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二十八 (この部分はヘイスティングズ大尉の手記ではない)

时间: 2024-04-23    进入日语论坛
核心提示:  二十八 (この部分はヘイスティングズ大尉の手記ではない)  クローム警部は、ロンドン警視庁の、自分の部屋にいた。  
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  二十八 (この部分はヘイスティングズ大尉の手記ではない)
  クローム警部は、ロンドン警視庁の、自分の部屋にいた。
  机の上の電話が、用心深い音をたてたので、かれは、受話器を取りあげた。
  「ジェーコブスです。若い男が一人来ておりますが、どうもその話をお聞きになっておいた方がいいと思いますので」クローム警部は、ため息をついた。一日平均二十人ぐらいの人間が、ABC事件について、いわゆる重要な情報というのを持ってあらわれて来るのだった。そのうちのある者は、害のない精神病者だったし、またある者は、善意の人たちで、ほんとうに自分の情報が価値あるものだと信じこんでいた。ジェーコブス巡査の役目は、人間のふるいとして――あんまりひどいのは、自分の手もとで裁いてしまって、選り残したものだけ上官の方へまわしてよこすのだった。
  「よし、ジェーコブス」と、クロームはいった。「その男をよこしてくれ」しばらくすると、警部の部屋のドアをたたく音がして、ジェーコブス巡査が、背の高い、かなり美貌びぼう の青年を連れて、はいって来た。
  「トム·ハーティガンさんです。ABC事件について、なにか関係のあることをお話したいのだそうです」警部は、愛想よく立ちあがって、握手をした。
  「こんにちは、ハーティガンさん。おかけになりませんか? 煙草は? シガレットはいかがです?」トム·ハーティガンは、不器用に腰をおろして、自分ひとりで「おえら方の一人」と思いこんでいた人に、いくぶんおずおずとした目をあてた。どこといって取り立ててはいえないが、警部の風采ふうさい が、かれをがっかりさせた。警部だなんていったって、ちっとも普通の人間と変わりゃしないじゃないか!
  「さあ、それでは」と、クロームがいった。「事件に関係があると思っておいでになることを、お話しになりたいというわけですね。どうぞ、はじめてください」トムは、神経質に話しはじめた。
  「もちろん、なんでもないのかもしれません。ただ、わたしがふっと思いついただけなんです。もしかすると、あなたの貴重なお時間をむだにするだけかもしれませんが」もう一度、警部は、それとわからぬくらいにため息をついた。人々を安心させるために、なんとおびただしい時間を空費しなければならないのだろう!
  「その点は、わたしどもがよく判断します。とにかく事実をうかがいましょう、ハーティガンさん」「承知しました。実は、こうなんです。わたしは、ある若い婦人を知っているのですが、その人の母親が、部屋を貸しているのです。カムデン·タウン上通りです。二階の奥の部屋は、もう一年以上も、カストという人に貸しています」「カスト――ですね?」「そうです。中年の、ぼんやりした、低能じゃないかと思うような人で――ちょっと、落ちぶれた、と、いった方がいいでしょうね。蠅も殺せないような人というんでしょうかね――ちょっとおかしなことさえなかったら、変だなんて全然夢にも考えなかったろうと思うんです」ちょっとしどろもどろになった様子で、一、二度、同じことを繰り返して、トムは、カスト氏とユーストン駅で出会ったことや、カスト氏が切符を落としたことなどを話した。
  「それで、あなたは、どうお思いになるかわかりませんが、どうもおかしいような気がするんです。リリー、というのが、わたしの知っている若い婦人ですが――リリーは、確かに、かれが行くといっていたのはチェルテナムだと、きっぱりいいますし、母親の方も、そうだというのです――かれが出かける朝、はっきりそういっていたのを、おぼえているというのです。もちろん、その時は、わたしも、そのことにたいして注意を払わなかったのです。リリーは――わたしの知り合いの若い婦人は、ドンカスターなんかに行って、そのABCの奴と間違えてつかまらなければいいが、なんていってたものなんです――それからまた、それは、むしろ偶然の一致だというのは、この前の事件の時にも、チャーストンの方へ行ってたんだからというんです。