一日置いて次に見に行ったのは、これまたペニーさんが探してきた家である。駅に程近いところに小さくて快適な家があるという。
昼休みを利用してペニーさんの車で出かける。今度はペニーさんの女友達の元英語教師、マリオンさんも一緒に見にきた。つまり彼
女たちは好奇心旺盛なのである。
今度の家は、通りから私道を入った奥にある3軒くっついた小さなテラスハウスの一番端で、駅や大通りに近い割には静かなところ
である。家主さんは思慮深げな黒い瞳と髪をもった、非常におだやかな男性である。少し戸惑って見えるのは、私たちが日本人二人
と中年の英婦人二人という組み合わせだからか。
現在は男子学生が二人で住んでいるという。若者の住まいらしくそこら中に紙屑がちらかり、ビールの缶が転がり、運動靴やテニス
ラケットが放り投げてある。まさに微笑ましい惨状である。
はじめ私たちが訪ねて行ったとき、家主さんが戸惑ったような表情でいたのは、この惨状によるものらしい。彼もひさしぶりにこの
家に入ってこの惨状を初めて知ったのだ。
「ええと、この有り様は誠に申し訳ない」いえいえ。
「この壁は塗り替えます」。おお、壁紙がはがれている。
「こちらのソファなどは全部取り替えます」おお、しみだらけだ。
「ええと、この部屋は、あの、たしかシングルベッドのはずなのですが…」おお、床にダブルのマットレスがおいてある。しかも枕
が二つ仲良く並んでいる。
「こちらの地下室は、ええと前女性が二人住んでいたときは、勉強部屋として使っていて…」おお、スキー板や自転車まで置いてあ
るぞ、ほとんど倉庫だ。
居間は小さくてかわいらしい、庭に面していて明るい。内装はモダンでシンプルである。家主さんの言う通り、手入れをしたらかな
りいい住まいになりそうである。テラスハウスの他の住人もいいご近所さんであるというし、かなりいい感触をもちながら帰路につ
く。
車中ペニーさんが「それにしても、可哀相なのはあの家主さんだわ。あんなにいい家なのに、さぞ悲しい思いをしているでしょうね
」と笑う。
研究所に戻ったあと少し時間があるのでお茶を飲みに行く。
今まで三軒見たうち、どの家が一番気に入ったかと聞かれて、一番気に入ったのは初日の二軒目で、今日のは二番目だと答える。ペ
ニーさんは、やはり一番最初に見た小さくて古い家が気に入っているらしい。
今日の家は庭が小さいけどいいのか、とマリオンさんが言うので、手入れが楽だからそれでもかまわない、と答えると「でもあれじ
ゃバーベキューができないわ」と真顔でいう。
確かに。おっしゃる通りである。