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二十九 ロンドン警視庁にて

时间: 2024-04-23    进入日语论坛
核心提示:  二十九 ロンドン警視庁にて  また会議だ。  副総監と、クローム警部と、ポワロと、わたしと。  副総監が、こういった
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  二十九 ロンドン警視庁にて
  また会議だ。
  副総監と、クローム警部と、ポワロと、わたしと。
  副総監が、こういった。
  「いい勘でしたな、あなたの勘は、ポワロさん、靴下の大きな売り先を調査しろというのは」ポワロは、両手をひろげて、
  「頭の中で、そう指していただけなんです。この男は、正規の代理商のはずはないのですから。注文を取るのじゃなくて、即売していたのですね」「そこまで、いっさいはっきりしているのかね、警部?」「そう思います」クロームは、とじこみを調べて、「日付順に地名をあげましょうか?」「そうだね、あげてもらおう」「チャーストン、ペイントン、およびトーケイについては、調査ずみであります。かれが靴下を売りに行った人々のリストも、できあがっています。なかなか、ことを徹底的にやっていたと、いわなければならないようです。トール駅のそばの、ピットという小さな旅館に泊まって、殺人事件の夜は、十時三十分に旅館にもどっています。チャーストン発十時五分の列車に乗って、十時十五分ペイントン着というわけです。車中でも駅でも、かれらしい人間を見かけたという人はありません。しかし、その日は木曜日で、ダートマスのボート·レースがあったものですから、キングズウェアからの列車は、かなりいっぱいだったのです。
  ベクスヒルの場合も、ほとんど同様です。本名で、グローブに宿泊しています。十二軒ほどの家に靴下を売りに歩いています。その中には、バーナード夫人もはいっていますし、『ジンジャー·キャット』もはいっています。夕方早く、宿を引きあげて、つぎの朝の十一時三十分ごろ、ロンドンに帰って来ております。アンドーバーの場合も、同じような手順で、フェザーズに泊まって、アッシャー夫人の隣家のファウラー夫人ほか、町内で六軒ぐらいに、靴下を売り歩いています。アッシャー夫人が買い入れた一足を、その姪(名前はドローワーです)から、手に入れましたが――それは、カストの扱っているものと同じ製品です」「そこまでは、よろしい」と、副総監がいった。
  「以上の情報にもとづきまして」と、警部は、言葉をついで、「わたしは、ハーティガンから聞き出した下宿へ行ってみましたが、カストは、約三十分ほど前に、家を出てしまった後でした。かれは、電話の連絡を受けたということです。こういうことは、かれにははじめてのことだと、家主のかみさんが申しておりました」「共犯かな?」と、副総監がいった。
  「さあ、どうでしょう」と、ポワロがいった。「おかしいですね――それとも――」かれが言葉をきったので、わたしたちみんなは、物問いたげに、かれに目を向けた。
  しかし、かれは、首を振っただけで、また警部が話をつづけた。
  「わたしは、かれが住んでいた部屋を、くまなく調べてみました。その捜査によって、もう疑いの余地はなくなりました。例の手紙に使用したのと同一の便箋びんせん が一冊と、多量の靴下とを見つけました――それから、靴下をしまってあった戸棚とだな の奥に――形も大きさもまったく同じような包みが一つありましたが、中身は――靴下ではなくて――新しいABC鉄道案内が八冊もはいっていました!」「確証だな」と、副総監がいった。
  「ほかにも、いろいろと発見しました」と、警部はいった――その声は、意気揚々として、急に人間らしくなってきた。「ただ、けさ、発見したばかりで、まだご報告する時間がありませんでした。かれの部屋には、ナイフの影も形もなかったのです――」「そんな物を持って帰るなんて、ばかのすることでしょう」と、ポワロがいった。
  「結局、かれは、理性のある人間じゃないということなんですね」と、警部が批評をするように述べた。「とにかく、おそらく、かれは、それを家へ持って帰ったのだろうが、(ポワロさんが指摘なすったように)自分の部屋に隠すのは危険だと感じて、どこかほかに隠したのかもしれないという気が、ふっと、わたしには浮かんだのです。家の中で、かれが選びそうなところはどこだろう? そう思うと、すぐに、ぴんときました。玄関の傘立てです――玄間の傘立てを動かした人間の話は聞いたこともありませんからね。それで、さんざん苦労のあげく、壁から動かしてみると――やっぱりありました!」「ナイフが?」「ナイフです。疑う余地はありません。乾いた血が、こびりついているんです」「よくやった、クローム」と、副総監は、満足そうにいった。「後は、もう一ついるだけだ」「なんですか、それは?」
  「その男だよ」
  「われわれで捕えます。絶対にご心配はご無用です」警部の口振りは、自信満々だった。
  「いかがですか、ポワロさん?」
  ポワロは、夢からさめたように、はっとした。
  「なんでしょうか?」
  「犯人を捕えるのは、ただ時間の問題だ、といっていたんです。そうでしょう?」「ああ、そのことですか――そうですね。疑いはないでしょう」かれの口振りは、いかにも放心したようだったので、ほかの人々は、珍らしそうに、かれを見つめた。
  「なにか、工合の悪いことでもおありですか、ポワロさん?」「ひどく気にかかることがあるんです。それは、なぜか? ということです。動機は、なにかということです」「しかし、あなた、その男は、気ちがいなんですよ」と、副総監は、じれったそうにいった。
  「ポワロさんのおっしゃることも、よくわかります」と、親切にも助け舟を出すように、クロームがいった。「まったくおっしゃるとおりです。なにか、はっきりとした、取りついて離れない観念があるにちがいないのです。わたしは、この事件の本質は、強度な劣等感の中に、見出されると思います。被害妄想もうそう もあるかもしれません。もしそうだとすると、かれは、あるいは、ポワロさんとそれとを結びつけて考えているかもしれません。ポワロさんのことを、自分を迫害するために雇われている探偵だという妄想を、かれは、抱いているのかもしれませんね」「ふむ」と、副総監はいった。「そりゃ、このごろはやりのたわごとだ。昔は、気ちがいは、あくまでも気ちがいであって、科学用語などを捜しまわって、やわらげなかったものだ。すっかり当世流の医者などは、ABCのような人間を療養所に入れて、四十五日もすれば立派な人間になったといって、社会の責任ある一員として、出してやりかねないと、わたしは思うね」ポワロは、にっこり笑いを浮かべたが、返事はしなかった。
  会議は、打ち切りになった。
  「では」と、副総監はいった。「きみのいうとおり、クローム、かれを逮捕するのは、時間の問題というだけだね」「もうとっくに、かれを逮捕していたはずなんです」と、警部は、「ただ、かれが常人と同じ様子だものですから。われわれも、ずいぶん罪のない市民にいやな思いをさせましたからね」「いったい、奴は、いまどこにいるのだろう?」と、副総監がいった。
 
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