昨夜十二時頃(と「スタンダード」紙に書いてあった)アパー・ノーウッドにあるポンデシェリー荘のバーソロミュー・ショルト氏は、自室で死体となって発見された。状況から見て、殺人の疑いが強い。知り得た情報によると、死体には暴行の跡はないが、故人が父より相続した、高価なインドの宝石類が持ち去られていた。最初に発見したのは、故人の弟サディアス・ショルト氏に伴って訪ねてきたシャーロック・ホームズ氏とワトスン医師である。幸い、警察署の著名な一員であるアセルニー・ジョーンズ氏がノーウッド警察署に来ていたため、事件発生後三十分を経ずして、現場に急行した。警部は多年鍛きたえた腕をふるって、犯人捜査に当り、その結果、弟のサディアス・ショルトをはじめ家政婦のバーンストン夫人、インド人の使用人頭ラル・ラオ、門番のマグマードらが逮捕された。賊(単数もしくは複数)は内部の事情にくわしいものと見られている。ジョーンズ氏は、定評ある専門的知識と鋭い観察力を用い、次の点を決定的に証明した。すなわち犯人は、戸口や窓から侵入したのではなく、家の屋根伝いに引き窓をとおって、死体の発見された部屋に通じる屋根裏部屋に侵入したのである。この事実はきわめて明快に証明されているので、これが単なる行き当りばったりの強盗事件でないことは、もはや決定的となった。警察が迅速で精力的な活動を開始しえたのを見ても、こうした際に卓越した強じんな精神の持主が存在することが、いかに重要であるかを示すものである。この事実は、警察力を地方に分散することにより、現場に密着したより有効な捜査を行なうことを主張する論者にとって、有力な論拠となるであろう。
「大したもんだよ!」と、ホームズはコーヒーを飲みながらにやにや笑った。「ご感想はどうかね?」
「ぼくたちも危うく逮捕されるところだったんだね」
「そうだ。もう一度あの調子でこられた日には、こっちの身の安全も保証のかぎりじゃないな」
この時ベルが大きく鳴ると、宿の女主人のハドスン夫人が、
狼狽ろうばいしながらとがめるように、かん高い声で叫ぶのが聞こえた。
「おい、ホームズ」私は腰を浮かせながらいった。「本当に追手がきたようだぞ」
「いや、追手なんかじゃないさ。あれは私設探偵団……ベーカー街不正規隊だよ」
そういった時、裸足で階段をばたばた昇る足音とかん高い話し声が聞こえて、突然一ダースばかりのうす汚ない浮浪児達が入ってきた。騒々しく押しかけてきたにもかかわらず、彼らの間には一種の規律があり、即座に一列に整列すると、命令を待つかのように私たちに向きあって立った。その中で、一段と背の高い年長の少年が、やせこけたみすぼらしい風体とはおよそ似つかわしくない、勿体ぶった態度で一歩進み出た。
「電報を受けとったので」と彼はいった。「すぐに連中をつれてきました。切符代は三シリングと六ペンスです」
「そら」ホームズはポケットから銀貨をとり出しながらいった。「ウィギンス、今後は彼らがきみに報告し、きみがぼくのところへ報告すればよい。こんなふうにどやどや入ってこられては困るよ。しかし、きみたちみんなに指示を与えておくのもいいだろう。オーロラ号という
汽艇ランチのありかを知らせてほしい。船主の名はモーディケアイ・スミス、黒の船体に赤い筋が二本入っていて、煙突は黒で、白い筋が一本入っている。テムズ河下流のどこかにいるはずだ。誰か一人は、ミルバンクの対岸にあるモーディケアイ・スミスの桟橋にいて、船が帰ってきたら知らせてほしい。他の者は二手に分れて、両岸をしらみつぶしに探してくれ。何かあったらすぐ知らせること。分かったかね?」
「はい、ホームズさん」とウィギンスはいった。
「報酬はこれまで通りで、船を見つけた者には一ギニーだ。ほら、一日分前払いしておこう。さあ行け!」
彼が全員に一シリングずつ与えると、彼らはがやがやと階段をおりていき、まもなく通りにくり出していった。