最近のニュースを見ると、中学生の非行の問題が数多く見られる。学校で教師に暴力をふるったり、校内の器物を破壊したりする校内暴力、深夜集団を作りオートバイや自動車を乗りまわす暴走族、シンナーや覚醒剤で一時的陶酔にふけるシンナー遊び、家で家族に暴力をふるう家庭内暴力、遊ぶカネ欲しさの中学生売春、などの記事が連日のように新聞をにぎわしている。事件が起きるたびに紙上に評論家が登場し、「それは学校が悪い」、「親が無責任だから事件が起きる」、「教育制度を改革しない限り、こういう事件はなくならない」、などと批評する。もちろん種々複雑な原因が考えられるが、ここでは家庭内の問題にしぼって考察してみよう。
1.父親不在
最近の様々な調査によると、二十代、三十代のサラリーマンの間では、仕事中心主義よりも家庭を大事にする傾向が増加しているとのことである。が、現在中学生の父親であるのは、日本経済の高度成長期(昭和30ー40年代)に労働力の中心となった四十代、五十代の男性である。「モーレツ社員(猛烈社員)」という言葉に象徴されるように、働けば働くほど有能だと見なされた時代を生きた人達で、家庭を省みないで仕事に励む人達である。彼等にとって「家庭」というのは、仕事から解放された「憩いの場」に過ぎず、疲労した肉体を一時的に休息させる場でしかない。しかし、これは子供の人間形成にとっては極めてマイナスに作用する。両親との触れ合いのなかで健全な子供が育っていくのに、いつも父親が不在で対話が不可能では、問題児ができないほうが不思議なくらいである。
2.父親の権威の失墜
「父親不在」は往々にして、父親の家庭内での権威の失墜を招く。父親がたまにしか家にいず、そのたびに子供に、「良く勉強しろよ」、「お母さんの言う事を良く聞いているか?」などと説教めいたことを並べたてると、子供に煙たがられ、うるさい存在としてしか見られなくなる。しかし、そうかといって、子供のしたいような放任しておいたり、良き父親であろうとして始終子供にやさしくしたりすると、無責任な父親、子供に甘い父親と思われてしまう。又、極端な場合は、母親が子供に、「お父さんのようになったら、出世できないわよ」などと言って、父親を悪い例として上げ、子供を教育しようとする。いずれの場合も、子供の心のなかで、父親に対する尊敬の念が薄れていき、家庭内で大黒柱であるべき父親の権威が失墜する。子が頼りにすべき親の権威が低くなれば、精神的に不安定な子供ができやすくなる。
3.教育ママ
十数年前から「教育ママ」という言葉が盛んに使われているが、この言葉は今でも健在である。いや、「教育ママ」の実態は、以前よりも一層教育に熱心になっているかもしれない。子供を一流大学、一流企業に入れるべく、日夜子供に勉強を強いる。自分の好きなテレビ番組を見るのも、趣味も、子供の勉強の邪魔になるのならあきらめ、ひたすら子供のために尽くす。そのような母親に年中、「もっと勉強しなさい」、「テレビは目に良くないから駄目よ」、「塾の勉強が終わってないでしょう」、「遊ぶ時間があったら、勉強しなさい」などと小言を言われ続けたら、子供の精神状態はおかしくなるだろう。
4.共稼ぎによる対話不足
女性解放運動の普及と共に、徐々にではあるが女性が社会に進出していく機会が増え、母親も仕事をしている共稼ぎの家庭が増加している。夜、両親が帰宅してからゆっくり子供と対話ができる家庭ならあまり問題がない。しかし、両親の仕事の都合で全く会話がない家庭や、たとえ家族全員が家にいても、両親が疲れきってろくに話もしない家庭で育った子供は、いろいろと問題が多い。子供は、常に両親と対話を求め、甘えたり、何かと相談にのってもらったりしたがっているものであるが、それができないと非行に走りやすい。
5.夫婦の不仲
円満な夫婦関係は健全な子供の発育を促すが、父親と母親が常にいがみ合い、夫婦喧嘩が絶えない家庭の子供は、両親から様々な影響を受ける。両親のことが心配で常に不安におびえ、イライラし、情緒不安定になりやすい。父親が母親に暴力をふるう家庭の子供は、親同様暴力的になりやすい。そういう子供は、何か小さいちょっとした出来事にもすぐカッとして見境がなくなることがよくある。夫婦の緊張関係は、子供の心を深く傷つける。
6.離婚
両親がいがみ合っている家庭の子供の問題も大きいが、家庭が崩壊し、両親が離婚した家庭の問題は、どれにもまして深刻である。日本の場合はヨーロッパやアメリカなどと異なり、片親しかいない家庭に対して世間の目が厳しい。子供が何か変なことをすると、「ああ、あの子は父親がいないから駄目なのだ」とか「あの子供は母親の愛情を知らずに育ったから問題児なのだ」とか言われる。母子家庭、父子家庭はただでさえ大変なのに、そういう世間の目を気にしながら生きていかねばならない。片親で子供を育てねばならぬという親の精神的、肉体的苦悩がそのまま子供に反映し、屈折した心理状態を持った子供ができやすい。
以上のように簡単に列挙しただけでも、既に六つも家庭内における原因が考えられる。いずれをとってみても極めて重要である。ほかにも、学校内の問題、友人達との人間関係、社会一般の退廃傾向など問題は山積している。カウンセリングの充実、学校と家庭の連絡の密接化、社会風俗の矯正、などいろいろな解決方法が議論されている。この少年非行の問題は、将来日本を背負って立つ若者の問題であるが故に、国民一人一人が自分の身近な緊急課題として真剣に取り組まねばならぬ重大な問題であると言えよう。