それで、笑ったようにして、その前の時には、ベクスヒルにいたのじゃないのかと、わたしがたずねると、どこへ行っていたのか知らないが、海岸に行っていたことだけは――ようく知っていると、かの女がいうんです。それで、もしも、あの人がABCその人だったら、おかしなものだろうなと、わたしがかの女にいうと、かわいそうなカストさんには、蠅一匹だって殺せやしないわと、かの女はいったんです――その時は、それだけだったんです。それっきり、そのことを、わたしたちは考えもしなかったんです。でも、すくなくとも、なんとなく気にはかかっていたんです、心の底では。ただ、このカストっていう男は、結局は、見たとおり無害だが、すこし頭が変なんじゃないかという気がし出していたんです」トムは、一息ついてから、話をつづけた。クローム警部も、いまは、一心に耳をかたむけていた。
  「そのうちに、ドンカスターの殺人事件の後で、どの新聞にも、A·B·ケースとか、カッシュという人物について、知っている者があれば、すぐに報告するようにという記事が出たのですが、その書いてある人相が、ぴったりあてはまるんです。それで、最初の非番の夜、リリーのところへ飛んで行って、かの女のところにいるカスト氏の頭文字は、なんというのかと聞いたんです。はじめ、かの女は思い出せなかったのですが、母親がおぼえていまして、確かにA·Bだというんです。それから、わたしたちは額を集めて、最初のアンドーバーの殺人事件のあった時に、カスト氏が出かけていたかどうか、考え出してみようとしたのです。ところが、ご存じのように、三か月も前のことでしょう、なかなか思い出すのが容易なことじゃないんです。なかなか大仕事でしたけど、とうとうわかりました。それというのが、マーベリー夫人に弟さんがあったのですが、その人が、六月の二十一日に、カナダから会いにやって来たことがあるからなんです。それというのも、その人が思いもかけずにやって来たようなわけで、ベッドの支度をしなければということになったところが、リリーが、カストさんがいないんだから、バート·マーベリーは、そこに寝ればいいといったんです。ところが、それでは、下宿人に対していいことだとはいえないし、いつも正直に、きちんとするのが好きなんだからというわけで、どうしてもマーベリー夫人が聞き入れようとしなかったというんです。でも、バート·マーベリーの船がサザンプトンに入港したのが、その日でしたから、日付の方は、はっきりしたわけなんです」クローム警部は、注意深く耳をかたむけながら、時々ノートに書きとめていた。
  「それで全部ですね?」と、かれはたずねた。
  「それで全部です。なんでもないことばかり申しあげたと、どうぞ思わないでいただきたいんですが」トムは、かすかに頬を染めた。
  「とんでもない。来ていただいて、ほんとに結構でした。もちろん、ごく小さな証言で――日付の方は、たんなる偶然の一致かもしれませんし、名前の似ているということも、そうかもしれません。しかし、お話のカスト氏には、確かに会ってみる必要がありますね。いま、家にいますか?」「ええ」
  「いつ、もどって来たのです?」
  「ドンカスターの殺人の日の夕方でした」
  「それ以来、どうしていました?」
  「たいていは、家にいたようです。様子がとてもおかしいと、マーベリー夫人もいっています。むやみに新聞を買いこんで――朝早く出かけて、朝刊を買って来るかと思うと、暗くなってから出かけて行って、夕刊を買って来るんだそうです。マーベリー夫人の話では、むやみにひとり言ばかりいっているということで、だんだん、おかしくなってくるように思うといっていました」「そのマーベリー夫人の住所は、どこですか?」トムは、それを教えた。
  「どうもありがとう。たぶん、きょうじゅうに行けるでしょう。それから、こんなことは念を押すまでもないことですが、そのカストという男に会っても気け どられないように、よくあなたの態度に気をつけてください」かれは、立ちあがって、握手をして、
  「あなたは、ここへいらして、正しいことをなすったのですから、いささかもご心配なさることはないのですよ。では、さようなら、ハーティガンさん」「いかがでした?」と、しばらくたってから、ジェーコブスがもどって来て、いった。「役に立ちそうですか?」「有望だよ」と、クローム警部がいった。「ということは、もしも、事実が、あの小僧のいうとおりならば、だ。まだ、靴下製造業者の方も、うまくいかんが、もうそろそろ、なんかつかんでもいい時だ。ところで、そのチャーストン事件のとじこみをよこしてくれ」かれは、しばらく、なにかを捜していた。
