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三十二 そして狐を捕えろ

时间: 2024-04-23    进入日语论坛
核心提示:  三十二 そして狐を捕えろ  それから二、三日の間、ポワロは、非常にいそがしい様子だった。どこともなく、謎なぞのように
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  三十二 そして狐を捕えろ
  それから二、三日の間、ポワロは、非常にいそがしい様子だった。どこともなく、謎なぞのようにいなくなってしまうかと思うと、ほとんど話もせず、ひとりで顔ばかりしかめていた。その上、かれの言葉によれば、わたしが過去において示した明敏さに対して、わたしの当然の好奇心をさえ、かたくなに満足さしてはくれなかった。
  わたしは、かれの謎のような出入りについて、いっしょに行かないかと誘われもしなかった――この事実を、わたしは、いささかうらめしく思っていた。
  ところが、その週もおわりかけたころになって、かれは、ベクスヒルとその近辺へ行くつもりだからといって、わたしにもいっしょに行かないかといい出した。いうまでもなく、わたしは、喜んで承知した。
  この誘いを受けたのは、わたし一人だけではなかったということがわかった。わが特別部隊のメンバーたちも誘いを受けていたのだ。
  かれらも、わたしと同じように、ポワロの芝居に引っかかったのだ。しかし、その日のおわりごろには、すくなくともポワロの考えが、どの方向に向かっているのか、大体の見当だけはついた。
  かれは、まずバーナード夫妻を訪たず ねて、夫人から、カスト氏がかの女を訪ねた時間や、かれがいった言葉などを、正確に聞いた。それから、カストの泊っていたホテルへ行って、この紳士の帰る時のことを、こと細かに聞き出した。わたしの考えるかぎりでは、かれの質問からなにも新しい事実は引き出せなかったようだが、かれ自身は、すっかり満足しているようだった。
  つぎに、かれは、海岸へ――ベッティ·バーナードの死体が発見された場所へ行った。その場へ行くと、かれは、しばらくの間、注意深く砂を見ながら、ぐるぐると輪をかいて歩きまわっていた。その場所は、一日に二度、潮が満ちてくるたびに洗われていたのだから、そこにどんなポイントがあるのか、わたしには、ほとんどわからなかった。
  しかし、わたしは、いままでの経験で、ポワロの行動が――どんなに無意味に見えても――いつも一つの考えにもとづいて動いているのだということを、よく知っていた。
  それから、かれは、海岸から、一番近い自動車の駐車場まで歩いた。そこからまた、イーストボーン行きのバスの、ベクスヒル停留所まで行った。
  最後に、かれは、わたしたちみんなを、「ジンジャー·キャット」へ連れて行った。わたしたちは、そこで、あのぽちゃぽちゃ肥ったミリー·ヒグリーの給仕で、いくらかかび臭い紅茶をごちそうになった。
  ポワロは、かの女の足首が、すらっとしたフランス人のような形をしているといって、ほめた。
  「イギリス人の脚あし は――一般に、細すぎるんです! ところが、マドモアゼル、あんたは、申し分のない脚を持ってますね。いい形だ――すてきなくるぶしだ!」ミリー·ヒグリーは、いつまでもくすくす笑いながら、そんなにばかなことをいわないでほしいわといった。フランスの紳士がどんなものか、よく知っているというのだ。
  ポワロは、かの女がかれの国籍を間違えたことを、かれこれいう気もしないようだった。
  かれは、ただ、わたしが驚いて、あやうくぎょっとするほどのやり方で、かの女に色目を使っただけだった。
  「さあ、これでよろしい」と、ポワロは、「ベクスヒルは、これですみました。こんどは、イーストボーンへ行きます。そこで、一つつまらないことを調べれば――それでおしまいです。しかし、みなさんがいっしょにいらっしゃる必要はありません。その間、ホテルへもどって、カクテルでもやってください。あのカールトン紅茶は、おそるべきものでしたからねえ!」わたしたちが、ちびりちびりとカクテルを飲んでいると、フランクリン·クラークが、いかにも好奇心をそそられたように、いい出した。
