車中で
タクシーは止まらずに走り続けている。どうやら安定したようだ。助手席の男は愛想良く「ネパールは初めてか?」と尋ねる。そうだと答えると「ネパールへようこそ」とちょっと改まって挨拶した。
男はそのまま話し続ける。
寒くないか、そうか、寒くないか。俺たちは寒いよ。日本からきたのか、日本は今気温はどの位ある。あれがパシュパティナートだ。パシュパティナート、知らないか。ヒンズーの寺院だよ。お前たちはヒンズー教徒じゃないな。だから知らないんだ。日本人なら仏教徒だろう。そうか、仏教徒か、うんうん。
(いや、そういうわけじゃ…)
ネパールにはどの位いる予定か、一週間か、それは短いな。観光だけか。次に来る時は是非トレッキングをするべきだ。それが本当のネパールを知ることになる。カトマンズ、ここは本当のネパールじゃない。ネパールの中では特殊なところだ。ここは都会だし、それじゃ君達の国とちっとも変わらない。
(いや、十分変わってると思うよ)
トレッキングはいい。山の上から全世界が見渡せるんだ。例えば、カトマンズのホテルに泊まれば、一泊100ドルぐらいかかるだろう。ホテルの部屋の中で100ドルだ。そこへ行くと、トレッキングをすれば一日15ドル。一晩1~2ドルだ。1~2ドルで、世界の中で眠ることができる。
(へぇ、いいこというじゃん)
それにしてもこの車は本当に大丈夫なのか。さっきから凸凹道をかなりのスピードで走っている。街をゆく車はどれも運転が乱暴でひっきりなしにクラクションの飛び交っている。助手席の男は相変わらず話し続けているが、こちらは何度も天井に頭をぶつけて生きた心地がしない。夜も更けて街は暗いというのに、狭い路地の商店街には人が行き交い、食料品を扱っている店がまだいくつも店を空けている。
今日は休みだから街は静かなんだ。明日からまた賑やかになる。
(これで静かというのか…)
…そうか、あしたから観光か。ホテルにいくと、いろいろなパックツアーが用意してあるよ。好きなのを選んでいけばいい。大体値段は50ドル位だろう大きなツアーでいろいろな寺院を回るんだ。だけど、俺たちのツアーは安い。大体半額ぐらいでできる。少人数だし、いろいろなサービスもついてるよ。そういえば、観光の手配はもうしてあるのか。そうかしてあるか。ところで、俺たちのツアーは安いよ。
(そういうことか、営業ね。)
…ここが王宮だ。もうすぐホテルにつく。ここが古い王宮の門。しばらく走るとこれが新しい王宮の門。これが王宮通り。ここを入っていくとホテルだ。ホテルには予約があるのか。そうかそれはよかった。観光の手配はもうしてあるのか。そうか、もうしてあるのか。
(まだ営業してる…。ほんとは手配してないけど、してあることにしておこう…)