May Week が終わって一瞬静けさを取り戻した街を歩いていると、「じゃ、今度は卒業式にね!」などと挨拶を交わしている女の子たちがいる。どうやら週末が卒業式らしい。見たいものである。たまたま覗いた画廊に”Graduation Day”と題した絵がかかっていた。キングスカレッジの前をガウンを着た学生たちが晴れやかに行進している姿が描かれている。先頭には教授と思しき裾の長いガウンを纏った初老の紳士、さらに沿道で歓声をあげカメラを構える人々。うーむ。こんなカッコイイことをするのか。ますます見てみたいものである。
街の写真館のショーウィンドウには、黒いガウンを身につけて晴れがましく収まっている姿が、額に入れられて所せましと飾られている。一番多いのは卒業証書や本を手にこちらを向いて微笑んでいるひとりずつのものだが、仲良しのグループで撮ったやんちゃなものや、カップルで肩を寄せ合っているものもある。仲間内でとったものはともかく、カップルで撮ってしまうと、のちのち困ることもあるのでは、などといらぬ心配をする。
ガウンは街の洋品店で売っている。レンタルもあるらしい。よくよく見るとガウンの種類にいくつかあることに気づく。学生が身につけるものは、ガウンといっても羽織りもので、その形は半纏というかちゃんちゃんこに似ている。黒い一重仕立てで肩のあたりにギャザーが寄っている。礼拝に参加するときもそれを羽織るものらしく、チャペルの入り口には無料貸し出し用のガウンがいくつもぶら下がっている。卒業式に着るものはそれより少し上等なのだろうか?写真で見ると黒いガウンに白いボアで縁取りしたフードを付けている。例の写真のカップルは女性は白いボアをつけているが、男性は赤いシルクをつけている。
夫が職場で聞いてきたところによると、白いボアは学部卒業生のものらしい。そして赤いシルクは博士課程の印だという。ところが同じ博士でも赤いシルクを付けられるのは学部もケンブリッジ卒業でなくてはならないらしい。ケンブリッジ以外の学部を卒業した博士たちは学部卒業生と同じ白いボアなのだというが、本当だろうか。ピンクや黄色をつけていた人もいた。
とりあえず日取りがわからなければ始まらない。最近知り合いになったグレンダさんという女性に卒業式について聞いてみることにした。グレンダさんというのは、ケンブリッジ内の医療機関でボランティアアドバイザーをやっている女性で、これがまた有能でカッコイイのである。グレンダさんについてはまたいずれ触れることにするが、とにかく卒業式は今年は6月26日(金)がその日だという。たしかパレードが行われると思うんだけど、と水を向けるといかにもその通りという答えが返ってきた。キングスカレッジの前のキングスパレードという通りだという。そういう意味だったのか?あの通りの名は。
パレードはカレッジごとに行われ、一番始めに行進するのがキングスカレッジ、順にセントジョーンズカレッジ、クィーンズというように、朝から夕方までどこかしらのカレッジが行進をするらしい。聞けば彼女の甥がちょうど今年卒業で、彼は一番始めのキングスカレッジなので、彼女は朝8時半に行かなくてはならないという。ほっほ。聞いてみるものである。
家からキングスパレードまでは徒歩およそ15分。沿道が人で埋まると困るので26日は朝8時に家を出ると宣言してカメラの準備をして寝る。さて、翌日予定通りにキングスパレードまで行ってみると、なんとなく街は閑散としている。ま、それはそうか。観光客が多いならともかくこの時間である。地元の人々にとっては毎年の恒例であるし、わざわざ集まってくることもないのだろう。ちょっと拍子抜けしながらさらに進んでいくと、いたいた、本当に白いボアで縁取りをしたフード付きのガウンを着ている。丈は長くなくお尻が隠れる程度である。ガウンを着た若者たちが三々五々と集まってきて歓談している。
さて、時間になったがなかなか動きがない。式典が行われるのはどうやらキングスカレッジの隣の建物のようである。前庭にはテントがはられ、周囲を囲むように椅子がならべられている。建物の入り口にはフロックコートにシルクハットを手にした紳士たちが列席者の案内をしている。タクシーや車が次々と到着し、学生の両親たちだろうか、盛装した紳士淑女が案内状を手に中から降りてくる。イギリスのご婦人は、こういうとき
にお帽子をお被りになるものらしい。私の幼稚園の頃は卒業式や入学式になるとお母さんたちは着物に羽織り姿が多かったが、こういう感覚なのだな。なるほどねぇ、様になるものである。よく見みると、やはり植民地の関係かアジア系とインド系が多いものである。列席者のアジアの人々の装いは地味なのだが、豪華なサリーを身に纏ったインドのご婦人の姿はさすが、である。列席者がすべてこのように着飾っているかというと、突然ジーンズにTシャツ姿の若者がふらふらと入っていったりしている。
しばらく待っていると通りの向こうからコロンブスのような格好をした数人の集団がやってきた。入り口のシルクハットの男性が帽子を持ち上げて会釈をしてチャペルの中に招き入れた。いよいよ始まるのか。しばらく待っていると、いよいよガウン姿の学生たちが行進してきた。意外と数が少ない。胸を張ってにこにことしながら建物の中へ消えていった。式典が始まってしまうと外からは何もわからない。とそこへ偶然、元英語教師マリオンさんが通りかかった。彼女によると、チャペルに隣接したこの建物がセナトハウス(Senate House)と呼ばれるところで、各カレッジからここまで街中を行進してきて、ここで学位を授与されるのだという。各カレッジ時間にして20分~30分、そののち前庭で列席者や友人たちと談笑するのだという。心太式である。ということはここでしばらく待てば、次のカレッジがやってくるはずである。所在なげに通りのベンチに座っていると、ガウン姿の学生がふらふらとしている。自分のカレッジの出番がまだなので手持ちぶさたらしい。前庭を覗き込んだりしていたが、テレビ局の取材スタッフに声をかけられて、チャペルをバックに向こうから歩いてくる姿と向こうへ歩いていく姿を撮影させていた。これは、ヤラセではないのか?
反対側から学生が行進してきた。今度は数が多い。前の式典が終わってないのでチャペルの前に整列して待っている。おかげでじっくり観察できる。一番先頭はフロックコートにシルクハット、手にしゃく杖を持った男性である。立派なひげを蓄え微動だにしない。カレッジのポーターだろうか。その脇に長いガウンを羽織った男性。いかにも学者然としている。その次に赤いシルクのついたガウンを纏った学生。ははぁ、これが生っ粋のケンブリッジ生だな。そしてその後ろに黄土色の布のついたガウンを着ている。これは私たちのカテゴリーにない色である。そしてその他大勢の白いボアのついた学生たち。学部生は心なしか幼さが残る。イギリスでは博士取得が24歳だというので、全体的に若い。
男子学生は黒の上下に白いハイカラーのシャツに白のボウタイというのが伝統的な装いだが、中にはスコットランドの民族衣装にガウン姿という男子学生もいる。女性に関しては伝統がないためバラバラである。一応白いシャツに黒い上着と黒いスカートだが、襟がだらしなくはだけていたり、スカートが長かったり短かったり、足元が例によってサンダルだったりする。やはり男性のためのものなのだ。しかしながらきりりとした女性がガウンを羽織ってさっそうとあるいている姿はそれはそれはカッコイイものである。
彼らがチャペルに消えるととも、前庭には先ほど式典を終えた人々が出てきて談笑している。まるで映画を見ているようである。こういうカッコイイことを日本の某大学院大学もやってもらいたいものである。
今晩は卒業祝賀会らしい。うるさいんだな、これが。