  「あなたがなにを捜していらっしゃるのか、見当がつけられそうですね? あなたは、あのアリバイを破ろうとしていらっしゃるんでしょう。でも、あなたは、あまりうれしそうな様子に見えないところをみると、新しい事実がつかめなかったということですね」「そうです――そのとおりです」「それで、これからは?」
  「根気よく辛抱するんですね。そのうちには、うまくゆきます、時間さえたてばね」「とにかく、満足していらっしゃるようですね」「いままでのところ、わたしの考えと矛盾するものがないのです――それだからですよ」かれの顔が、しかつめらしくなった。
  「友人のヘイスティングズが、いつだったか、青年のころに『真実遊び』というゲームをしたという話を聞かせてくれたことがありました。それは、みんなが順々に、三度ずつ質問をし合うゲームですが――三度のうち二度だけは、正直にほんとうの返事をしなければいけないのです。一度は、例外が認められるんです。当然、質問は、ずいぶんぶしつけなものになるんですが、はじめに、みんなが、必ず真実を、全部真実を、真実だけを話すと誓わなくちゃいけないのです」かれは、息をついで話をやめた。
  「それで?」と、ミーガンがいった。
  「そうです――実は、わたしは、そのゲームがやってみたいのです。といっても、三つ質問する必要はないのです。一度で結構なのです。みなさん一人一人に、質問を一つずつです」「もちろん」と、いらいらしたように、クラークがいった。「どんな質問にでも、おこたえしますよ」「ああ、でも、それよりも、もっと真面目まじめ になっていただきたいのです。みなさんは、必ず真実をいうと誓いますか?」かれのいい方があまり厳粛だったので、ほかの連中は、どぎまぎしながらも、真面目くさった顔つきになった。みんな、かれのいうとおり、誓った。
  「結構です」と、ポワロは、威勢よくいった。「では、はじめましょう――」「さあ、どうぞ」と、ソーラ·グレイがいった。
  「ああ、でも、ご婦人が先では――この場合、かえって礼儀正しいとはいえません。ほかの方からはじめましょう」かれは、フランクリン·クラークの方を向いて、「いかがです、クラークさん、今年のアスコットで、ご婦人方のかぶっていた帽子を見て、どうお考えでした?」フランクリン·クラークは、かれの顔を見つめた。
  「冗談ですか?」
  「とんでもない」
  「じゃ、真面目な質問なんですね?」
  「そうです」
  クラークは、にやにや笑い出して、
  「そうですね、ポワロさん、わたしは、アスコットへは実際には行かなかったのですが、車に乗っている人たちを見たところでは、アスコットの婦人帽は、一般にかぶっている帽子よりも、ずっとふざけすぎていますね」「風変わりだというんですか?」
  「まったく風変わりです」
  ポワロは、にっこりして、ドナルド·フレイザーの方を向いた。
  「あなたは、今年は、いつ休暇をおとりでした、ムッシュー?」こんどは、フレイザーが目を見はった。
  「ぼくの休暇ですか? 八月のはじめの、二週間です」かれの顔が、不意に、ぶるぶるとふるえた。その質問が、愛していた娘をうしなったことを思い出させたのだろう。
  けれど、ポワロは、その返事にはあまり注意をはらっていないようだった。かれは、ソーラ·グレイの方を向いたが、その声には、ごくすこし変化があるように耳についた。質問は、鋭く、はっきりと突いて出た。
  「マドモアゼル、クラーク夫人がなくなられるようなことがあって、もし、カーマイケル卿きょう から求められたら、あなたは、卿と結婚なさいましたか?」娘は、飛びあがった。
  「どうして、そんな質問をなさるんですの。そんなこと――失礼ですわ!」「おそらく、そうでしょう。でも、あなたは、真実をいうと誓われたのですからね。いかがです――イエスですか、ノーですか?」「カーマイケル卿は、口ではいえないほど、わたくしにご親切にしてくださいました。わたくしを、まるでご自分の娘のように扱ってくださいました。ですから、わたくしも、あの方にそういう――愛情と感謝の気持ちを持っておりましたわ」「失礼ですが、それでは、イエスかノーかのこたえにはなっていませんね、マドモアゼル」かの女は、ためらっていた。
  「こたえは、もちろん、ノーですわ!」
  かれは、なんにも意見をいわなかった。
  「ありがとうございました、マドモアゼル」
  かれは、ミーガン·バーナードの方を向いた。娘の顔は、ひどくまっ青さお だった。かの女は、きびしい試練に向かい合っているように、ひどい息づかいをしていた。