  「ああ、これだ。トーケイの警察でとった供述書の中にあるのだが、ヒルという名の若者が、『一羽の雀も』という映画を見て、トーケイ劇場を出ようとしたとたんに、変な素振りの男を見たというんだ。その男がひとり言をいっていたというのだがね。『こりゃ、いい考えだ』っていうのを、ヒルは聞いたというのだ。『一羽の雀も』っていうのは――ドンカスターのリーガンでやっていたのも、その映画だね?」「そうです」「なんか、そこにありそうだね。その時には、なんにもなかったのだ――が、ふっとその時、つぎの犯罪に対する方法が、奴の頭に浮かんだということも考えられるわけだ。ヒルの名前と住所とは控えてあるな。かれの供述の人相は、漠然ばくぜん としているが、しかし、メアリー·ストラウドや、このトム·ハーティガンの供述の人相と、かなり共通のところがある……」かれは、考え考えうなずいて、
  「だいぶ熱くなってきたぞ」と、クローム警部はいった――が、これは、あまり正確だとはいえなかった。というのは、かれは、いつでも、ちょっと寒がりだったからだ。
  「なにかご指示は?」
  「二人ほどやって、このカムデン·タウンの家を監視させてくれ。しかし、相手をおびえさせたくはないんだ。副総監と話してみなくちゃならんからね。その後で、カストをここへ引っ張って来て、泥どろ を吐くかどうか、やってみた方がいいかと思うんだ。すぐに吐いてしまいそうな気もするがね」表へ出たトム·ハーティガンは、テームズ河の堤防のところで、待っていたリリー·マーベリーといっしょになった。
  「うまくいって、トム?」
  トムは、うなずいた。
  「じかに、クローム警部に会ったよ。この事件の担当の人さ」「どんな人?」「ちょっと物静かな、気取り屋で――ぼくの考えているような探偵じゃないや」「じゃあ、トレンチャード卿きょう のような人なんでしょう」と、リリーは、尊敬の念をこめて、いった。「ああいう人たちってものは、いつでもどっしりと威張っているものよ。
  で、なんといって?」
  トムは、会見の模様を、ざっとかいつまんで、かの女に話して聞かせた。
  「じゃ、ほんとにあの人だと思ってるのね?」「そうかもしれないっていうんだ。とにかく、やって来て、一つ二つ、聞いてみるそうだ」「かわいそうなカストさん」「かわいそうなカストさんなんていうのは、よくないよ。もし、あの人がABCなら、おそろしい殺人を四つも犯したのだからな」リリーは、ため息をついて、首を振った。
  「おそろしいわね」と、かの女は、しみじみといった。
  「さあ、ところで、どっかへ行って、昼食を食べることにしようよ、きみ。もし、ぼくたちの考えたとおりなら、ぼくの名前が新聞に出るんだぜ!」「あら、トム、ほんと?」「おそらくね。それから、きみのもだ。それから、きみのお母さんのもだ。それから、みんなの写真も出るかもしれないと、ぼくは思うな」「まあ、トム」リリーは、うっとりとなって、かれの腕をぎゅっと締めつけた。
  「それはそうと、コーナー·ハウスでめしを食うのは、どうだい?」リリーは、もっと締めつけた。
  「じゃ、行こう!」
  「いいわ――でも、ちょっと待って。駅から電話をかけなくちゃいけないの」「誰に?」「会う約束の女の友だち」かの女は、道路を突っ切って行ったが、しばらくすると、ちょっと上気した顔つきで、かれのところへもどって来た。
  「さあ、それじゃ、トム」かの女は、腕をかれの腕の中に、さっと入れた。
  「もっと、スコットランド·ヤードのことを話してよ。ほかの人には、会わなかったの?」「ほかの人って誰さ?」「ベルギー人の紳士よ。ABCが、いつも手紙を出している人よ」「いや。あの人は、いなかったよ」「ねえ、みんな話してよ。あんたが中へはいって行った時、どうだったの? 誰に、あんたが話しかけて、あんた、なんていったの?」カスト氏は、おそろしく静かに、受話器を元へもどした。
  かれが振り向くと、マーベリー夫人が、見るからに全身これ好奇心という様子で、部屋の戸口に立っていた。
  「あなたにお電話なんて、あんまりないことですわね、カストさん」「いえ――ええ――そう、マーベリーの奥さん、あんまりないことですね」「悪い知らせじゃないんでしょうね?」「いえ――いえ」なんてしつこいんだろう、女なんて。かれの目が、自分の持っていた新聞の記事にとまった。
