起こった、この人の死が、何年ぶりかのすばらしい新聞の記事になるだろうということは、かれこれ疑う余地もなかった。八月で、新聞が材料に困っている時なので、いっそう大げさなことになりそうだった。
  「それならそれで」と、ポワロがいった。「個人が努力してやりそこなったことを、大衆の力がかわってやってくれることになるというものですよ。こんどは、国じゅうがABCを捜してくれるでしょう」「残念ながら」と、わたしがいった。「それが、あいつの思う壺なんだ」「そのとおり。しかし、同時に、それがあの男の破滅のもとになるんでしょうよ。成功に有頂うちょう 天てん になって、軽率になる……それが、わたしのつけ目ですよ――あの男が自分の頭のよさに酔いしれてくれるのがね」「まったく、おかしなことじゃないか、ポワロ」と、不意にある考えが浮かんで、わたしは、大声でいった。「ねえ、こういう犯罪で、きみとぼくとがいっしょに手がけるのは、これがはじめてだね? いままで、われわれが扱った殺人事件は――そう、いわば、個人的な殺人というやつだったね」「まったくそのとおりですね、あなた。いつも、いままでは、内側からとりかかるというめぐり会わせになっていました。重要なのは、被害者の経歴で、主要な点は、『その死によって、利益を受けるのは、誰か? かれのまわりにいる人間が、その犯罪を犯すだけの、どんな機会を持っていたか?』ということでしたね。いつも、『内部的犯罪』というやつだった。ところが、こんどのは、わたしたちがいっしょに仕事をするようになってから、はじめてぶつかった、冷酷無惨むざん な、個人問題とは関係のない殺人。外側からの殺人事件ですよ」わたしは、ぞっと身ぶるいがした。
  「おそろしいというよりも……」
  「そうです。そもそものはじめ、最初の手紙を読んだ時から、わたしは、気になったんです、なにかある、調子の狂った――不幸な出来事があると……」かれは、いらだたしそうな身振りをして、「神経に負けてはいけない……これが普通の犯罪より悪いということはない……」「だって……だって……」「じゃ、見ず知らずの他人の命を奪う方が悪いというのですか、身近かな親しい人間――信頼して、信用している人間の命を奪うよりも?」「ずっと悪いさ、狂的なんだから……」「ちがうよ、へイスティングズ。より悪いということはありませんよ。ただ、いっそうむずかしいというだけですよ」「いや、いや、わたしは、きみの説には不賛成だね。非常におそるべきですよ」エルキュール·ポワロは、つくづくといった。
  「気ちがいだというのなら、見つけるのはやさしいはずですよ。利口な、正気の人間の犯した犯罪の方が、はるかにこみいっているにちがいありませんよ。ここで、この観念ヽヽ をつかむことさえできれば……このアルファベット事件には、いろいろと食いちがったところがあるんです。その観念ヽヽ がわかりさえすれば――そうすれば、なにもかもいっさいが、明瞭めいりょう で、単純になるのですが……」かれは、大きな息をついて、首を振った。
  「この犯罪は、どうしてもつづけさせてはいかん。すぐに、すぐに、真相を見つけなければいけない……さあ、ヘイスティングズ、寝るとしましょう。あすは、たくさん、することがあるんですから」
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