  ポワロの声が、ぴしっと鞭むち が鳴るように響いた。
  「マドモアゼル、わたしの捜査の結果が、どうなればいいとお思いですか? わたしに、真実を見つけ出してほしいと思いますか――それとも、そうならない方がいいと思いますか?」かの女は、堂々と頭をもたげた。わたしには、かの女のこたえがはっきりわかっていた。
  ミーガンが真実に対して、狂信的な熱情を持っていることを、わたしは知っていた。
  かの女のこたえが、はっきりと口を突いて出た――そして、わたしは、呆然ぼうぜん としてしまった。
  「いいえ、望みませんわ!」
  わたしたちはみんな、飛びあがった。ポワロは、ぐっと体を前へ乗り出して、かの女の顔を見つめた。
  「マドモアゼル·ミーガン」と、かれはいった。「あなたは、真実を望まないかもしれないが――真実――ですね、いま、いったことは!」かれは、戸口の方へ行きかけたが、思い出したように、メアリー·ドローワーのそばへ行った。
  「ねえ、嬢アンファン や、あんたには好きな男の人がありますか?」心配そうな様子をしていたメアリーは、驚いた顔で、さっと赤くなった。
  「あら、ポワロさん。あたし――あたし――だって、わかりませんわ」かれは、にっこりして、「それで結構ですよ、嬢アンファン や」
  かれは、ぐると、わたしの方を見て、
  「さあ、ヘイスティングズ、イーストボーンに出かけなくちゃならん」車は待っていたので、すぐに、わたしたちは、ペベンシーをぬけてイーストボーンに至る海岸道路を走っていた。
  「きみに、たずねてもいいかい、ポワロ?」
  「いまは、いけない。わたしのしていることから、あなた自身で結論を出しておいてください」わたしは、また黙りこんでしまった。
  自分だけは機嫌の好いらしいポワロは、低く鼻唄をうたっていた。ペベンシーを通りかかると、かれは、車をとめて、城を見物して行こうといい出した。
  車をとめたところへもどって来る途中、わたしたちは、ちょっと立ちどまって、輪になって遊んでいる子供たちを見つめた――身なりで、ガール·スカウトだろうと思ったが――かん高い、調子はずれの声で、民謡をうたっていた。
  「なんといってうたっているんです、ヘイスティングズ? 言葉がよく聞きとれないんです」わたしは、耳をすました――そして、ようやく、繰り返しのところだけ聞きとることができた。
  ――そして狐きつね をつかまえて
  そして檻おり の中に入れろ
  そして逃がしちゃだめよ
  「そして狐をつかまえて、そして檻の中に入れろ、そして逃がしちゃだめよ!」と、ポワロは、繰り返していった。
  かれの顔が、急に厳粛に、きびしくなった。
  「とてもおそろしいじゃないか、ヘイスティングズ」かれは、しばらく黙っていてから、「あなたたちは、この辺で、狐狩りをするんでしょう?」「わたしは、しないよ。狩りなんかしている余裕はないよ。それに、こんなところじゃ、たいして獲物えもの もないだろうと思うね」「わたしは、一般にイギリスのことをいっているんですよ。不思議なスポーツですね。隠れ場で待っていて――それから、ほうほう、と、どなるんでしょう?――それから、狩りがはじまって――野山を突っ切り――垣根かきね や溝みぞ を飛び越えて――だから、狐も走り出す――すると、時には、逆もどりをすることもある――が、犬が――」「猟犬だよ!」「――猟犬が後をつけて、とうとう、狐をつかまえると、狐は死んでいる――目もさめるほど素速いが、おそろしいね」「残酷のような気もするだろうが、しかし、実際は――」「狐もたのしんでいるというんですか? ばかげたことをいっちゃいけませんよ、あなた。
  それでも――その方がまだいいかな――あっという間の、残酷な死の方が――あの子供たちのうたっているのよりは……とじこめられて――檻の中に――永久に……いやいや、よくない、そいつは」かれは、首を振った。それから、調子を変えて、かれはいった。
  「あした、わたしは、カストという男を訪ねなくちゃ」といってから、運転手にいった。
  「ロンドンへ引っ返してくれたまえ」
  「イーストボーンへは行かないのか?」と、わたしは、叫ぶようにいった。
  「なんのために? もうわかっているんですよ――十分、狙っただけのことは」
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