  出産――結婚――死亡……
  「妹が男の子を生んだというんです」と、かれは、口をすべらした。
  「あら、まあ! いま――それはそれは、ようござんしたこと。(『そのくせ、この二年間に、一度だって、妹のことなんかいったこともなかったのに』と、かの女は、内心で思った。『男のようじゃありゃしないわ!』)わたし、ほんとにびっくりしましたわよ、だって、女の人がカストさんにお話したいというんですものね、ほんとですよ。はじめは、うちのリリーの声かと思ったんですよ――ちょっと、あの子の声に似ていたもんですからね――でも、おわかりでしょう、ちょっと気取ったようで――高く、空へでもあがって行くみたいでね。でもまあ、カストさん、おめでとうございます、ほんとに、はじめての甥おい ごさん、それとも、ほかにもおちいさい甥か姪めい がおありですの?」「たった一人です」と、カスト氏はいった。「後にも、先にも、たった一人です。それで――ええと――すぐに、行ってやらなくちゃいけないと思うんです。みんな――みんな、わたしに来てくれといっているんです。わたし――わたしは、急いで行けば、汽車に乗れると思うんです」「長いこと、行っておいでですか、カストさん?」と、かれが階段を駆けあがって行く後から、マーベリー夫人は、声をかけた。
  「ああ、いや――二、三日――だけです」
  かれは、寝室に姿を消した。マーベリー夫人は、台所に引っこんで、涙っぽく、「かわいいちびさん」のことを考えていた。
  かの女の良心が、不意に痛みはじめた。
  ゆうべ、トムやリリーとみんなして、日付をあさり返したりして! カストさんの頭文字がそうだからって、一つ二つ符合していることがあるからって、カストさんが、あの恐ろしい怪物のABCじゃないかと確かめようとしたりして。
  「あの子たちだって、きっと本気じゃなかったんだわ」と、かの女は、気安めに考えた。
  「きっと、いまごろは、自分で自分が恥ずかしくなっているわ」なんだか、はっきりとよくわけはいえなかったが、妹さんが子供を生んだというカストさんの言葉は、マーベリー夫人が下宿人の誠実さに対して抱いた疑念を、すっかり取り払ってしまった。
  「妹さんがあんまり苦しまずにすんだのならいいんだけどね、かわいそうに」と、マーベリー夫人は思いながら、リリーの絹のスリップにアイロンをかけようとして、頬ほお のそばへアイロンを持って行って、熱さをためしていた。
  かの女の思いは、もう昔のことになってしまったお産の経過を、のんきに辿たど っていた。
  カスト氏は、鞄かばん を手にして、そっと階段を降りて来た。その目は、一瞬、電話器にとまった。
  あの時の短かい会話が、もう一度、頭の中で響き渡った。
  「あなたですか、カストさん? あたし、あなたにお知らせした方がいいと思ったんですの、スコットランド·ヤードの警部が、あなたに会いに行くそうですの……」なんと、おれは、いったんだったかな? どうも思い出すことができない。
  「ありがとう――ありがとう、あなた……どうもご親切に……」なんだか、そんなようにいったっけ。
  どうして、かの女は、電話をかけてくれたのだろう? はっきり、わかったのだろうか? それとも、警部の訪問のために、いるかどうか、確かめようとしたのだろうか?
  だが、どうして、警部が来るということがわかったのだろう?
  それに、かの女の声だ――かの女は、母親にもわからないように、声を変えていた……どうやら――どうやら――かの女は知っていたらしい……だが、ほんとに知っていたとしても、まさか……しかし、かの女かもしれないぞ。女というものは、まったくおかしなものだからな。思いもかけないほど残酷かと思えば、思いもかけないほど親切だったりな。一度、リリーが、鼠捕ねずみと りから鼠を逃がしてやるのを見たことがあったな。
  親切な娘……
  親切で、きれいな娘……
  かれは、傘かさ や外套がいとう のかかっている、玄関のスタンドのそばで立ちどまった。
  どうしよう――?
  かたという、台所でのかすかな物音が、かれに心をきめさせた……そうだ、時間がなかったのだ……マーベリー夫人が出てくるかもしれない……
  かれは、玄関のドアをあけ、外へ出て、うしろをしめた……どこへ……?
 
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