「どういう段取りでやるんだい?」
「それは最初に調べることの結果次第だね。最終的にはホーシャムにいかなくてはいけな
いだろう」
「最初にホーシャムにいかないのかい?」
「いや、最初はシティから始める。呼鈴を鳴らしたらメイドがコーヒーを持ってきてくれ
るよ」
ぼくはコーヒーを待ちながら、食卓の上のたたんだままの新聞を手に取り、ざっと目を
通した。そのとたん、ある見出しに目がとまり、背筋にぞっと寒気が走った。
「ホームズ、もう遅いよ!」ぼくは叫んだ。
「なに!」ホームズはコーヒーのカップを下に置いた。「そんなこともあろうかと恐れて
はいたんだが。どうやってやられた?」落ち着いた声でしゃべってはいるが、動揺してい
るのはあきらかだ。
「オープンショーという名前が目に入ったんだよ。見出しは、『ウォータールー橋近くの
惨劇』だ。記事を読むよ。『昨夜九時から十時のあいだ、H管区のクック巡査は、ウォー
タールー橋付近をパトロール中に、助けを求める悲鳴とバチャンと水のはねる音を聞い
た。しかし、折からの嵐と漆黒の闇のせいで、数名の通行人の協力にもかかわらず、救助
はきわめて難航した。しかし通報によって水上警察も出動し、結局死体が引きあげられ
た。被害者は若い男性で、ポケットにあった封筒から、ホーシャム近郊に住むジョン・
オープンショー氏と判明した。オープンショー氏はウォータールー駅から出る終列車に乗
ろうと急いでいたところ、あまりの暗さに方向を見失い、河蒸気船の船着き場から転落し
たものと思われる。死体には暴行の跡もなく、不慮の事故であることはまちがいないが、
この一件によって、河岸の船着き場の安全状況について関係当局に配慮を求める声が高ま
ると予想される』」
ぼくたちはしばらくのあいだ、言葉を失った。ホームズは、いままで見たこともないほ
ど落ち込み、動揺していた。
「ぼくのプライドは傷ついた」ホームズがようやく口をひらいた。「もちろん、そんなも
のはつまらない感情だ。それでも、ぼくのプライドは傷ついた。これでこの事件は、ぼく
自身の問題となった。ぼくは命を賭かけてでもこの悪党どもをつかまえてやる。あの若者
はぼくに助けを求めてきたのに、ぼくは彼をむざむざ死に追いやってしまった──!」ホー
ムズは椅子からぱっと立ち上がると、興奮を抑えきれないように、部屋中を歩きまわっ
た。ふだんは血色の悪い頰を紅潮させ、長くほっそりした両手の指を、落ち着きなく組ん
だり放したりしている。
「悪知恵が働くやつらだ」ようやくそう叫んだ。「どうやってオープンショーをおびき寄
せたんだ? 河岸の道は、駅へ出るのに通る道じゃない。きっと橋の上は人通りが多すぎ
て、仕事がしにくかったんだろう。いいかい、ワトスン、最後はどっちが勝つか、楽しみ
にしていてくれ。ぼくはいまから出かける!」
「警察へいくのかい?」
「まさか。ぼく自身が警察にならないと。ぼくが網を張ったあとなら、警察もハエくらい
つかまえられるだろうが、そうでなければなにもできない」
その日一日、ぼくは本業の医者のほうが忙しく、ベイカー街にもどったのは日も暮れて
からだった。シャーロック・ホームズはまだ帰っていなかった。その後、十時近くになっ
てもどってきたが、顔色が悪く、疲れ果てたようすだった。戸棚のほうへいくと、パンを
むしってがつがつと食べ、水を一気に飲んで流しこんだ。
「腹が減っていたんだね」ぼくはいった。
「飢え死にしそうだよ。食事をすることをすっかり忘れていた。朝からなにも食べていな
い」
「なにも?」
「ひと口も食べてない。そんなことを考える暇がなかった」
「それで、調査はうまくいったのかい?」
「まあね」
「手がかりは見つかったのか?」
「もうこの手に握っているよ。オープンショー君のかたきを討つのも、そう遠いことじゃ
ない。どうだい、ワトスン、こんどはこっちから、やつらの得意技をしかけてやろうじゃ
ないか。いい考えだろ!」
「どういう意味だい?」
ホームズは戸棚からオレンジを取り出すと、ひとつひとつ房に分けて、テーブルの上に
種を絞り出した。そこから五つ取って封筒のなかに入れると、ふたの裏側に『J・Oの代
理S・H』と書いた。それから封をすると、宛先をつぎのように書いた。『ジョージア州
サヴァナ港気付、バーク型帆船ローン・スター号船長ジェイムズ・キャルフーン様』
「やつが港に入ってくると、こいつが待ち受けているって寸法だ」ホームズはほくそえん
だ。「これでやつは夜も眠れなくなるぞ。オープンショーと同じように、これが逃れよう
のない運命の警告だとわかるだろうからな」
「それで、キャルフーン船長というのは何者だい?」
「悪党どもの親玉だよ。ほかのやつらもやっつけるけど、まずは親玉からだ」
「どうやって突きとめたんだい?」
ホームズはポケットから大きな紙を一枚取り出した。日付や名前がびっしり書きこまれ
ている。
「今日一日かけて、ロイズ船舶登録簿や古い新聞のファイルを調べて、一八八三年一月と
二月にポンディシェリーに立ち寄ったすべての船と、その後の進路を調べたんだ。該当す
る大型船は三十六隻あった。そのなかからローン・スター号がすぐに目についたよ