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薔薇連想08

时间: 2017-02-27    进入日语论坛
核心提示:    八 新しい年が明けた。松の内も氷見子は田舎へ帰らず東京で過した。アパートの一室で潜んだように生きていた。潜んだま
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     八
 
 新しい年が明けた。松の内も氷見子は田舎へ帰らず東京で過した。アパートの一室で潜んだように生きていた。潜んだままさまざまな夢を見た。どの夢も赤い輪で繋がり、その中に氷見子がいた。
 四日から「チロル」は再び始まった。
 一月の半ばに伸吾の結婚式があった。氷見子は祝電だけを打ち、その夜花島と寝た。
「とっても可愛いお嬢さんだったわ」披露宴に出たママが一言だけ言った。
 
 朝から雪の来そうな空だった。その日、氷見子は三度目の血の検査の結果を聞きにいった。すでに二月の末になっていた。
 来るかと思われた雪は来ないままに午前十時になっていた。
(午前中に病院へ行ってみようか)
 昼前なら木本老人に逢えるかもしれない。氷見子は簡単な化粧をして外へ出た。空気は冷たく乾いていた。
 病院には十人近い患者が待っていたが木本老人はいなかった。
 検査結果は前と同じ2プラスであった。
「諦めずに治療するのです」医師は慰めるように云ったが氷見子は驚かなかった。それはある程度覚悟していたことだし、治らなくても前のように一人ではないのだと氷見子は自分に云いきかせた。
「木本さんは今日見えないのですか」注射を終ってから氷見子は受付の女に尋ねた。
「木本さんは亡くなりましたよ」
「死んだ?」
「ええ、十日ほど前に」
「何で……」
「肺炎とか聞きましたが」
「じゃ、木場で」
「そうだと思います」
 氷見子は支払いを終ると逃げるように病院を出た。十日前というと二月の半ばである。本当だろうか、木場に行ってみようかと思った。生きている間に何故話しておかなかったのかと悔まれた。待合室ででも廊下でも、いくらでも話す機会はあった。あの時は話すことはないと思ったが今死なれてみると云い残したことが沢山あったように思った。親しい仲間を失った気持だった。一度行ったことのある木場の香りが思い出された。老人の体はあの白い木肌に囲まれて焼かれたのだろうか。焼けて老人の薔薇疹は完全に消えたのだと氷見子は思った。
 夕方、いつもより少し派手な化粧をして氷見子は店に出た。老人の死がかえって化粧を派手にさせたのだ。
 誰も来ていない店へ、裏木戸を開けて入るのは淋しい。灯りを点けると店の中は洞窟のように静まり返り、その中に昨夜の乱雑さがそのまま残っていた。氷見子の動く分だけ店は動き出す。ガスに火を点け、皿を洗う。空壜を整理し終ったのを待ったように初めて客が現われた。そのまま続いて十一時まで特別のこともなかった。
 十一時半、店を終えると喫茶店で待っていた田坂に逢った。
「ねえ初めに行った処に行きたいわ」
「初め……」
「壺のあるお部屋があったでしょう」
「そうか」車に乗ってから田坂が尋ねた。「しかしどうしてあそこへ行きたいのだ」
「別に理由はないわ」
「壺が気に入ったのか」
「………」
「でもあの部屋空いてるかな」
 何人もの人が同じ部屋の同じ床を使っているのだと知って氷見子は一瞬、気持が白けた。明るい光が跡切れて小路に入り二つ曲った処で車は停った。やはり前に見た壺の部屋はふさがっていた。新しく通された部屋は前と同じ造りだが棚には灰色にくすんだ円い壺が置かれていた。
「李朝かな」ワイシャツのボタンを外しながら田坂は壺を手にとった。「でもこんな処にそんな高いものを置くわけはないな」
 色はくすんでいたが壺の表面は|釉 ≪うわぐすり≫で光っていた。だが氷見子は好きになれなかった。
 風呂は田坂が先に入った。花島はきまって一緒に入ろうと云うが田坂は云わない。明るい光の中で若い氷見子と裸像を競い合うのは気が進まないのかもしれなかった。氷見子が風呂を上り、寝巻で戻った時、田坂はすでに床に入っていた。枕元のスタンドを点け、隠し鏡を開いている。
「おいで」
 氷見子は無表情に田坂の横に滑り込んだ。すぐ裸にされた。田坂も寝巻を脱いだ。
「明りをつけるよ」
 氷見子は黙っていた。駄目と云っても点けるに決っていた。ある意味では花島より田坂の方が淫《みだ》らであった。長く執拗な愛撫のあとで二人は果てた。田坂は裸のまま仰向けになっていた。行為の間、点いていたせいか部屋の明るさは苦にならなかった。
 氷見子は体を退き田坂の方へ向き直った。眼の高さに田坂の書斎人らしい白い裸体があった。
「眠るの?」
「いや」答える時だけ眼を開いたが、田坂はまたすぐ睡気に誘われたように眼を閉じた。
 光の中に男の裸身が横たわっていた。氷見子は田坂の体と平行に並んでいる右腕を上へ移動した。田坂はされるままになっていた。腋から胴を経て腰へ男の右半身が露出した。
(出ている)
 白地に紅梅散らしそのままに、右の脇腹から背へ、爪の先ほどの赤い斑が点々と続いている。名のとおり、それはまさしく肌に縫いこまれた薔薇であった。現われることを知っていながらその確かさに氷見子は震えた。そこには間違いなく氷見子から引き継がれたものがあった。
「どうしたのだ」田坂が薄く眼を開けて尋ねた。
「………」
「風邪をひくぞ」
 突然、氷見子は田坂へ云いようもない愛《いと》しさを覚えた。それは正確には田坂へというより薔薇疹を出した体へであったかもしれない。
「どうしたのだ、おい、どうしたのだ」
「好き、好きよ、本当に好きよ」
 譫言《うわごと》のように叫ぶと氷見子は訝る田坂の胸元へ、その白く柔らかい体を力一杯おしつけた。
 
 氷見子が花島の薔薇疹を見たのは、それから三日あとである。花島はそれを明るい光の風呂の中で見せた。
 二人は向かい合い直立して両手を頭の後ろに組んだ。風呂で裸体を見せ合うのは花島の希望だったが、手を頭の後ろに組むのは氷見子が提案した。手を上げると体のすべての線が余すところなく現われた。
「素晴らしい。陶器のように白い」
 花島は言葉を尽して賞めた。それは彼の偽りない心のようであった。
「美しいわ」
「僕が……」
 うなずきながら氷見子は花島の脇腹を見ていた。まだ若さの残っている裸形に、紅潮した少年の頬を思わせる朱が点々と胸から腹へ続いていた。
「死んだ宇月ともあんなことをしたのか」部屋へ戻ってからきいた。
「しないわ」
「本当か」
 宇月はどこかで私の薔薇疹を見ていたに違いないと氷見子は思った。
「もう誰にも見せないで呉れ」
 裸体を見詰め合ったせいか、花島はいつになく激しく抱いた。氷見子は薔薇疹の拡がる夢を見ながら羞ずかしい程燃えた。
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