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ぶな屋敷(1)

时间: 2024-01-31    进入日语论坛
核心提示:ぶな屋敷「芸術のための芸術を愛する人間というのはね」シャーロック・ホームズは、デイリー・テレグラフ紙の広告面をわきに放り
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ぶな屋敷

「芸術のための芸術を愛する人間というのはね」シャーロック・ホームズは、デイリー・

テレグラフ紙の広告面をわきに放りながらいった。「低俗で取るに足らない作品から最高

の喜びを得ることがよくあるんだよ。ワトスン、きみはうれしいことに、この真理を非常

に深く理解しているようだ。たとえば、きみが好意で記録してくれているぼくたちのささ

やかな事件簿があるだろう。こういっちゃなんだが、君はときに脚色まで加えているよう

だね。それはともかく、きみはぼくが目立った活躍をした有名な事件や、世間をあっとい

わせた犯罪にばかり注目しているわけではない。事件としては取るに足らないけれど、ぼ

くが得意とする推理推論を発揮することができたものを重視している」

「いやあ、そうはいってもね」ぼくはまんざらでもなくほほえんだ。「ぼくの書き物も、

きわもの的だという批判がないわけじゃない」

「きみのよくない点はおそらく」ホームズはそういって真っ赤な燃えがらを火ひ箸ばしで

ひとつつまみ、それで長い桜材のパイプに火をつけた。ホームズは思索にふけるより議論

を交わしたい気分のときには、愛用の陶製のパイプのかわりにこのパイプをよく使う。

「きみのよくないところはだね、たぶん、自分の書き物を物語のように潤色しようとする

ところだよ。原因から結果を厳密に導く推理の過程こそが注目に値することなのだから、

それだけを記録することに専念すればいいんだ」

「ぼくとしては、自分の書き物のなかで、きみのことを正当に扱ってきたつもりだがね」

ホームズのうぬぼれた態度にうんざりしたぼくは、ちょっと冷たく答えた。この過大な自

負心が、ホームズの非凡な個性を形成する大きな要因になっていることは百も承知だった

が。

「いや、なにもわがままやうぬぼれでいっているのではないよ」いつものようにホームズ

は、ぼくが口にした言葉にではなく心の声に答えていった。「ぼくがきみの書き物に完全

を求めるのは、それがぼく個人の問題ではないからだ──それはぼくという人間を超越した

問題なんだよ。犯罪はどこにでもある。そのいっぽうで正しい推理はまれだ。したがって

きみが力を注ぐべきは、犯罪よりも推理のほうだ。きみは一連の研究成果の発表であるべ

きものを、物語シリーズにおとしめている」

 それは肌寒い早春の朝のことで、ぼくたちは朝食のあと、ベイカー街のなじみの部屋の

心地よい暖炉をはさんですわっていた。灰褐色の家並みのあいだに濃い霧が流れこみ、黄

色く渦巻く靄もやを通して、向かいの家の窓がぼんやりとした黒いしみのように見えた。

ぼくたちはガス灯をつけ、その光は白いテーブルクロスに映え、まだ片づけのすんでいな

い食器や金物に反射していた。シャーロック・ホームズはその朝、ずっと黙ったまま、新

聞の広告欄につぎつぎと目を通して、なにかを探しているようだったが、ついにそれをあ

きらめたらしい。そのせいで機嫌が悪く、ぼくの文学的欠点をあげつらいはじめたのだろ

う。

「しかしそうはいっても」ホームズはしばらくのあいだ長いパイプをふかしながら火を見

つめていたが、また口をひらいた。「きみの書いたものをきわもの的だと批判するのはあ

たらないな。なにしろ、きみが興味を抱いてくれた事件の多くが、法律的な意味での犯罪

にはあたらないのだから。たとえば、ぼくがボヘミア王を助けようとしたときのちょっと

した事件も、メアリー・サザランド嬢の奇妙な経験も、唇のねじれた男や独身の貴族の事

件も、ぜんぶが法律の枠外にある問題だった。だが、きみはきわもの的であることを避け

んがために、かぎりなく平凡に近づいていたかもしれないよ」

「結果的にそうだったかもしれない。だが、ぼくの取り上げた捜査の手法は、斬ざん新し

んでおもしろいものばかりだったよ」

「いやいや、ワトスン、一般大衆というのはぼんやりした連中なんだ。織工の歯を見て

も、植字工の左手の親指を見ても、何者か見分けられない。そんな輩やからが分析や推理

の微妙なちがいを見分けられるだろうか。だがたしかに、きみの書く事件が平凡だからと

いって、きみを責めることはできないね。大きな事件が起こるような時代はもう過ぎてし

まった。人間は、いや、少なくとも罪を犯す人間は、冒険や独創性を失ってしまった。ぼ

くのささやかな仕事にしても、なくなった鉛筆を探したり、寄宿学校を出たての若い女性

に助言をしたりするくらいにまで成り下がっている。それもここへきて、落ちるところま

で落ちたようだ。今朝ぼくが受け取ったこの手紙の用件が、ぼくのどん底の案件になるだ

ろう。読んでごらん!」ホームズはくしゃくしゃになった手紙をぼくのほうへ放ってよこ

した。

 それは前の晩にモンタギュー・プレイスから出されたもので、つぎのように書いてあっ

た。

ホームズ様へ

 どうしてもご相談申し上げたいことがございます。それは、わたくしがお誘いを受けた

家庭教師の口を、引き受けるべきかどうかという件に関してでございます。ご迷惑でなけ

れば、明日あした十時半におうかがいしたいと存じます。どうぞよろしくお願いいたしま

す。

ヴァイオレット・ハンター

「知り合いの女性かい?」

「いや、知らない」

「もう十時半だよ」

「うん。きっといま鳴ってるベルがそうだろう」

「もしかしたら、きみが考えている以上におもしろい事件になるかもしれないよ。青い

ガーネットの事件を覚えているだろう? 最初は単なる遊びのつもりだったものが、真剣

な捜査に発展したじゃないか。これだってそうなるかもしれない」

「まあ、そうだといいがね。しかし、それもまもなくはっきりするだろう。ぼくの思いち

がいでなければ、ご本人がきたようだから」

 ホームズの言葉と同時に扉がひらき、若い女性が部屋に入ってきた。地味だがきちんと

した服装をして、知的な顔にはチドリの卵のようなそばかすがある。ひとりで世の中を

渡ってきた女性らしく、物腰もてきぱきしている。

「お邪魔して申しわけありません」女性はそういい、ホームズは立ち上がって出迎えた。

「とても奇妙なことに出くわしたのですが、助言をしてくれる親や親しん戚せきもおりま

せんもので、ホームズさんなら、どうすればよいか教えてくださるのではないかと思いま

して」

「どうぞ、おかけください、ハンターさん。わたしでお役に立つことなら、喜んでなんで

もいたしますよ」

 ホームズは新しい依頼人の態度やしゃべり方に好感を持ったらしかった。独特の探るよ

うな目つきで相手を観察してから、まぶたを伏せ、指先を合わせて、ゆっくりとした構え

で話を聞きにかかった。


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