ぼくたちは庭に囲まれた大きな屋敷の前に馬車をとめた。若い馬丁が駆けだしてきて、
手綱をとった。ぼくは馬車から飛びおり、ホームズについて曲がりくねった砂利道を歩い
て玄関に向かった。玄関に近づくと、扉がぱっとあいて、金髪の小柄な女性が戸口に現れ
た。ピンク色のふわふわした飾りが首と袖そで口ぐちについた絹モスリンの服をまとい、
明るい光を背にたたずんでいる。片手は扉にあて、もういっぽうの手はもどかしげに宙に
浮かせ、少し前かがみになって顔を前に突き出している。口がなかば開き、真剣な目でこ
ちらを見つめる表情も含め、その姿は全身で知らせを求めていた。
「どうでした? なにかわかりました?」そのとき、人が二人いるのに気づいて、女性は
うれしそうに声をあげた。しかしホームズが首を振って肩をすくめるのを見て、その声は
失望のうめきに変わった。
「よい知らせはありませんの?」
「ありません」
「では、悪い知らせは?」
「それもありません」
「じゃあ、よかった。さあ、お入りください。長い時間お働きになって、お疲れ様でし
た」
「こちらは友人のワトスン博士です。これまでにもわたしの仕事を手伝ってくれて、とて
も大切な協力者なんです。今回も運よく彼に手伝ってもらうことができるようになって、
ここまで引っぱってきました」
「よくいらしてくださいました」夫人はそういって、ぼくの手を熱心に握った。「いろい
ろ行き届かないところがあるかと思いますが、どうかご容赦ください。なにしろ、こんな
ことがとつぜん起こったものですから」
「奥さん、ぼくは軍隊にいたこともありますし、もしそうでないとしても、そんなことは
お気になさらなくてもけっこうです。奥さんのためにも、友人のためにも、なにかお役に
立てることがあったら、喜んで手伝わせてもらいます」
「ではシャーロック・ホームズさん」夫人は明るい食堂へぼくたちを案内した。テーブル
の上には冷製の夜食が用意されていた。「どうしても、率直にお聞きしたいことがござい
ますの。ありのままにお答えいただけますか?」
「もちろんです」
「わたくしの気持ちは気にかけていただかなくてけっこうです。ヒステリーは起こしませ
んし、気を失ったりもしませんわ。ただホームズさんの正直なご意見をうかがいたいだけ
なのです」
「なにについてですか?」
「ホームズさんは、ほんとうに、心の底から、ネヴィルはまだ生きていると思ってらっ
しゃいますか?」
シャーロック・ホームズはこの質問に面食らったようだった。「正直におっしゃっ
て!」夫人は繰り返した。敷物の上に立って、籐とうの椅子に腰かけたホームズを、鋭い
目で見下ろしている。
「では、正直にいいましょう。わたしはそうは思いません」
「つまり、死んだとお考えですのね?」
「そうです」
「殺されたのですか?」
「そうはいってませんが、その可能性はあります」
「それでは主人はいつ亡くなったのでしょう?」
「月曜日です」
「ではホームズさん、今日、主人からこのような手紙がきたのはいったいどういうわけ
か、ご説明いただけます?」
「なんですって!」シャーロック・ホームズは電気ショックを受けたように椅子から飛び
上がった。
「たしかに今日、届きましたの」夫人は立ったままほほえんで、小さな紙切れをかかげ
た。
「拝見できますか?」
「どうぞ」
ホームズは夫人の手からその紙をひったくってテーブルの上でしわをのばし、ランプを
近づけて真剣に調べた。ぼくも椅子から立ち上がって、ホームズの肩越しにのぞきこん
だ。封筒はえらく粗末なもので、グレイヴゼンド局の消印が押してある。日付は今日のも
の、いや、もう十二時をまわったので、きのうのものだった。
「ひどい字だ!」ホームズはつぶやいた。「これはご主人の筆跡ではないでしょう、奥さ
ん」
「はい。でもなかの字は主人のですわ」
「この宛名を書いた人物は途中でだれかに住所をたずねていますね」
「どうしてわかるのです?」
「ほら、名前は完全に黒いインクで書かれていて、自然に乾いたようですが、ほかの字は
色が薄くて、吸取紙が使われたことがわかります。もしこれが一気に書かれて、そのあと
吸取紙を使ったのだとしたら、ぜんぶ薄い色になっているはずです。この人物はまず名前
を書いて、少し間を置いてから住所を書いた。それはこの住所をよく知らないからにほか
なりません。もちろん、ささいなことですが、そういった取るに足らないことほど重要な
んです。では中身を見てみましょう。あれ! なにか同封されていますね!」
「ええ、指輪が入っていました。印章つきの指輪です」
「これがご主人の筆跡だというのはたしかなんですね?」